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麗らかな午後の日が差し込む政務室。
レスターは肘を机につき、険しい表情で資料に目を通していた。
それには、シャロンを襲った暴漢を取り調べた結果報告が書き連ねられていた。
レスターは紙束をバサリと机に投げ捨て、椅子の背に深くもたれ嘆息した。
「見知らぬ紳士に金を渡され、暴行するように依頼された、か。
裏で誰か糸を引いているな」
傍に控えていたルードが、質問に淡々と答える。
「ベアトリス侯爵令嬢ではないかと推測いたします。
紳士の外的特徴が、ベアトリス様の家令によく似ておりますから。
家令ならば理由をつけてパーティに潜り込むこともできましょう」
「……つまらぬ策謀などして、何を企んでいるのか」
感情をあまり表に出さないルードだが、こればかりは呆れたような顔を向けた。
「ベアトリス様の目的は、これ以上ないというほど明確です。
レスター元帥閣下と結婚し、この国の王妃となることです。
元帥閣下に近寄る女性を排除したいのでしょう」
レスターは「くだらぬ」と言い捨てると、椅子からすっと立ち上がった。
ルードの傍らに立ち、肩をぽんぽんと叩く。
これはレスターが心を許している相手にする仕草だ。
レスターは机の横に置いてあった、もうひとつの書類を取り上げた。
隅から隅まで目を通すと、窓枠にもたれかかり、書類を手にしたまま腕を組む。
「シャロンの父母は、なぜこのような大金を散財したのだ?
いくらなんでも、短期間で高級調度品や絵画、宝石など、金額の張る品ばかりを買いすぎだ」
「仕入先の業者から聞き取りをしたところ、シャロン様に結婚の申し出があり、お相手の格がかなり上ということで、両親が釣り合いを求めて購入したとのことです」
レスターは深緑色の瞳を陰らせ、納得がいかぬと首を捻った。
「例の、シャロン本人も知らぬ結婚相手か。
しかし、相手が格上ならば持参金も輿入れ道具も、さほど必要ないだろうに。
破産するまで買い込まねばならぬ理由が、どこにある?」
レスターの懐疑的な問いに、ルードも御意と頷いた。
「骨董屋の店主の話では、無理をしてでも格上相手に釣り合うだけの支度をさせたいと、しきりに口にしていたそうです」
レスターは、ますます首を傾げた。
「その無理が、借金というわけか。
……なんのための玉の輿だ。
それで、結婚相手は?」
「わかりません。
今回の調査範囲の中では、誰も知らないようです」
「ますます謎だ。
破産するほど浮かれているのに、相手の名を吹聴せぬとは……。
本当にその結婚話と結婚相手は存在したのか?」
「存在していると信じていたからこそ、大金をはたいての購入だと思いますが、誰もお相手のことはわからないと言うばかりです」
さすがのルードも首を傾げた。
同じくレスターも、雲を掴むような話に困惑するしかない。
「その買い漁った品は、今どこに?」
「憲兵隊を数人伴ってシャロン様の実家を隅から隅まで探索しましたが、中はもぬけの殻で、すっからかん状態でした」
「金目の品全てか」
「はい。
更に、館は売りに出されており、不動産業者の書類に不備はありませんでした。
取りあえず、私の名で購入しておきました」
「それはよい判断だ。
それにしてもクーリオの奴……。
いや、この場合、黒幕の奴めと言うベきか。
悪事に関しては俊敏だな」
レスターは憤りを抑えきれず、拳を壁に打ちつけた。
「一刻も早くオークションの黒幕を逮捕せねばならない。
これ以上被害者を出さないためにも」
「はい」
「引き続き調査を。
シャロンの両親も捜してくれ」
ルードは一礼し、踵を返すと扉の取っ手に手をかけた。
が、何かを思い出したように振り向き、訳知り顔でレスターを見やった。
「聞きましたよ、昨晩のラストワルツ」
レスターは冷静な表情を保とうとしたが、無意識に瞼をぴくりと反応させてしまった。
目ざといルードは、レスターの変化を捉え、冷やかすようにこう言った。
「レスター元帥閣下とシャロン様のワルツが、まるで天上の舞のごとく優美であったとか。
ベアトリス様がいくらお誘いしても踊られないのに、事情のありそうな美しい女性と踊るとは、皆驚きで目を丸くしたと聞き及んでおります」
「……嫌な言い方が上手いな、ルード」
「そうでございますか?
私は、シャロン様が、一見繊細で傍くて頼りなげに見えるのに、芯はしっかりしている女性だと申し上げたかっただけです。
あのような目にあったというのに、レスター元帥閣下のお誘いとはいえ、周囲を惹きつけるようなダンスをされるとは、お見事としかいいようがございません」
言われなくともレスター自身が、シャロンの強さを理解している。
逃げろと命じた闇オークション会場では、父母の命を慮って、その場に留まるほとの気概を見せた。
だが不安と恐怖、そして心寂しさを抱え、夜はひとり夢にうなされている。
レスターは泣きごとを零さず、懸命に耐えているシャロンの健気さに、心惹かれている自分を感じていた。
「だからこそ、助けたいのだ……」
レスターは、窓外から差し込む輝かしい太陽の光を背に受け、そっと言葉を発した。
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、なんでもない」
ふっと目を伏せ、ひとり笑う。
そして、机の脇に山積みされている書類を見て、嘆息した。
「事務仕事は嫌いだが、これもシャロンのためだ。
さっさと片付けるか」
「それがよろしいかと。
アフタヌーンティーを、シャロン様とお楽しみになるのですし。
今日は一日天気がいいそうですよ」
「よく知っているな。
誰だ、ルードに私の個人的な用事を教えたのは」
ルードは、銀縁眼鏡の中央を人差指で押さえながら答えた。
「厨房の近くを通ったら、スコーンやクッキーの焼けるよい香りがしました」
「その推理力、有効に利用してくれ」
ルードはレスターの軽口にそれ以上反応せず、一礼して政務室を出て行く。
扉が閉まると、レスターは顔を引きしめ、事務処理に取りかかった。




