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確かにレスターは、普段は格調高く気品がありとても優雅だ。
端整な美貌の美丈夫で、国王陛下にふさわしい高潔な男性といえる。
だが、軍人として采配を振るうときは真逆で、オークション会場に乗り込んできたときは勇ましく野性的で頼もしかった。
「目こぼしだなんて、わたくしは高貴なる君主であられるレスター様も、軍人として荒々しく指揮されるレスター様も、その両方ともが素敵だと思います。
わたくしはこの国に生まれて本当によかったと、心の底から思っておりますわ」
その言葉を聞いたレスターが、不思議な感情を込めた笑みで見返してきた。
そしてシャロンの乱れた髪に手をあて、そっと耳から頬にかけて優しく触れた。
「早く黒幕を捕らえ、そなたの両親を見つけ、安寧な生活を取り戻してあげたい」
「……レスター様」
王城の舞踏会で、泥だらけの少女を国王陛下がエスコートしているという、世にも奇妙な光景が広がる。
だがシャロンの瞳に映るのは、黄金の軍神だけ。
音楽は鼓膜から弾き出され、訝しむ周囲の目も消え失せ、レスターだけがシャロンの全てになってしまったような静寂の世界で、ただひたすら美しく雄々しい軍人王だけを見つめていた。
しっかりとした関節を持つ指が、耳殻をくすぐるように過ぎていく。
先ほどは額に口づけを与えてくれた。
唇が触れた部分から、泉のように湧き上がる不思議な力で、暴漢の卑劣な言い訳を覆すことができた。
シャロンは、そっと窺うようにレスターの厚い唇を見つめた。
あの艶のある綺麗な唇が、夢で見たときのようにシャロンのもとに落ちてくれたのなら……。
時が止まったかのような一刻、レスターに見とれていたシャロンの目前に、すっと小さな緑葉が差し出される。
シャロンは、はっと我に返り、思わず「え?」と発してしまった。
「髪に葉がついていた。
これでは疑ってくださいと言わんばかりだな」
「ま、まあ……、そ、そうでしたか……」
シャロンは真っ赤な頬を両手で押さえ、気恥ずかしい期待を心の底へ押し戻した。
(髪を撫でられていたのは、単に絡んでいた葉を取り除くためだったのね。
嫌だわ、わたくしったら、額か頬にキスしてもらえるのではないかと、変な勘違いなんかして……)
淡い所望が泡沫のように消えてしまったようで、シャロンは悄然とした。
そんな胸中を知ってか知らずか、レスターが手を差し出してきた。
「さあ踊ろう。
今なら注目を浴びている。
もしかしたら、そなたの婚約者が気づいて名乗りを上げるかもしれないぞ。
そのときは私がその男の不実を責めてやろう」
シャロンは驚いて、面を上げた。
「レスター様自ら?
そのお方がお可哀想です」
「構わん。
そやつには、シャロンを助けに現れなかった罰を与えてやる」
「まあ……、それは……、あまりにも……」
「権力とは、こう使うものだ。
シャロンを守るためならいくらでも職権乱用しよう」
まるで、悪戯っ子が悪巧みの計画を話すように楽しそうな表情のレスターを目にして、またしてもジョークと気づき、思わずくすりと笑った。
それに「シャロンを守るため」という一言も、気分を浮上させる。
「そうだ、シャロンは笑っていなさい。
私の傍にいる限り、そなたを守ると誓おう。
二度と、先ほどのような無粋で礼儀知らずな連中を、そなたの周囲に近づけたりしない」
その確固たる決意の瞳に、不安や焦燥といった様々な負の感情が滑り落ちていく。
「はい、レスター様」
シャロンはその手を取り、フロア中央に導かれるまま滑り出た。
胸元はレースが取れ破けかけているし、ドレスも土まみれで、せっかく結い上げた髪は、後れ毛のように何本も乱れ落ちている。
(だけど、レスター様はこのままでいいとおっしゃった。
ラストワルツはわたくしと踊ると断言してくださった。
恥ずかしくない、恥ずかしくないわ。
だって……)
レスターが王者の風格で、シャロンを上手にリードしてくれているのだから。
シャロンがレスターの動きに合わせてステップを踏むと、すぐにレスターがダンスの才を表した。
「なんて巧みなリードなのでしょう。
無骨な軍人などとおっしゃやって、まるで宮廷一のダンスの名手みたいにお上手ですわ」
「そうか?
幼い頃、マナー講師から、ダンスのひとつくらいできないと、王としての教養に欠けると言われ、嫌々教わっただけなのだがね」
レスターのダンスは見事だった。
気性を表しているのか、多少荒々しくスピードに優れているが、細かいところは軽やかにステップを踏む。
シャンデリアのクリスタル硝子も裸足で逃げ出すほどの、輝かしいプラチナブロンドが空中で羽ばたき、大ぶりな動きには独特の華もあった。
美しい蝶が二匹、花から花へ飛び移るような舞を披露すると、来賓客は次々脇へと移動した。
華々しい二人のダンスに気が引けて、場所を譲ったのだ。
「わたくし、今が今日という日で、一番上手に踊れているような気がしますわ」
「そうか、私もだ。
シャロンと踊るのが一番楽しいような気がするよ」
「まあ、レスター様ったら……」
ワルツの調べは夜通し流れる。
シャロンとレスターは、そのあと何曲も踊り続けた。
「国王陛下のお連れの女性は、どちらのご令嬢なのだろうねえ。
ふたりが踊る姿は、まるで絵画のようだ」
「陛下の男っぷりに、同じ男としてほれぼれしますよ。
宮廷中の美姫を、全て手中に収めてしまいそうですなあ」
人々の目には、訳ありの女性を巧みにリードするレスターが、お伽話に登場する亡国の姫君を護る孤高の騎士のように映ったという。
そしてシャロンの乱れたドレス姿が、その類い希な美貌を神に嫉妬され、天界から追放された美神のように見え、ドラマティックな情景を想像させるとして、宮廷詩人がこぞって詩にしたのである。
ため息や称賛の声が、フロア中から漏れる頃。
柱の陰から赤毛の女性が、爪を噛みながら恨みがましい視線を、ホール中央へと向けていた。
その視線が、シャロンの心臓を一直線に突き刺しているとは、知る由もなかった。




