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黄金の軍神は至宝の真珠を庇護する  作者: アルケミスト


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23

 気がつくとシャロンは、鬱蒼とした木々が生い茂る深い森の中に、ひとりぽつんと立っていた。


 見上げると空は灰色で、今にも雨が降り出しそうなほどの曇天である。


 シャロンは、肌寒さからか、それとも孤独からか、ぶるりと身が震え、自分で自分を抱きしめた。


 空が徐々に闇色へと変化していく。


 一寸先は暗闇という中、目を凝らすとぼんやりとした影が見えた。


『貧乏貴族が、どうやって陛下を誑かした』


(わたくしは誑かしてなどいないわ。

 レスター様は、お優しく慈悲深く、そして寛大な方。

 わたくしの境遇に心を痛めてくださっているだけ)


 説明しようと口を開くが、声にならない。


 黒い靄で形成された女性のシルエットがシャロンを責めたててくる。


『没落貴族の冴えない娘が、なんと言って陛下に取り入った』


(取り入ったわけではないわ!

 レスター様は、闇オークションの黒幕をおびき出すために、わたくしを保護して……)


『おまえなど、捨てられた犬猫を拾って、世話をしているようなもの。

 この薄汚れた雌猫め!』


(ひどい言いようだわ……。

 やめて、やめて……)


 顎をそらし長い髪をかき上げる仕草、大きすぎる胸にコルセットで締めたような細腰。


 女性の形をとったその靄は、シャロンを容赦なく悪意で攻撃しようとする。


 いつもの平坦だが足を取られる道、まとわりつくような重一苦しい空気、身体の自由を奪おうと躍起になる邪悪なオーラ。


 黒い靄は、はっきりとベアトリスに姿を変えて追いかけてくる。


 やがて先回りされて、シャロンを取り込もうと視界一面に広がった。


「いやっ……、怖い、近づかないで……」


 逃げ場をなくしたシャロンは、足がすくんでまったく動けなかった。


 これは夢、そうと頭ではわかっているのに、襲い来る恐怖が薄れることはない。


「やっ……、やめ……、いやぁぁぁぁっ……!」


(誰も近づかないで、わたくしの側に寄らないで!)


「……シャロン!」


「いやぁっ!

 いやっ、いやぁあぁぁぁぁぁっ!」


「シャロン!

 落ち着け、ここは王城だ。

 私が傍にいる、もう嫌な夢に怯える必要はない!」


 夢には存在しない男性の声に、シャロンははっと意識を取り戻した。


 肌ざわりのよいリネンのシーツ、豪奢なレースたっぷりの天蓋つきベッド、そして……。


「そうだ、落ち着いて。

 息を吸って、はいて……。

 呼吸を整えるのだ」


 ゆっくりと瞼を開くと、エメラルド色をしたレスターの双眸が、シャロンを心配そうに見下ろしていた。


「また恐ろしい夢を見たようだな。

 温かいミルクでも持ってこさせるか」


 ミルクだなんて子供扱いしないで、と通常なら言い返したかもしれない。


 でも今はとてもそんな気力はなかった。


 胸を上下させ息を荒らげながら、ぼそりと呟いた。


「寝てしまったら、闇が再びわたくしを襲いに来る……。

 見張りの男たちは、わたくしを生意気な女だと、少々脅かしてやると言い、クーリオは逃げたらお父様とお母様に害が及ぶと言いました……。

 公爵は私を八番目の妻にすると……、でも、一年持たないと言われて……」


 もう自分で自分が何を言っているのか、わからない。


 ただレスターなら、恐ろしい夢を薙ぎ払ってくれるように思え、必死に心境を言いつのった。


「温室で男たちは、レスター陛下に取り入るしたたかな娼婦だと……、ひどい……言い方で罵倒を……。

 苦しい……、息が……」


 霞む視界の中で、美しい男性が眉間に皺を寄せたような気がした。


 シャロンはそれを見て、もっともっと息が苦しくなった。


「く……、苦しい……、息……が……」


 ヒューヒューと空息だけが、胸と咽頭を行き来する。


 だが、肝心の空気は入ってこない。


 脳が沸騰したみたいに熱く、身体は妙な浮遊感で落ち着かない。


 意識は錯乱し、ここがどこで、自分は誰なのかすらわからなくなってきた。


「あっ……、はぁ……、苦し……い……。

 黄金の軍神……様……、お願い……、た……」


(助けて……)


 シャロンは、声にならない叫びをあげた。


 その願いをどう捉えたのか、ゆっくりと唇に温かい何かが触れ、やがて啄まれるように唇を食まれた。


 朦朧と混濁の狭間、それがレスターの唇だと知り、一瞬躊躇し唇を閉じた。


 だが、拒絶は許されないのか、舌が唇を押し上げ、歯列を割って入り込んでくる。


 レスターの舌が、隅から隅まで口蓋を跳ね回ったあと、ふうと唇越しに息が吹き払まれた。


 途端に清涼な空気が、喉を通り越し、肺に送り込まれた。


 窒息しそうなほど苦しかったのに、手足が引き攣るほど痺れていたのに、レスターの唇から吹き込まれる温かい息が、四肢をゆるやかな快感で満たす。


 シャロンの強ばった身体は、いつの間にか力が抜けていた。


 レスターの優しい唇と声に、身も心も従っている。


(ああ……、そうよね、キスのわけがないわ。

 これは人工呼吸……、上手く呼吸できないわたくしに、息を吹き込んでくださっているのね)


 そう考えると、シャロンの求めるものは、ただひとつ。


 その艶やかな唇で、温情と慈悲を流し込んでほしい。


(ああ……、やはり黄金の軍神様、わたくしが苦しいとき、怖いとき、不安なときに必ず助けてくださるわたくしの英雄……)


 もっと欲しいと舌を差し出すと、応じるように強く舌を吸い上げられた。


 そして深い息とともに、レスターの唾液と甘い舌が入り込んでくる。


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