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ノック音がして扉が開くと、相変わらず生真面目そうな顔つきのルードが慇懃に入室した。
その深刻そうな面持ちを目にして、レスターは手にしていた書類を一旦机の横に置き、ルードの報告を聞くことにした。
「温室で男たちにシャロンを襲うよう指示したのは、想像通りの人物か」
「はい、ベアトリス様付きの家令を捕らえ追及しましたところ、あっさりと白状いたしました。
ベアトリス様の指示で、シャロン様を疵物にするように動いたとのことです」
「……許しがたい。
いかに侯爵令嬢といえど、度を越した行為だ」
ルードは深く頷き、眼鏡の中央を人差指で押さえながら同意を表した。
「ベアトリス様の処遇は、いかがいたしましょうか?
王城に出入り禁止と命じておりますが……。
彼女のことです、隙を見つけて潜り込むでしょう。
監視をひとりつけますか?」
レスターは腕を組み、顎に指をあて、眉間に皺を刻んだ。
「ベアトリスの亡くなった祖父は私の恩人、そこまではしたくはない。
今しばらくは、 入城禁止措置で済ますとしよう。
無理に入り込むような真似をしたら考えることにする」
レスターは椅子から立ち上がり、椅子の背にかけてあった軍服のジャケットを取り上げ、ふわりと羽織った。
「これからシャロン様と、城庭でアフタヌーンティーをお楽しみですか?」
「そうだ。
食の細い娘だが、私とともに食事をすると多少進む」
ルードが意味ありげな視線を含み、嬉しそうな表情をレスターに向けた。
「惚気のようですよ、レスター元帥閣下」
「惚気だと?」
「出すぎた口をききまして申し訳ございません。
ただ、ここ数年、近隣諸国との交友関係は大変良好ですので、そろそろレスター元帥閣下も安心して身を固められたほうがいいのでは……。
失言でございました。
部下の報告を残しておりますので、私はこれにて失礼します」
「まったくだ。
本当に出すぎた発言だぞ」
ルードは一礼すると、おせっかいな目をしたまま政務室から出て行った。
どうもここ最近、ルードはレスターが隠している感情を読み取ろうとする。
それも特にシャロン絡みだと、野次馬根性丸出しで様々なことに反応してくる。
「小食のシャロンに元気を与えようと、一緒に茶を飲んでいるだけだ。
ルードが勘繰るようなことは何もない。
まったくあいつときたら。
ひとの心配より自分の心配をしろ、浮いた噂の一つもないくせに」
第一、十九歳も年下の女性に、淫らな振る舞いをするなど……、と考えたところで、シャロンが悪夢にうなされた官能の夜を追想した。
(あんなに健気で素直で可愛らしい娘に、黄金の軍神とすがりつかれて、正気でいられる男など存在するか?
私は精一杯理性を保ったほうだ。
だが……)
「至極の真珠として手中で大事に育てたい、そう思わせるほどの希有な美貌。
気高い精神に、愛らしい魂、男の征服欲を刺激するような女性であることは間違いない」
レスターは、すぐに心を訂正した。
十八歳の少女に邪な恋慕を向けるなど、大人の男がすべき行為ではない。
それにシャロンは、現状心寂しい状況である。
その不安定な精神状態に付け込むのは、もっと卑怯だといえよう。
レスターは嘆息をひとつ落とし、窓硝子越しに広がる城庭を眺めた。
青々とした庭は季節の花が咲き乱れ、噴水には異国から取り寄せた魚が優雅に泳いでいる。
孔雀を放し飼いにしている場所があるので、そこで甘いクッキーやマフィンを食すれば、シャロンの心も少しは潤うだろう。
だが、真の意味では安寧と言い難い。
シャロンの両親は煙のようにかき消え、クーリオも姿を消したままだ。
黒幕と共謀し、何かよからぬことを企んでいる可能性は多分にある。
「問題はシャロンだ。
城外に出たら、証拠隠滅のために殺されるか、異国にでも売り飛ばされるか」
クーリオが見張りに指示していたときに、レスターは確かに聞いた。
『今日の目玉は、主様が見つけてきた、極めて美しい真珠と称したシャロンという娘だ。
だが、主様が話してみると気が強く、躾が必要だとおっしゃっていた。
生意気な態度をとるようであれば、容赦なく痛い目にあわせろ。
その際、けして見えるところに傷はつけるなよ』
主様、黒幕が街中でシャロンを見出したというならば、シャロンも黒幕の顔を見ている可能性が高い。
レスターはそう推測したのだが、シャロン本人はまったく思い当たる節がないという。
だが、クーリオの顔を知っている以上、このまま見過ごしてはくれないだろう。
レスターはジャケットのボタンを一番上まで留めた。
憂慮と不穏の種を心に持ちながらも、シャロンにそうと悟られないよう、気を引きしめにかかった。




