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政務室でレスターは、報告書を食い入るように見つめていた。
ルードの調査報告から、フィヨルド公爵ピーターソンなる人物は、この国のどこにも存在していないことが判明した。
「近隣諸国まで諜報の輪を広げましたが、該当する名も領土も、それどころか経歴すら一切見つかりませんでした」
レスターは、苦虫を噛み潰したような顔をするしかない。
シャロンに結婚を持ち込んだ仲介者、フィヨルド公爵ピーターソンという男は、どの角度からみても胡散臭い。
なぜシャロンの両親は、こんな男を信じたのだろうか。
「よほどの口達者なのか。
……もし結婚話も結婚相手も存在せず、口八丁手八丁でシャロンの両親から金を引き出したのだとすれば、相当やり手の詐欺師だな」
それを聞いたルードが、別の報告書をレスターの目前に差し出した。
「もしかして似た事件があるかもしれないと思い、没落した貴族の行方を一件一件捜索し、経緯調査いたしましたところ、共通の手口で借金を抱えることになった貴族が、他にも数名いることが判明いたしました。
その者たちが言うには、ある日突然、国王の仲介者という男が現れ、こう申したそうです」
「国王?
私の使者だと?
一体なんと言ったというのだ」
真面目な表情を崩さないルードが、今回ばかりは申し訳なさそうな顏をした。
「レスター国王陛下が、あなたのご令嬢を街中で見初めたので、ぜひとも王妃としてお迎えしたいとのことです、と」
驚愕で唖然とするレスターに、ルードは努めて冷静な声で対応した。
「皆同様の説明を受けたそうです。
王妃となる人物の実家が貧相では、社交界でばかにされるだろう、金を貸すから身の回りを整えるようにと。
被害者は皆、貴族の称号はありますが下位貴族で、上位貴族の社交界を知らぬがゆえに騙されたのだと考えます。
ただ男と女とでは手口が違い、女性の場合は結婚、男性の場合は小姓として王城にあがるという内容でした」
レスターの怒りが爆発し、思い切り机を拳で打ちつけた。
ビリビリと政務室中の空気が震え、ルードもその怒気にあてられたように身を強張らせる。
「私の名を騙ったのか、その恥知らずのペテン師は!」
ルードは、久々に見るレスターの逆鱗に耐えるため、固く唇を結び、心気に緊張を漲らせた。
「……はい。
そして、その仲介者は、こう名乗っておりました」
「フィヨルド公爵ピーターソンか……っ!」
レスターはエメラルドの双眸を燃え上がらせ、許し難い詐欺の内容に怒り心頭になった。
「ということは、おそらくこの男が……」
その時、政務室の扉が激しくノックされた。
「入れ」と言う前に、メイド頭のドロシーが息せき切って入ってきた。
「陛下!
シャロンお嬢様がハーブ園にバスケットを残したまま、突然姿を消してしまいました!
それだけじゃあないんですよ、ベアトリス様が城内に入り込んでおりましたよ!」
「お放しなさい!
わたくしは侯爵令嬢よ、下賤の女が容易に触れていい相手ではないわ!
お放し!
お放しったら!」
ドロシーがしっかりと両手に掴んでいるのは、髪を振り乱して喚き倒すベアトリスの腕であった。
「お黙りなさい!
ベアトリス様、あんた何か知っているだろう!
陛下の前で白状しな!」
ベアトリスは、ふて腐れた顔でレスターとルードを交互に見ると、ドロシーの腕を振り払うように身体をよじった。
しかし、ドロシーの腕力に敵わないと知るや否や、ひとを小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、驕慢な口調でこう言った
「さあ?
シャロンちゃんなら城から勝手に出て行きましたわ、恩知らずですわね」
含みのある口調で嘯くベアトリスに、レスターは燃炎を宿した瞳を向けた。
「ベアトリス、どんな手口で城に潜り込んだ?
シャロンはどこへ行った?
知っていることを全て話せ」
「……さあ?
勝手に出て行ったのですもの、わたくしは知りませんわ」
レスターは目を細め、低く冷たい声でルードにこう命じた。
「ルード、門番を拷問してでも知っていることを全て白状させろ。
そしてシャロンが連れて行かれそうな場所を洗い出せ」
ルードは一礼すると、急ぎ政務室から出て行く。
レスターは再度、ベアトリスを鈍い視線でねめつけた。
「ベアトリス、先に言っておこう」
レスターの燻る怒張を目にしても、まったく事態を理解しきれていないベアトリスが、どこにも存在しない優位性を信じて、つんとすました表情をした。
「なんでしょうか?」
「シャロンは私の妻になる女性だ。
もし彼女に傷のひとつでも負わせたら……」
レスターの確固とした言説に、ベアトリスが驚愕と怪訝の表情を浮かべた。
「貴様に処罰をくれてやるだけではない。
一族郎党もろとも爵位と領土を取り上げ、国外追放とする。
貴様は恨まれた身内に八つ裂きにされるかもしれんぞ」
ここにきて、やっとレスターの怒りが怒髪天を衝き、堪忍袋の緒が切れたことを悟ったベアトリスが、取り繕うためにいつもの台詞を口にした。
「お、おじい様がお怒りになりますわ!
あ、あの世で嘆き悲しむでしょうよ……」
「いつまでも亡くなられた前元帥閣下の威光にすがれると思うな!」
「うっ……、で、でも……、おじい様が……、う……、ああ……」
ベアトリスは、がくがくと壊れた人形のように床に膝をつくと、床に平伏して肩を震わせて泣き出した。
数人の部下を引き連れて戻ってきたルードが、緊張の度合いを増した顔つきで、レスターにこう報告した。
「閣下、ピーターソンが騙し取ったとされる館が次々と売られていく中、一軒だけ売れ残っている館がございます。
おそらくそこに身を潜めているのではないかと」
「よし、急ぎそこへ向かおう。
ドロシー、ベアトリスを連れてきてくれて感謝する。
ルード、数名の憲兵隊員にベアトリスを侯爵家まで送らせるよう手配しろ。
館から一歩も外に出すなと両親に命じておけ」
ルードは、肩を震わせ泣きじゃくるベアトリスを見て、全てを察したような顔で一礼した。
ルードとドロシーが見守る中、レスターは立てかけておいた剣を取り上げ、腰帯に差し込んだ。
レスターの眼光が鋭く光り、手を振り上げ命を下した。
「シャロンの後を追う。
軍の用意を!」




