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「図に乗った小娘を少々懲らしめてくれと、ある方から頼まれてね。
二度と城に入り込もうなんて気が起こらなくなるまで、たっぷり時間をかけて穢してほしいとさ。
報酬は一応貰ったが、綺麗なお嬢さんだから役得かもな」
(頼まれた?
誰かがわたくしを、城から追い出そうとしているということ?)
「だ、誰が、あなた方に依頼したのですか」
「知る必要はないよ。
明日には城にはいない人間だろ」
男たちはくすくす笑いながら、シャロンの髪に唇をつけたり、ドレスの裾をたくし上げようとしたり、淫らな行為を仕掛けてきた。
闇オークション会場でも見張りの連中に、同じようなことをされた。
だがこのひとたちは、乱暴するというより楽しもうとしている。
宮廷でのラブアフェアや、恋愛の真似事に長けているのだろう、ドレスを引き裂くことなく上手に胸元を開き、ガーターベルトを取ろうとドレスの中に手を伸ばしてきた。
必死の抵抗を試みたが、男たちの手練手管に、まったく敵わない。
「嫌っ……、やめてください……、だ、誰か……」
助けを求めて叫ぶと、大きな手のひらがシャロンの口を塞いだ。
「レスター陛下に取り入るしたたかな娼婦と聞いたが、そうは見えないな。
本気で嫌がっているように見える」
「それが常套手段かもしれないだろ。
清廉な外見に騙されるなよ」
(取り入る?
わたくしが?
このひとたちに、妙なことを吹き込んだのは誰なの?)
声も出せぬシャロンを、男たちはいとも簡単に押し倒し、細腰の上に乗り上げてきた。
脳裏に雷が落ちたかのごとく、闇オークション会場の控室で受けた暴挙が蘇る。
あのときも、男性の屈強な力で征服されそうになった。
欲情にまみれた顔、自分勝手な主張、乱暴な行為。
そのどれもが、シャロンを混沌と怖気のるつぼへと陥らせる。
(嫌よ、こんな卑劣極まりない男たちの、言いなりにはなりたくない、誰か……)
しかし塞がれた口からは、抗議の一言すら発することができなかった。
(助けて……、黄金の軍神様……、レスター様っ……)
男のひとりが、空いたほうの手でシャロンの両手首をまとめて掴み、頭上に持ち上げ地面に縫いつけた。
もうひとりの男が、あとわずかで全て見えてしまいそうなほどはだけた胸元のふたつの膨らみに手を当てた。
男の肩越し、温室のガラスに反射する丸い月が、シャロンの瞳に映る。
(美しい月だと思えたのに。
こんなに辛い気持ちで見ることになるなんて)
シャロンは瞼を閉じ、これから襲い来る悲劇から目をそむけようとした。
「何をしている!
ここを城中だとわかっての狼藉か!」
闇夜を蹴散らすほどの勢いで、強烈な怒声が温室に響き渡った。
びりびりと空気を振動させ、荒々しく登場したのは、シャロンが望んでいる人物に間違いなかった。
「シャロン!
無事か!」
レスターが、黄金の髪を乱し、息せき切って現れた。
(黄金の軍神……、レスター様……)
レスターは、馬乗りになっている男の胸倉を掴むと、床に手荒く放り投げた。
そして、シャロンの両手を押さえ込んでいる男を足で蹴り上げた。
やっと両手が自由になったシャロンは、あられもなくはだけてしまった胸元を、必死で隠そうとした。
だが、手が震えて上手く動かせない。
そんなシャロンを、レスターが優しく抱きしめた。
「レ……、レスター……さ……」
「姿が見えぬから、慌てて警備兵を総動員して捜させた。
大丈夫か」
「は、はい……」
シャロンはその逞しい身体を、しっかり抱きしめた。
国王の登場に、男たちは慌てて逃げだそうとした。
だが、レスターの背後から登場したルードがそれを遮り、鋭い剣の切っ先を男たちに突き付ける。
「申し訳ございません、シャロン嬢。
このようなことになってしまって」
警備兵も現れ、あまりの仰々しさに降参したのか悪漢は諦念し、あっけなく捕捉された。
最後の足掻きなのか、男たちが虚偽の申し立てを弄してきた。
「おれたちは無理強いしたわけじゃない。
その女から誘ってきたんですよ。
これは合意の上だ」
レスターが、腕の中で震えるシャロンを見下ろす。
慌てて「違う」と言おうとしたが、上手く口が動かず真実を言葉にできない。
(どうしよう、レスター様があのひとたちの言い分を信じてしまったら……。
わたくしが誘ったなんて真っ赤な嘘だと言いたいのに……。
口が震えて、身体も硬直して動けない……)
レスターのエメラルド色をした双眸が、じっとシャロンの泣きはらした瞳を覗き込んできた。
そして何かを悟ったような表情をしたあと、シャロンの額に自分の唇をふっと落とす。
レスターの唇が触れた部分から温かい活力が入り込み、全身に力が漲るような気がした。
「レ……レスター様……、あのひとたちはわたくしを襲えと誰かに……、誰かに命令されたそうです。
わたくしから誘ってなどいません、け、けして、わたくしは……」
ひたむきな申し立てを聞いたレスターが、我が意を得たと言わんばかりに頷いた。
そして優しく髪をひと撫ですると、シャロンを抱きかかえたまま立ち上がり、腕をすいと振り上げた。
「我が王城でこのような不埒な真似をして、貴様ら一生後悔するがいい!
暴行容疑で厳重に罰してやる。
どこの爵位を持つ奴かは知らんが覚悟しろ!」
レスターがそう一喝すると、男たちはおたおたと慌てふためき「計画通りにやっただけ」「指示されただけだ」としきりに自己弁護をし始めた。
「黙れ!
これ以上下劣な真似を晒すな!
言い訳なら取り調べのときに好きなだけしろ!」
男たちにも言い分があるのか、不満げな視線を向けてきたが、レスターは聞く耳持たぬと、辛辣な態度を貫いた。
「ルード。
こいつらからシャロンを狙った真意を聞き出せ。
例の黒幕が絡んでいるかもしれん」
ルードは一礼すると、警備兵と男たちを連れて、会場とは逆方向へと戻っていった。
シャロンは安堵の息を落とし、レスターの胸にそっと寄り添った。
労わりと優しい温情が皮膚を伝わって流れ込み、心も身体もレスターの懐広い慈愛で満たされていく。
恐怖は過ぎ去ったのに、恐ろしい男どもは消えたのに、涙が溢れ出て止まらない。
怖くて不安で、レスターに真実が歪んで伝わってしまわないかと、気がかりで仕方がなかった。
ところが、レスターはシャロンの言い分を信じてくれた。
虚言に惑わされず、シャロンを擁護してくれた。
その安堵から、恐怖で強ばっていたシャロンの心は緩んでしまい、溢れる感情を抑えきれない。
「どこか痛いところがあるのか?」
シャロンは、その逞しい胸にすがりつきながら首を振った。
「いいえ、いいえ……。
これは嬉し涙です。
レスター様のお顔を見て、安心したら、涙が止まらなくなってしまったのです」
「シャロン……」
優しい手が髪を撫でる。
肩も背中も、あやすようにぽんぽんと叩かれる。
(子供扱いされたっていいわ。
今はこの胸で泣かせて……)
耐えきれなくなった想いが、レスターの心に吸い込まれていく。
レスターもシャロンの肩をしっかりと抱きしめた。
「そなたを置いて場を離れたことが、心底悔やまれてならない。
本当に悪かった。
このあとはずっと私が一緒にいよう」
シャロンは、その煌びやかで雅な声に導かれ、ゆっくりとレスターを見上げた。
頭上に優しい声が、星屑のように降ってくる。
貴き国王であり、雄々しき軍人であり、国を守る偉大なる軍神レスター。
(この方は強いだけじゃない、優しくて思いやりがあるだけじゃない。
悪人を許さない高潔な魂に、弱者を救おうとする男気。
わたくしのような、ちっぽけな者にも気を留めてくださる心の広さ。
なんて寛大で偉大なる王なの)
シャロンは、レスターの素晴らしさに、いつの間にか心惹かれている自分を感じた。




