33
レスターとのアフタヌーンティーは、今やシャロンにとって楽しみのひとつとなっていた。
忙しいレスターが、何かと時間をつくっては、シャロンとテーブルを囲んでくれる。
(不思議だわ。
お父様とお母様のことを考えると、胸がいっぱいになるのに。
こうやってレスター様とアフタヌーンティーを楽しむと、お菓子をいっぱい食べられるの)
今日は、サモワールという異国の珍しい白磁製の湯沸かしポットが用意されていた。
それは、骨董品の壺のような形をしており、燃料火床の上に、小さなポットが載っている。
どちらも青色の花や蔓、魚が一面に描かれており、とても芸術的だ。
常時湯が使える仕様になっており、ティータイムの最後まで温かいお茶が楽しめる。
シャロンはティーカップを取り上げた。
カップもサモワールとお揃いのデザインで、とても綺麗な装飾と絵が見事だ。
ティーカップに描かれた魚が可愛らしくて、しばらくじっと眺めていたら、レスターが満足そうな顔をした。
「どうかな、シャロン。
今日は目でも楽しめるような紅茶を用意してみた」
べリージャムをスプーンですくいながら、アッサムティーをいただくという、いつもと趣向の違うアフタヌーンティーに、シャロンの心も潤っていく。
(特別扱いされているみたいで、嬉しいわ)
「ドロシーから聞いたが、朝食をほとんど食べていないそうではないか。
倒れてしまう前に、焼き菓子のジンジャーブレッドを食べなさい」
「はい」
シャロンは、さまざまな形に焼かれたクッキーを指で摘まんで口に運んだ。
生姜の風味が口いっぱいに広がり、少し食欲が増してくる。
くるみやヘーゼルナッツ、アーモンドを砂糖潰けにしたもの、カラス麦のクッキー、洋なしのサワークリームパイなど、テーブルに並ぶメニューもいつもと趣が違う。
「いつも同じものばかりでは飽きるだろう。
ちょっと変わったアフタヌーンティーもいいものだ」
シャロンを喜ばせようと、レスターがわざわざ手配してくれたのだと思うと、それだけで幸せな気分になれる。
緑美しい城庭、新緑の葉の間から、木漏れ日がきらきらと差し込む。
珍しい芸術的な茶器に、食べたことのないお菓子の数々。
そして傍らには、逞しくて頼りがいのある美貌の王。
(わたくしを気遣ってくださるレスター様が、心の底から……)
愛しい。
そう心の中で言いかけて、慌てて紅茶を口に含んだ。
(わたくしったら何を考えているの。
レスター様は、わたくしを不憫に思って親切にしてくださっているだけ。
温情と慈悲の心で、私を保護してくださっているのよ。
愛しいなんて、そんな……)
シャロンはティーカップをソーサーに戻すと、熱情を帯びた瞳でレスターを見つめた。
レスターは特段、いつもと変わりのない表情をしている。
(レスター様から見れば、わたくしはお菓子で喜ぶ子供……。
女性扱いしてもらうなんて夢のまた夢ね……)
シャロンは意識が散漫なまま、空になったレスターのティーカップに紅茶を注ごうと、ティーポットの取っ手に手を伸ばした。
「シャロン、直接触ってはいけない」
「えっ……?
あっ!」
熱いポットに直接触ってしまったシャロンは、指先に熱した針を刺されたみたいな痛みを感じ、思わず手を引く。
その瞬間、ポットがテーブルの上に倒れ込み、激しい音を立てながら、白い湯気を巻き上げ熱い湯がテーブルを跳ねるのが、スローモーションのように目に映る。
その瞬間、強い力でシャロンは腕を引かれ、遅しい胸に抱き留められていた。
「大丈夫か!
シャロン」
「は、はい……、大丈夫でございます」
我に返り見上げると、すぐ近くにレスターの顔があった。
白軍服に映える輝く金髪、高貴さを表すエメラルドの瞳、雄々しさと秀麗さを併せ持つ、荒々しくも、品位を保てる偉大なる軍人王。
シャロンの鼻腔に、ふわりと新緑の香りがした。
レスターがいつもつけている、爽やかな新緑と甘いムスクのフレグランスは、男の色香を際立たせる。
レスターの深い緑の瞳と、シャロンの湖のような瞳が交差する。
シャロンを見つめているレスターの瞳に情欲を感じ、まるで愛を語られているかのような錯覚を覚えた。
(レスター様……)
心の中で名を呼ぶと、まるで以心伝心したかのように、レスターの瞳が揺らぎ、厚みのある色っぽい唇がおもむろに開いた。
波動が激しく高鳴り、息を吸うのも緊張する。
無意識に何かを期待して、シャロンは瞼を伏せた。
その艶のある唇が、シャロンに落ちてきてくれたのなら……。
が、しかし、シャロンの肩を掴んだレスターがぐいと身体を離す。
「お嬢さん、淑女が無防備に男に抱きつくものではないよ」
「あ……」
言われてシャロンは、羞恥で顔を真っ赤に染めてしまった。
(恥ずかしい……、わたくしったら、何を勘違いして。
レスター様は、わたくしを助けてくれただけなのに、キスをされるのではないかなんて)
音を聞きつけたメイドたちが慌てて現れ、駄目になった菓子を下げ、テーブルの上を綺麗にした。
「医師を呼べ。
シャロンの指が熱湯に触れた」
レスターに命じられたメイドが、王城専属の医師を呼びに走る。
シャロンは自分の指を見た。
もうそれほど痛くはない。
「いいえ、大丈夫ですわ。
ポットに触れてしまっただけで、湯には触れておりません。
火傷はしていないようですわ。
お騒がせして、申し訳ございません」
意気消沈するシャロンに、レスターは心配げな顔を向けてきたが、まともに見ることができなかった。
新しい紅茶が運ばれても、以前のような楽しい気持ちには戻れず、口に含む紅茶はただの湯のように味気なかった。




