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「シャロンちゃんは、どちらの地方からこられたのかしら?
貧困層が多い南?
それとも蛮族が多い北?
都会的な印象がないから、田舎育ちなのは間違いないでしょうけど」
「いえ、わたくしはシリア市街で暮らして……」
シャロンの返答に、ベアトリスは驚きを大袈裟に表現した。
「シリア市街でですって?
あらぁ、城下町じやないの。
わたくし、あなたを他の社交場で見たことがありませんことよ。
そういえば最近のネズミは要領がよくて、王城に潜り込むのがことのほか上手だと聞きましたわ。
図々しくも、高貴な方の褥に入り込むとか」
ここにきて、はっきりと侮辱されているのだと気がついた。
確かに、貴族令嬢の中には、幼い頃から親についてパーティや社交界に顔を出す、おしゃまなレディもいる。
早くに女性同士の戦い……、権謀術数に長けた強者もいると聞く。
だがそれらに興味のなかったシャロンは、女性特有の当てこすりや皮肉に免疫がなかった。
ベアトリスの暴言に反応できなかったのである。
困惑して何も言えずにいると、タイミングよく見知らぬ男性からダンスの申し込みを受けた。
「一曲踊っていただけますか?」
たがシャロンは、レスターに、ベアトリスと一緒にいるよう命じられている。
ベアトリスに許可を貰わないと、勝手に動くことはできない。
シャロンは、おずおずとベアトリスに伺いを立ててみた。
「あのベアトリス様。
わたくし、踊ってもいいでしょうか?」
ベアトリスは、シャンパンを一口含んでから、面白そうな顔でこう言った。
「踊っていらっしゃいな。
わたくし、子守りは苦手なの」
ほっと安堵し、男性の手を素直にとった。
正直、ベアトリスとふたりきりでいるのは、とても辛かった。
シャロンには、男性の誘いの手が、救いの手に見えたほどだ。
初めての経験に心臓をどきどきと高鳴らせながら、音楽に合わせてホールの中央へと一歩足を踏み出す。
「よろしければ、お名前を教えていただけますか?
私はハイラン子爵の次男で、フランツと申します」
男性にそう問われたので、シャロンはドレスの裾を持ち、膝を曲げて会釈をした。
「シャロンと申します。
お誘いいただきありがとうございます」
「シャロン、素敵な名ですね」
「ありがとうございます」
シャロンと男性は、蝶のようにホールをくるくると舞った。
シャロンは、踊りながら考えていた。
もしかしたら、この舞踏会に顔も知らぬ結婚相手だった男性が来ているかもしれないと。
王城主催の舞踏会ともなれば、ピーターソンの言う高貴な身分のお相手とやらが来ていてもおかしくない。
(その男性を探し出すためにも、誘われたダンスは必ず受けたほうがいいかもしれないわ)
可憐に舞うシャロンに、曲が終了するやいなや、ダンスの申し込みが次々と殺到した。
だが、その度にシャロンが名乗っても、特別な反応を示す男性は現れなかった。
もう何人と踊っただろうか。
さすがに疲れてしまい、次のダンスは断った。
残念そうな男性陣を横目に、風に当たろうとバルコニーへと足を向ける。
「華やかな場所は苦手だけれど、ダンスは楽しかったわ」
しかし、どの男性もシャロンの婚約者ではなかったようだ。
この舞踏会には来られなかったのかもしれない。
「もしかして、まだその方と踊っていないだけなのかしら……。
でも今日はもう疲れたわ」
シャロンはバルコニーに手をつき、夜空を見上げた。
月は、仄かな黄色に発光し、藍色の夜空を鮮やかに彩っている。
バルコニーから下を見ると、見事な宮廷庭園が視界一面に広がっていた。
月光のもと木々は青々と茂り、薔薇のアーチにはキャンドルが灯されている。
中央にある彫刻像が置かれた大理石製の噴水に、魚が跳ねる音も耳に届いた。
シャロンはほおっと、感嘆の息を漏らした。
幻想的な趣に心が蕩けそうになる。
(まさか身分の低い自分が、お城の舞踏会に呼ばれる日が来るなんて……)
夢見心地のまま空を見上げていると、夜の帳と、煌々と会場から漏れる灯が混じり合い、徐々に情緒的な気持ちが広がっていった。
「美しい月に、麗しい中庭。
絵本に出てくる王子様のお城みたいだわ」
バルコニーから螺旋階段が延びており、花が咲き乱れているパティオへと行くことができた。
シャロンはゆっくりと階段を下り、温室へと足を踏み入れた。
「なんて壮麗なの」
温室には、見たことのない珍しい異国の花が、たくさん咲いていた。
「とても綺麗な色の花……」
しばらく花を愛で、甘い香りを楽しみ、心も身体も疲れがとれた頃、そろそろ会場へ戻らねばと考え、名残惜しくも入り口へと戻った。
するとそこに、正装の男性がふたり立っていた。
仮にもここは王城だ。
それも今は舞踏会中で、警備兵がそこらじゅうで目を光らせている。
男たちの服装と先入観が邪魔をして、城内に不審な人物がいるとは想像もしなかった。
だからシャロンは、そのひとたちも休憩のために温室に入ったのだと思い、一礼して出て行こうとしたところ、突然ひとりの男に腕を掴まれた。
「あの……?」
状況を読めぬシャロンに、男たちは下卑た表情を向けた。
貴族の子息らしくきっちりとした服装だが、仕草や表情には品がなく粗野に見える。
「お嬢さん、退屈だったら遊んであげようか」
まさかこの状況で、カードゲームやクリケットでもないだろう。
シャロンは小さく首を振って答えた。
「ご親切にありがとうございます。
でも結構ですわ。
舞踏会へ戻りますので腕を放していただけませんか?」
だが男は、腕を放してくれなかった。
それどころか、もっと強い力で引き寄せようとする。
「い、痛い……」
「つれないこと言うからだろ。
お嬢さんは舞踏会へは戻れない。
ここでおれたちと遊ぶんだ」
「その華奢な身体で、どこまで満足させてくれるのか楽しみだなあ」
ねっとりとしたその声から醜い劣情を察知し、腕を振り払おうと躍起になった。
「お断りします!
放してください誰か」
身をよじって抵抗するシャロンの腰を、男たちは強い力で引き寄せ、前後から挟み込むように立ちふさがった。
手が次々と伸び、シャロンの髪に、首筋に、胸に、腰に触れてくる。
「やめて!
いやっ」




