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黄金の軍神は至宝の真珠を庇護する  作者: アルケミスト


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 アフタヌーンティーの失敗からすっかり気落ちしてしまったシャロンは、バスケットを小脇に抱え、城庭のハーブ園を気分転換にと散策していた。


 ドロシーから、今晩はチキンの香草焼きを料理人がつくると聞いたので、シャロンはハーブ摘みを自分から買って出ることにしたのだ。


「今日は日差しが強いですよ、お帽子を忘れずに。

 あとくれぐれも……」


「城から出てはいけないのでしょう?

 過保護ね、ドロシーは」


 心配性のドロシーを安心させるため、シャロンは精一杯朗らかな笑顔を見せた。


 城庭の片隅に、手入れの行き届いた草花園がある。


 来賓客もあまり訪れないひっそりとした、しかし落ち着いた素晴らしい空間で、シャロンは好んでそこへ足を向けた。


 甘い香りが鼻腔をくすぐり、爽やかな風が髪をなびかせる。


 シャロンの心が潤い、精神が落ち着く場所のひとつとなっていた。


 シャロンは、爽やかなハーブの香りを受けながら、先ほどのアフタヌーンティーの出来事について思い悩んでいた。


(レスター様の前で、大失態だったわ……)


「淑女が無防備に男に抱き付くものではない」


 と言われ、シャロンは自分のとった行動と、これまでの勘違いを大いに恥じた。


 シャロンの指も、数分冷やせばよいだけの軽傷で、大騒ぎするほどのことでもない。


(ばかね、わたくしったら。

 キスしてもらえるかもなんて過度な期待をして。

 レスター様は、わたくしを熱いお湯から助けてくださっただけ。

 それなのに、もの欲しそうに見つめたりして……、恥ずかしいわ)


 シャロンは、落ち込む気分から浮上できないまま、ドロシーに頼まれていたハーブを摘み始めた。


 シャロンがハーブを数種バスケットに入れたところで、草むらに影ができた。


 いつもの庭師が来たのかと思い、ゆっくりと顔を上げると、そこに、およそハーブ園に似つかわしくない人物が立っていた。


「シャロンちゃん、ご機嫌いかが?」


「ベ……、ベアトリス様……」


 真っ赤な髪をけだるげに結い上げ、高価そうなアクセサリーをふんだんにまとい、豊満なボディをこれでもかと強調するきわどいドレス姿で、ベアトリスがそこに立っていた。


 夜会でもないのに、なぜ昼間からそんなに着飾っているのだろう。


 そんなシャロンの素朴な疑問をよそに、ベアトリスが赤い唇を歪ませて、にっかりと笑った。


「草花園の入り口で、シャロンちゃんの姿をお見かけしましたの。

 どうしてもお話しがしたくて、慌てて追いかけてきましたのよ」


「お、お話?

 わたくしにはありませんわ、申し訳ございませんが、失礼いたします……」


 罵倒されたわけではないが、シャロンは反射的に身体を硬直させ身構えた。


 悪夢からもわかるように、ベアトリスはシャロンにとって恐怖を象徴するひとり。


 なるべくなら声をかけてほしくないと思っている。


 シャロンは立ち上がり、ドレスの裾についた葉を慌てて振り落とすと、申し訳程度のお辞儀をしてから、その場を立ち去ろうとした。


 急ぎ離れようとするシャロンに、ベアトリスが慌てて声をかけてくる。


「待って、シャロンちゃん」


 ベアトリスが猫なで声を出して、シャロンを引きとめた。


「この間のレセプションパーティで、失礼なことを言ってごめんなさいね。

 反省しているのよ。

 ねえ、わたくしたち、仲のいい姉妹みたいになれないかしら?」


(仲の良い姉妹ですって?

 この方は一体何をおっしゃっているの?

 わたくしはベアトリス様の嫌がらせで、何回も心を痛めたというのに)


 たとえ謝罪されたとしても、今更何もなかったことにできないだろう。


 そもそも、ベアトリスがシャロンを嫌っているのではないかとますます不審が募る。


 だが当のベアトリスは、シャロンに必死のていで取りすがろうとしてきた。


 その真意がどうしても見抜けず狼狽するシャロンに、ベアトリスが同情を買うような態度で畳み掛ける。


「わたくしは侯爵令嬢とは名ばかりで、家は裕福というわけではないの。

 両親はお金の心配をせずに暮らしたいから、わたくしをなるべく上位の貴族、もしくは大公か陛下のもとへ嫁がせたがっているのよ。

 わたくしは父母を救いたいと日々必死だったの……」


 それはとても耳が痛い話で、シャロンは自分の両親を思い出した。


 思わず足を止めてしまつたシャロンに、ベアトリスが矢継ぎ早に話を続けてくる。


「その重圧が日々辛くて……。

 わたくし一日でも早く解放されるためなら、なんでもするつもりでいたのよ。

 見境がなくなっていたのね……。

 陛下に諭されて、やっと目が覚めたわ。

 本当に悪いと思っているの、ねえ、シャロンちゃん。

 わたくしを許してくださる?」


 子供のような呼び方をされることに未だ引っかかりを感じるが、高飛車で高慢ちきなベアトリスが何度も頭を下げているのに、シャロンだけがいつまでも硬化した態度でいるのは大人げないという気持ちになってきた。


「はい、わたくしはもう……。

 でも必要以上に仲よくというわけには……」


 ベアトリスはシャロンの煩慮を無視して、親しげに両手を取った。


「嬉しいわ!

 実はシャロンちやんのご両親が行方不明と聞いて、わたくしとしては、とても、心配していましたのよ」


 ベアトリスの、突然シャロンの両親を気にかける言動が不自然すぎて、ただただ首を傾けるしかない。


 しかし、そうとは言えないシャロンは、抑揚のない口調で礼を言った。


「ありがとうございます。

 あのでも、どうしてわたくしの両親のことを?」


 ベアトリスが心底嬉しそうな表情で、真っ赤な唇を横に引き、目を細めながら言った。


「王城に入る途中、門のところでひとりの男性に声をかけられましたの」


「門……?

 そういえば、ベアトリス様は、確か王城内には立ち入りを……」


 シャロンの疑問を強引に遮り、芝居がかった口調でベアトリスが口にしたのは、驚きの名であった。


「フィヨルド公爵ピーターソン様と名乗っていらしたわ。

 シャロンちゃんに会うことがあれば必ず伝言をお願いしたいと、それはそれは深刻そうなお顔でお願いされましたのよ」


「ピーターソン様?

 ピーターソン様とおっしゃいましたか?」


 ベアトリスはにっこりと笑い「そう」と頷いた。


「エレミーネちゃんのご両親の居場所をお知らせしたいのですって。

 お知り合いなの?

 そのピーターソン様というお方は」


「ピーターソン様が、わたくしのお父様とお母様の行方をご存じだとおっしゃったの?」


 ベアトリスが口にした衝撃的な名前に、シャロンの彼女に対する不信感が消し飛んだ。


 フィヨルド公爵ピーターソンは、シャロンの結婚相手を父母に紹介した男性で、借金取りが現れるまで、何かと館に顔を出していたという経緯がある。


 しかしなぜシャロンが王城に匿われていることを知っているのだろう。


「ベアトリス様、ピーターソン様はわたくしが王城にいることをご存じでしたか?」


「ええ、ご存じでしたわ。

 シャロンちゃんのこと、とても心配していらしたのよ」


 ベアトリスの口端が一瞬歪んだが、両親のことが心配なシャロンには、その含みのある顔は目に入らなかった。


「今から一緒に会いに行きましょうか。

 不安に思わなくても大丈夫。

 わたくしがお供しますわ」


「今から?

 でもわたくし、レスター様から城を出るなと言われておりますので……」


 ベアトリスはくっきりとした眉をひそめ、小首を傾げながら「あらあ……、なんてお冷たい」と、わざとらしい声を出した。


「ピーターソン様という男性は、ご親切にも、あなたにご両親の居場所をお教えになるために、ここまでいらしたのでしょう?

 レスター陛下に城から出るなと命じられたらピーターソン様にお礼を述べることもせず、ましてやご両親の居場所を訊くことすら諦めるとおっしゃるの?

 恩義を感じないどころか、あまりにも非情じゃありませんこと?

 わたくしは構いませんが、今ご両親に会わないとなると、二度と会えなくなるかもしれませんことよ」


「え?

 それはどういう……」


 ベアトリスが心底困ったような表情で、手を口に当てた。


「聞くところによりますと、ピーターソン様は、今夜の船で母国へお帰りになるそうですわ。

 その前に、どうしてもシャロンちゃんとご両親を再会させてあげたいそうよ。

 でもシャロンちゃんは城から出ないのでしょう?

 薄情な娘だと、ご両親が落胆されますわね」


(母国へお帰りになる?

 では、今お会いできなければ、二度とお父様とお母様の居場所をお伺いする機会がなくなってしまうというの?)


「わたくし、ピーターソン様にお会いしないと」


 ベアトリスがシャロンの手を取り、強引とも思える力で引っ張った。


「行きましょう。

 裏門の近くでピーターソン様がお待ちなの。

 それほど離れていないから、大丈夫だと思いますわ。

 わたくしもお付き合いいたしましてよ」


(門の近くならば大丈夫かしら。

 お会いしてお話をお伺いしたら、すぐに戻ればいいわね)


「お願いいたします」


 シャロンは、足元にハーブの入ったバスケットを置いて、ベアトリスに手を引かれながら急ぎ裏門へ向かった。


 ベアトリスが、冷笑を浮かべる門番に何かを手渡していたが、父母の安否に気を取られているシャロンは、そんなことも気にならなかった。

 

 そして言われるがまま、裏門を出てしまったのである。


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