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シャロンは入浴を終え、ネグリジェ姿で鏡に向かい、丁寧に髪をブラシですいていた。
思い出すのは、レスターとの楽しいワルツ。
あれから時計の針が十二時を回るまで、何回もフロアをくるくると舞い踊った。
レスターの存在が、シャロンの心をいっぱいにする。
(わたくし、レスター様のことばかり考えているわ)
舞踏会の最中、誰かがレスターの噂をすると、どんな些細なことでも、すぐに耳を傾けてしまった。
聞くところによると、レスターは当分王妃を迎える気がないとのことで、夜な夜な美姫と浮き名を流しているという。
ベアトリスもそのひとりだが、侯爵令嬢という立場から、他の女性を一歩も二歩もリードしているらしい。
「本当は、ベアトリス様とラストワルツを踊る予定だったのかしら。
でもわたくしを不憫に思い、踊ってくれたのね。
本当にレスター様はお優しい方」
シャロンはテーブルの上にブラシを置くと、ふうと息を落とした。
暴漢連中の口にした台詞が、気になって仕方ない。
「図に乗った小娘……、わたくしのことなの?
わたくしを暴行しろと命じた誰かがいるというの……?
まさか、クーリオの手下が舞踏会に潜り込んで……」
もしオークションに関係した人物が、王城主催の上位貴族しか招待されない舞踏会に潜り込んでいるとしたら、シャロンが匿われていることをすでに知っていることになる。
「怖いわ……。
捕らえられて、またあのオークション会場へ連れて行かれたら……。
二度とあのような恐ろしい場所へは行きたくない」
そういえば、両親が金貸しに借りた金はどうなるのだろう。
館だけでは返済金に足りないと、クーリオは言っていた。
(お父様とお母様が、もしクーリオに捕まってしまったら)
シャロンはよからぬ想像を振り払うように、首を左右に振った。
「レスター様はわたくしに、お父様とお母様を捜してくださると約束されたわ。
焦らないで、レスター様を信じるのよ」
それに今回の件がクーリオの命令と決まったわけではない。
もしただの嫌がらせだとしたら……、と考えたところで、ベアトリスの嗤笑が、ふっと視界を掠めた。
情熱的ともいえる赤毛に、意志の強そうな黒い瞳。
真っ赤な紅を差した唇は大輪の薔薇よう。
豊満な胸を揺らし、くびれた腰に手を当て、形のよいヒップを揺らして歩くと、それだけで周囲の人が華やかな美貌に振り返る。
その女らしい肢体や身に着ける高級品の数々に、意味のない嫉妬はしない。
だけど羨ましいとは思ってしまう。
「レスター様は、ベアトリス様みたいな女性がお好みなのかしら。
だとしたら、わたくしでは子供っぽく見えて当然だわ」
シャロンは、鏡に映る自分の姿を見て、ふうとため息をついた。
「わたくしにもうちょっと大人の色気があれば、レスター様も……」
シャロンは、脳裏に浮かび上がった恐れ多い考えに頭を振った。
(わたくしのような小娘に、大人のレスター様が振り向いてくれるなんて、あるわけないわ。
ベアトリス様なら……)
子供っぽい自分をじっと見つめていると、ベアトリスの言葉を思い出す。
「高貴な上位貴族の方からみれば、わたくしはちっぽけなネズミみたいなものなのね。
侯爵令嬢がわたくしみたいな下位の者に、くだらない嫌がらせをするわけがないわ」
ひどい暴言も、たまたまその時に限って機嫌が悪く、身近にいた下位の男爵令嬢に八つ当たりをしただけかもしれない。
「彼女のことを考えると、眼れなくなりそう……。
なるべく考えないようにしなければ」
これ以上考えても仕方がないとベッドに潜り込んだシャロンは、灯を消すとき、サイドテーブルにメモがあることに気がついた。
『舞踏会は楽しかったですか?
疲れたでしょうから、明日はゆっくりの九時頃に、朝食を届けにまいりますよ。
ドロシー』
ドロシーの溢れる思いやりに、鬱屈とした筋が晴れ、少しばかり心が軽くなった。
そして思いのほか疲労していたシャロンは、あっという間に眠りに落ちていった。




