20
シャロンは、全身をかたかたと震わせ、レスターに身を寄せていた。
頭はふらふらするし、何より鼓動が落ち着かない。
もしこの手を離されたら、ひとりで歩くことさえ不可能に思えた。
レスターに手をひかれて舞踏会へ戻ると、広間の窓から煌々と灯が漏れていた。
その内側、美しく眩く飾上げた世界の横で、うっすら硝子に映り込む自分の姿を目視した。
綺麗に結い上げられた髪はあられもなく乱れ、可憐なパールピンクのドレスも土がつき、ドレスを飾ってくれていたジュエリーたちはどこかへと飛び散ってしまった。
こんな姿はあまりに場違いだった。
「素晴らしい真珠でしたのに、失くしてしまいました」
申し訳ない気持ちがいっぱいでそう謝罪すると、レスターは気にも留めない様相を見せた。
「いくらでも購入できる真珠などどうでもいい、一番の宝玉はシャロン自身だ。
目立つ傷のひとつでも残ったら、あいつら一生許さん」
その言明は、シャロンの悩ましい心の内に滑り込み、すうっと負の感情を洗い流していった。
ベアトリスの嫌みも、狼藉者の恐怖も、嫌なこと全てを清涼な想いが拭い去っていく。
指先の震えは止まり、心臓音も平常に戻った。
意識も落ち着き始めている。
少しばかり顔色のよくなったシャロンを目にして、やっと一安心といった顔のレスターが、席を外した理由を説明した。
「クーリオの件で報告が入って急ぎ対応していた。
奴はまだ国内に潜んでいるとのことだ」
「そうですか」
「シャロンの姿がどこを捜しても見つからぬから心配した。
クーリオの手下が入り込んで、そなたを嬲っていったのではないかと気が気ではなかったよ」
「ご心配をおかけいたしまして誠に申し訳ございません、レスター様」
レスターを見上げるようにして面を上げた。
「てっきりベアトリスと一緒にいるものだと思っていた。
どこへ行ったのだ、ベアトリスは。
頼りにならぬな」
シャロンの胸懐には、男たちの発した言葉が、不穏な棘となって残されていた。
『図に乗った小娘を少々懲らしめてくれと、ある方から頼まれて』
『レスター陛下に取り入るしたたかな娼婦』
(まさかベアトリス様が……?
いえ、確証のないことだわ。
第一わたくしが、レスター様に取り入ることなんて、できるわけがないもの)
シャロンが王城にいられるのは、闇オークションの黒幕を、どこかで見ているかもしれないからだ。
証拠隠滅のため攫われたり、命を狙われたりする可能性があると、レスターは懸念している。
もしシャロンが、黒幕の手に落ちれば、レスターは重要な手がかりを失うことになる。
シャロンは、人身売買オークションという卑劣な犯罪を、これ以上のさばらせないという目的で匿われているにすぎない。
その事実をあらためて顧みてみると、シャロンの心はとても辛くなってしまう。
(どうして、寂しい気持ちになるのかしら。
わかりきっていたはずのことに意気消沈してしまうなんて)
どちらにしても、レスターに取り入ることも褥に入り込むことも、シャロンにできる姦計ではない。
何をどう勘違いしたひとの仕業なのだろうか。
(お父様とお母様のことだけでも頭がいっぱいなのに、これ以上の憂慮を抱えるのは苦しいわ。
心が潰れてしまいそう)
シャロンとレスターが舞踏会場に一歩足を踏み入れると、来賓客は皆息を呑んだ。
崩れた髪形や、土で汚れたドレスに、余計な勘ぐりを寄せているのが一目でわかる。
「レスター様。
わたくし、今晩は下がらせていただいてもよろしいでしょうか?」
シャロンの懸念を察したレスターが、首を振った。
「ラストワルツを私と踊ったならばね」
「でもわたくし、髪も服も乱れていますわ。
レスター様の品位を損なうことになっては大変です」
どちらにしても、もう踊る気分にはなれなかった。
だがレスターはそれに取り合わず、口端をきゅっと上げた。
「私は、戦昜に行けば土の上でも寝られる男だ。
そなたを悲しませたまま放置できる品位など、敵兵に食わせてやってもいい」
「まあ……、なんて……」
国王としてはふさわしくないが、無骨な軍人としてはあり得そうなジョークに、目を丸くして驚いた。
開いた口が塞がらないシャロンに、レスターは不敵な微笑を見せた。
「少々下品だったかな?
私は、境界地区へ視察のために出向いたり、時には戦の最前線に出撃したりすることもある。
父がたまたま国王だったというだけで、長男の私が国王という地位についたが、本来は軍人気質だ。
少々男くさくても品がなくても、目こぼし願いたい」




