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馬車に揺られている道すがら、シャロンは言いようのない疑いに苛まれていた。
向かいの席に座るピーターソンが、そんなシャロンを面白そうに見つめてくる。
「どうしたね、シャロン嬢。
そんなに震えて」
冷たい目から覗くその鋭い視線に、身がぶるりと竦む。
狭い馬車の座席内、背も高く脚も長いピーターソンは、わざとではないだろうが、向かい合って座るシャロンの両脚の間に、膝を割って入ろうとしてくる。
その度、びくんと身を固めるのだが、ピーターソンは何食わぬ表情で、シャロンの膝に自分の膝を押し当ててくる。
そこから謎の冷気が伝わって、更にシャロンを怯えさせた。
「一度城へ戻ってもよろしいでしょうか?
レスター様が心配されると思いますので……」
おずおずとそう述べると、ピーターソンは目を糸のように細め、何かを思案するように顎をかりかりと掻いた。
「レスター国王陛下、か。
近隣諸国に名が知れ渡っている名将の軍人王だね。
彼のおかげで、この国では大変仕事がやりにくかった。
一年もビジネスを続けられなかったね」
「ビジネス、お仕事でございますか?
公爵様がなんのご商売を」
シャロンの素朴な問いに、ピーターソンが口端を歪めて答えた。
「石ころの中から至極の真珠を見抜く仕事ですよ。
シャロン嬢、君のようなね」
その言葉が白い矢となって脳裏を突き刺し、シャロンの記憶の中を跳ね回った。
(至極の真珠……、わたくしを極めて美しい真珠と称したオークションの黒幕。
ま、まさか……、まさかピーターソン様が……)
それは十分にあり得ることだと、シャロンは直感した。
結婚話を持ち込んできたピーターソンが両親に金を貸した張本人で、闇オークションの進行係であるクーリオと繫がっているのだとしたら。
(わたくしは、まんまと罠に引っ掛かったの?
このまま、再び闇オークションへと連れ戻されることになる。
ああ、なんてことなの!
せっかくレスター様に助けていただいたというのに……)
シャロンの震えが最高潮に達し、歯の根がカタカタと軋むのを隠しきれなかった。
そのただならぬ様子を目にしたピーターソンが、嘲笑を浮かべながら言葉を続けた。
「シャロン嬢について言えば、街中で一目見たとき、至極の真珠に出会ったと思わず感動しましたよ。
だが、話してみると大人しそうな外見のわりに、なかなか気が強く、従順に教育し直す必要がありそうだと……、おや?
シャロン嬢、顔が真っ青ですよ、どうされましたかな」
「いっ……、いいえっ……、わ、わたくしは何も……」
もう心中を隠しおおせるような心理状態ではなかった。
強ばる形相からも震える指からも、全身で真実を知ってしまったと、あからさまに表現してしまっている。
「な、なぜピーターソン様は、わ、わたくしが城にいることをご存じでしたの?」
ピーターソンはシャロンをねめつけながら、質問に答えた。
「シャロン嬢は、オークションで憲兵隊のひとたちに助けられたでしょう?
この国では憲兵隊の総司令官は国王陛下だ。
王城にいると容易に推測できますよ」
闇オークションのことを、なぜご存じなのですか?
……と問いかけたくても、この恐ろしい想像が真実だと認めなけれぱいけない答えが返ってきそうで、口を開くことができない。
これ以上確定事項を増やしてしまっては、心臓が止まってしまうかもしれない。
馬車は整備された平らな馬車道を、速い速度で止まることなく走り続けている。
どこかで、ドアを開けて逃げ出せる隙はあるだろうか、そんなことを考えていた。
その考えを見抜かれたのか、くっくっくっと喉を震わせてピーターソンが薄く笑った。
「逃げられませんよ、シャロン嬢。
それとも、再び手枷で手首を拘束されたいのかな?」
シャロンは、馬車の天井に頭を打ちつけそうなほど、恐怖でびくりと身が震え上がった。
「ピーターソン様!
や、やはり、あなたが闇オークションの黒幕っ……」
真実を言い当てられたというのに、目前の男はまったくもって落ち着き払っていた。
「そうですよ、今更それを知ってどうするというね?
お嬢さんは私から逃げられない。
それにご両親を見捨てるつもりかな?」
「お父様とお母様を、見捨てるですって?」
「逃げたければ、逃げるがよいよ。
お嬢さんのご両親は私が預かっている。
お嬢さんの代わりに奴隷として売っぱらって、借金の返済にあてようかね。
年齢からも長生きできんだろうな」
「嘘!
あなたはずっと嘘ばかりだわ!
結婚話も結婚相手も!
お父様とお母様をだしにしてわたくしを誘い出しただけよ、これ以上騙されるものですか!」
シャロンの激高に、ピーターソンは暗い瞳を更に陰らせてほくそ笑むだけであった。
車窓から見える風景は、いつの間にか木々の多い田舎道になっている。
馬車が止まり、御者が外からドアをガチャリと開けると、ピーターソンは杖を上手に使い、ゆっくりと馬車を降りた。
馬車内で震えるシャロンを、不敵な笑みで見据えると、余裕の口調でこう言った。
「……到着しましたよ。
噓だと思うならここで逃げなさい。
私は足が悪い、全速力で走れば追うことはできんだろう。
ただし、二度とご両親には会えなくなるがね」
「こ、ここに、お父様とお母様が?」
「おられますよ、中にね。
どうぞお入りなさい」
ピーターソンは蒼白なシャロンを一瞥すると、杖をつきながら門へと向かった。
(わたくしはどうすればいいの……?
ここで逃げて、お父様とお母様が、本当に売られてしまったら)
シャロンは迷いに迷った。
だが一瞬で、両親の安否を優先する選択をした。
ピーターソンに捕らえられているかもしれないのに、ひとり逃げるわけにもいかない。
覚悟を決めたシャロンは、馬車から降りると恐る恐るその背を追った。
すると馬車はふたりをおいて、さっさと走り出してしまった。
人気のない林道に、ピーターソンとふたりきり、不安と恐怖が血流に乗って全身を駆け巡る。
林道に隣接するその館は、こぢんまりしているが歴史を感じる趣で、貴族の持ちもののようにも見えた。
玄関前に来ると、ピーターソンがシャロンの躊躇を突き飛ばすように、背を強くぐいと押した。
促され館の中に入ると、突然バタンと扉が閉まり、首筋にちくりと不穏の棘が突き刺さる。
思わず後ろを振り返ると、ピーターソンが堅固そうな錠に鍵を差し入れていた。
ガチャガチャと施錠している音が、やけに鼓膜と心に響き、こみ上げる動揺を隠しきれない。
どくんどくんと心臓が激しく高鳴り、怖れで心拍音が速まった。
緊張のあまり手足が上手く動かないし、唇もわなわなと震えてしまう。
ピーターソンが無言のまま広間を抜け、奥の廊下をどんどん進むので、シャロンも追うしかなかった。
大理石の床からは、杖とふたりの靴の音だけが虚しく響いている。
行きついた先は、貴賓室と思わしき豪奢な部屋で、見事な調度品と絵画が飾られていた。
「この館も売りに出していたのだがね。
場所が悪いのか、少々形の古い屋敷だからか、なかなか買い手がつかなくて困り果てているのだよ。
せっかく労力を使って手に入れたというのに」
「手に入れた?
まさか、わたくしの館と同じように」
ピーターソンが肯定の意でにやりと笑うと、入ってきた入り口とは違う扉を開けた。
するとそこから、クーリオに引き連れられた両親が現れた。
「おおっ……、シャロン……」
「シャエ……、シャロン……
無事で……」
「お、お父様っ、お母様っ……」




