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黄金の軍神は至宝の真珠を庇護する  作者: アルケミスト


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 城庭でのアフタヌーンティー。


 木漏れ日がゆらゆらと差し込む天気のいい午後、シャロンとレスターは茶会を楽しんだ。


 朝起きたとき、素晴らしい夢だとばかり思っていたシャロンは、ドレッサーの前で首筋から乳房までの赤い痕を発見し、夢の出来事は現実ではと驚愕した。


 シャロンはレスターの顔を正面から見るのが恥ずかしくて、すぐに視線をテーブルに落としてしまう。


 レスターが、手に持つティーカップを口に運ぶだけで、胸がどくんどくんと跳ね上がってしまう。


 何をどうしても、真夜中の甘い口づけを思い起こしてしまうからだ。


 しかし、シャロンはこんなに緊張しているのに、レスターの態度になんら変化はない。


(レスター様は大人の男性ですもの。

 キスくらいでは、何も思われないのかもしれないわ)


 だが、あまりの平常さに「もしかしたら」と、思う気持ちが湧き上がる。


(あれはわたくしが見た夢、もしくは願望……?)


 このまま考えても、答えは見つからない。


 それならば、せっかくのお茶会を楽しみたいと考えたシャロンは、気恥ずかしい思いを振り払い、明るい声でレスターに話しかけた。


「昨晩遅かったというのに、レスター様は、もうお仕事をされていたのですか?」


 照れ隠しみたいな質問だが、レスターはにこやかに答えてくれた。


「前線に出たならば二、三日眠らないときもある。

 シャロンは、寝るときは寝て、食べるときはきちんと食べなさい。

 さあ、お茶を飲もう。

 今朝がた市場に届いたりんごを使ったタルトタタンだよ」


「はい……、いただきます」


 テーブルセットを城庭で一番大きな木の下に配して、ふたりはそこで優雅な午後のひとときを楽しんだ。


 三段のケーキスタンドには、サンドイッチ、スコーン、ペストリーが、トレイごとに所狭しと並べられている。


 採れたてのみずみずしい野菜や、ローストビーフ、スモークサーモンを挟んだ、色とりどりのサンドイッチ。


 クロテッドクリームと、べリージャムをたっぷり添えた焼きたてスコーン。


 べリーのタルトに、チョコレートのサブレなど、焼き菓子やケーキもトレイにたっぷりと並べられている。


 シャロンは、甘酸っぱそうなタルトタタンにフォークを入れ、一口さっくりと食してから、上目づかいでレスターを窺った。


 昨晩の疲れと、口づけの余韻が身体から抜け切っていないというのに、レスターはそんな事実はなかったと言わんばかりに平静だ。


(冷静に考えてみたら、レスター様がわたくしにキスを仕掛けてくるなんて、ちょっとあり得ない話だわ。

 そうよ、あれは夢の中の出来事、わたくしの憧れが妄想となってしまったのだわ)


「……シャロン、聞いているか?」


 問われて、慌ててレスターと視線を合わせた。


 深いエメラルド色をした瞳が太陽を反射し、きらきらと眩い光を放っている。


 シャロンは不道徳な想像に後ろめたくなり、再び視線をテーブルに戻した。


「も、申し訳ございません。

 なんでございましょうか?」


「黒幕について、何か思い出したかと訊いていたのだが」


 シャロンは、慌てて首を振った。


「いえ、今のところ思い当たることは何も」


「クーリオの話だと、黒幕がそなたをオークションへ出すよう仕向けたかのような口ぶりだった。

 どこかで会っているのは間違いないと思うのだが。

 たしかそなたをとても美しいと……極めて美しい真珠のようだ、と言っていた」


 そう言われて、シャロンの中に何かひっかかるものが生まれた。


 しかし、それは黒い靄のように掴み所がなく、何が気になったのか自分でもわからず顔を曇らせる。


「わたくしは本当に黒幕の顔を見ているのでしょうか?

 何も思い出せないままでございます。

 申し訳ございません」


 レスターはシャロンの暗い面持ちに、これ以上追及するのは意味がないと考えたのか表情を明るくした。


「謝る必要はない、焦らずゆっくりと思い出しなさい」


 シャロンはレスターの優しい声に安堵し、ティーカップを手に取り紅茶を口に含んだ。


 ベルガモットの風味が鼻腔にまで立ち上り、浮かべたオレンジスライスの爽やかな酸味が口いっぱいに広がる。


「シャロン、言いづらいかもしれないが、調査のために聞かせてくれ。

 男爵家が借金するようになったきっかけを、もう一度詳しく知りたい」


 シャロンはティーカップをソーサーに戻し、潤む瞳でこう答えた。


「今年に入った頃でしょうか。

 突然、父母が嬉しそうにこう言ったのです」


『玉の輿なのだよ、お相手は高貴な方だそうだ』


『その方の名を口外してはならぬと言われていてね。

 シャロンにも言えないのだよ』


「十八歳になったら、高貴な血筋と地位のある方のもとへ嫁ぐのだと。

 そのあたりから金遣いが荒くなりました。

 高価なドレス、アクセサリー、美術品、調度品……。

 高貴な方にふさわしい身だしなみや身の回りのものを揃えなければと、それはもう見境なしの購入でした。

 わたくしがいくら諌めても無駄でしたわ。

 その結婚話を仲介された方が、そのようにしなさいと父母にすすめたのです。

 今思えば悪魔のような方でした」


「仲介人?」


「はい、フィヨルド公爵ピーターソン様とおっしゃる方です」


 レスターは首を捻った。


 この国で、公爵の爵位を持つ家系は限られている。


 フィヨルド公爵という爵名は、一切耳にしたことはない。


「どちらの地方に領土を構えているか、聞いているか?」


「いいえ。

 でも風貌から異国の方のように思えます」


 シャロンはピーターソンの外的特徴を、詳細に説明した。


 レスターはそれを一言一句聞きもらすことなく、心に書き留めた。


「フィヨルド公爵ピーターソン……。

 身元を調べることにしよう」


 シャロンは、今でもあのときのことが、悔やまれてならない。


 ピーターソンに、結婚話を断ると不敬罪に問われると、脅されたときのことだ。


(あのとき、卑しいと言われようとも、お相手を教えてくださいと、しつこく問いただせばよかったわ……)


 シャロンが浮かない表情を見て、レスターは紅茶のおかわりとチョコレートを持ってこさせた。


 レスターは運ばれてきた皿をシャロンの目前に差し出した。


 そこには一口サイズのチョコレートが整然と並べられている。


 砕かれたクルミやアーモンドが載ったもの、メレンゲパウダーで可愛らしくデコレートされたもの、砂糖漬けのスミレを飾ったもの、ベリージャムが挟まったものなど、それらはとても色彩豊かで、可愛らしくも美味しそうに見えた。


「べリー入りのチョコレートだ。

 そんな重苦しい顔をしてはいけない、やせ細ってしまうぞ」


 シャロンはおずおずと手を伸ばし、チョコレートを摘まんだ。


 本音を言うと、悩み事が多くて食が進まない。


 それでもレスターの心遣いが嬉しくて、手にしたチョコレートを頬張った。


 口腔に広がる芳醇な甘みが、ふわりと体内に染み渡っていく。


「甘くて酸っぱくて、美味しいです」


 それを聞いたレスターが、輝くような笑顔を見せたので、シャロンの心にあった不安が押し出され、代わりに幸せと安堵の気持ちが流れ込んできた。


「今、城庭庭園にはベリーの実がたわわに実っている。

 庭師が毎日のように摘むから、三食べリー三昧だ。

 さすがに飽きたから、瓶詰めジャムにして国王印でもつけて売ろうかと思っている。

 どう思う、シャロン。

 財源になると思うか?」


「まあ、レスター様ったら……」


 シャロンが気落ちしないよう、心細やかに配慮してくれるレスターに、言いようのない感謝と思慕の念が沸き上がる。


「レスター様と一緒に飲む紅茶は、特別なもののようです。

 こんなに美味しい紅茶とチョコレート、いただいたことありませんわ」


 恥じらいながらもくすくす笑うシャロンを見て、レスターが豪奢な笑みを浮かべた。


 空は快晴、木々は涼風に吹かれそよいでいる。


 太陽がレスターとシャロンを燦々と照らし、楽しいアフタヌーンティータイムを心地よく彩っていた。


 シャロンは、レスターといるこの幸せなひとときだけでも嫌なことを忘れたくて、こくりと紅茶を飲んだ。


 その情景を目にして、レスターがこう言った。


「一日でも一刻でも早くシャロンの両親を捜し出し、幸せの光の下へと戻そう」


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