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シャロンはルードにエスコートされ、舞踏会場を歩いた。
「ルード公爵、本日は可愛らしいお嬢様をお連れですね。
どちらのご令嬢ですか?」
「レスター陛下はどちらに?
お忙しい方だから、副官のルード様も大変ですね」
このときになってやっと、シャロンはルードが上位貴族だと知ることになった。
ルードは公爵でありながら、レスターの副官なのだ。
シャロンは、隣に立つルードを見上げた。
薄い茶色の髪をきっちりと横分けし、シルバーフレームの眼鏡を鼻に載せ、唇を真面目そうに引きしめている。
「ルード様は、公爵様でありながらレスター様の副官なのですね。
申し訳ございません、わたくし政治や時勢に疎く、軍隊のこともあまりよく知らなくて」
ルードは、眼鏡の中央を人差し指で押し上げ、シャロンの恐縮した様子に、こう返してきた。
「説明が遅くなり申し訳ございません。
おっしゃる通り私は公爵家当主です。
ですが現在は、憲兵隊に配属されレスター元帥閣下の副官を務めております。
お気遣いなさらぬよう」
少々ぶっきらぼうだが、堅実そうなひとに思えた。
そしてぎこちない動作から、シャロン同様、パーティや舞踏会が得意ではないと推測した。
「レスター様に頼まれたから、わたくしをエスコートしてくださったのですね。
本当は舞踏会が好きではないのではありませんか?」
そう訊くとルードは少しだけ表情に変化を見せた。
苦笑しながら頭を掻くその仕草から、シャロンが想像しているより彼は若いのかもしれないと考えた。
「実はその通りです。
軍隊生活が長くて華やかな場所はどうも。
レスター元帥閣下は天性の鮮麗をお持ちですから、軍人気質でも気おくれすることはないでしょうが、私は苦手で……」
ルードが、はにかむような笑みを向けたので、シャロンもくすりと笑った。
「わたくしにつきっきりでなくてもよいですわよ。
もしダンスを申し込まれたら、どうぞ、女性と楽しんでらしてくださいませ」
「気を遣わせて申し訳ありません。
私はダンスをしませんので、シャロン様こそ、誘われたら私に構わず踊ってください」
「でも、舞踏会で一番初めに踊る相手は……」
同伴者と決まっていたのではないかしら。
そう質問しようとしたそのとき、大広間に歓声が沸き上がった。
思わずその方向に視線と身体を向ける。
レスターが豊満な女性を伴って登場したことにより、場は賑わいを見せていた。
遠目から見る今宵のレスターは、見事な絢爛さであった。
白い軍服に礼装用の金肩章、総付きエポーレットは黄金色。
真っ赤な飾帯の上から、メダルや星の階級章といった武勲章をつけている。
胸元から肩へと伸びるグリーンのフラジェールは、剣優等に贈られる徽章だと、ルードに教えてもらった。
格調高く荘厳な出で立ちに、ついシャロンは見とれてしまい、暫し無言になった。
レスターが女性を連れて、シャロンとルードの傍にきたので、腰を引き挨拶をした。
ルードも合わせて一礼する。
レスターが、装ったシャロンを視界に映し、満足そうな顔をした。
「妹のドレスが、よく似合う」
「ありがとうございます」
「真珠も間に合ったようだね。
まさしくこの世の宝石だ」
それを聞いた隣の女性が、柳眉をギリッと上げて不服そうな顔を見せた。
だがすぐに、感情の起伏を押し隠し、口角を上げてにっこりと微笑んだ。
「レスター陛下、そちらのお嬢様、わたくしに紹介してくださるわよね」
「ああ、こちらはシャロン。
わけあって城に滞在してもらっている男爵令嬢だ」
女性の目が剣呑に光ったような気がしたが、シャロンは気にせず、ドレスの裾を摘まんで腰を落とした。
「シャロンと申します。
お見知りおき願います」
「わたくしはベアトリス。
父は侯爵ですわ。
シャロンちゃんというのね、本当に可愛らしいこと。
レスター陛下の妹君のドレスがとてもお似合いだわ」
そう言うと女性……、ベアトリスは、紅い唇を横に広げ、うふふと冷笑を零した。
ベアトリスの口調は、特に険悪なものではなかったし、言葉だけなら温和にも思えた。
だが、何かが引っかかった。
(この方がベアトリス様……。
シャロンちゃん?
子供扱いしたいということかしら)
しばらく談笑していると、軍服を着た男性がレスターに近づき、そっと耳打ちした。
すると、レスターがルードに意味ありげな視線を送り、シャロンとベアトリスにこう告げた。
「悪いが、私たちは少々用ができた。
ベアトリス、シャロンを頼みたいが、構わないか?」
「はい、わたくしが子守りをいたしますわ。
安心して公務に励んでくださいませ」
ベアトリスがシャロンを小馬鹿にしていると察したのは、この一言だった。
(子守りって……、わたくしは確かにこのような場には不慣れだけど、お守りが必要なほど子供ではないわ)
ベアトリスは、周囲にはそうと知られないよう、相手を傷つけるような言い方をするのが得意な女性らしい。
レスターとルードが場を外してしまうと、ベアトリスのまとう雰囲気か変容した。
この場を離れるべきか、それともレスターに言われた通り、留まるべきかを思案した。
ベアトリスが、シャンパングラスを運ぶウェイターからグラスをひとつ取り上げ、喉を潤すように一気に飲み干す。
ベアトリスは、見れば見るほど、女性の美をこれでもかと体現した出で立ちだ。
ゴージャスに巻かれた真っ赤な紙、ばさばさと音が聞こえそうな長いつけ睫毛に、真っ赤な口紅。
手入れされた爪も真っ赤で、ドレスやパンプスまで赤だ。
そして、豊満な肉体を演出するタイトラインのドレスには、ダイヤモンドやルビー、サファイアといった高級宝石が縫いつけられている。
胸元がはだけそうなほど開いているし、背中もヒップラインまで全開だ。
不機嫌そうにベアトリスが目を細め、不躾な表情でじろじろとシャロンを見てくる。
品定めをするような視線に、居心地が悪くなった。
(レスター様とルード様がいなくなった途端、尊大な態度になったみたい。
何か理由をつけて、ベアトリス様の傍から離れたいけど、失礼になるかしら)
シャロンが視線を別のほうへと泳がすと、ベアトリスが唐突にこう聞いてきた。
「ねえ、シャロンちゃん。
舞踏会嫌いのレスター陛下が、今晩は積極的に出席された理由を、何かご存じかしら?」
(そういえばルード様が、レスター様が好きではない舞踏会に出られるのは、わたくしのためだとおっしゃっていたけれど。
でも本当のことかどうかわからないし、レスター様にとってこの舞踏会は、ただの気分転換かもしれない。
言う必要のないことだわ)
「いいえ、何も……」
たどたどしくそう返すと、自分から訊いてきたはずのベアトリスが、途端に興味のない顔つきをした。




