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「わかりません。
でも、クーリオが逃げる際に、わたくしの両親に売上金を先渡ししていなくてよかったと、貸した人物が、命で返済しろというかもしれないと申しておりました」
二度と両親に会えないかもとまで言っていた。
(お父様、お母様……。
どこにいらっしゃるの。
二度と会えないなんて、そんなの辛すぎる……)
シャロンの表情が沈痛に覆われた。
それをじっと見ていたレスターが、おもむろに口を開いた。
「借金をした相手というのは?」
「それも、わかりません。
父母は教えてくれませんでした。
でも取り立てに来たのは、オークションを仕切っていたクーリオですわ」
思えば、結婚話が舞い込んだときから、少しずつ家族の歯車がずれていった。
あれほど堅実な父母が、相手が格上だからと、金を借りてまで贅沢の限りを尽くしたのだ。
「確か、結婚相手も知らないと言っていたね」
シャロンは深く頷いた。
(あの結婚話、結局どうなったのかしら……。
相手がわからない以上、確認するすべはないのだけど)
見るとレスターが、顎を指で挟み、何かを考えるような表情をしている。
そしてしばらくすると、こう明言した。
「わかった、ご両親の行方を調べてみよう。
その金を貸したという人物のこともだ。
その代わり、そなたは黒幕について何か思い出したら、すぐに私に報告しなさい。
いいね」
その言葉で、シャロンの心に希望の種が芽吹くのを感じた。
金も返せぬ男爵令嬢の、悲しい嘆きに耳を貸してくれ、なんの後ろ盾もなく、ひとりぼっちのシャロンに、優しい言葉と温情の手を差し伸べてくれた。
脳裏に蘇るのは、オークション会場でクーリオに突き飛ばされたとき、瞬時に受け止めてくれた頼りがいのある逞しい胸板。
しっかりと抱きしめてくれた筋肉質な腕。
クリスタル硝子の光が豪奢な金髪に反射して、まるで太陽のように眩く輝かしかった。
今も、温和な微笑みと雄々しい眼差しで、シャロンをしっかりと見つめてくれる。
シャロンの憂慮が、まるで霧が晴れたみたいに去っていった。
「ありがとうございます。
レスター国王陛下」
シャロンが心を込めて真摯な礼を口にすると、レスターは何かを思い出したような顔をした。
「堅苦しいな。
ふたりきりのときは、レスターと呼ぶことを許可しよう」
それを聞いて、心臓が飛び出しそうなほど驚いた。
(陛下のことをお名前で?
わたくしの聞き間違い?
でも今、確かにふたりきりのときはレスターと呼べとおっしゃったわ)
「こ、国王陛下を、それも年上の方を名前でお呼びするなんて、わたくしできませんわ」
頬を紅潮させてそう訴えると、レスターはくすりと笑った。
そして、ティーカップを口に運びながら、楽しそうな声色でこう言った。
「やはり本来のそなたをベッドの中に置き忘れてきたかな?
黄金の軍神とは呼べるのに、名では呼べぬとは」
シャロンは驚きで、カチャンと音を立ててフォークを皿に打ちつけてしまった。
レディらしからぬ動作に、思わずあたふたと焦ってしまう。
「なぜ、それを……」
「何回も呼ばれているがね」
レスターが国王陛下だと知る由もなかったとき、シャロンは心中で「黄金の軍神」と呼んでいた。
(わたくしったら。
自分でも気づかぬうちに口にしてしまっていたのね。
恥ずかしい……。
オークション会場で言ってしまったのかしら)
「まさかレスター国王、レスター様……が自ら闇オークションに潜入するとは、夢にも思わなかったものですから。
あの場では、わたくしにとって救いの神、太陽を背負った雄々しく輝かしい軍神のようでした。
それでつい黄金の軍神様と。
申し訳ございません」
しどろもどろで説明するシャロンを、レスターは愉快そうな笑みを浮かべ見返してきた。
「怒っているわけではない。
褒め言葉だと思っているさ」
ほっと胸を撫で下ろし安堵していると、困ったような笑みを浮かべながらレスターが言った。
「それも、あんなに情熱的な呼ばれ方をされるとは。
私のほうが少々焦ったよ」
焦ったというわりには、レスターは悠々と笑っている。
反対にシャロンのほうがきまり悪くなり、むずむずとした落ち着かない様子になってしまった。
「え……?
そ、そうでございましたか。
わたくし、そんなに情熱的に呼んでおりましたか」
シャロンは、これ以上言及されたくなくて、話題を変えようとした。
「それにしても、すっかり騙されましたわ。
国王陛下なのに自ら潜入捜査をされるとは。
ましてやオークションに出るなんて思いもしませんでした。
あまりに大胆ではありませんか?」
それを聞いたレスターが、不敵な笑みを浮かべた。
「私は国王だが、同時に軍人でもある。
真実を掴むためならば、自ら最前線に出ることも厭わない。
逆を言えば、上に踏ん反り返るだけのお飾りの王にはなりたくない。
だから少々無茶をしても、部下は黙って私についてくる」
椅子にゆったりと座り、長い脚を組んで優雅にティーカップを持つ仕草は、上品で柔らかな紳士にしか見えない。
しかし、オークション会場で指揮していた姿は、まさしく軍神。
精悍で、凄烈で、その気迫はオークション会場を席巻したほどだ。
(レスター様は、手枷をはめられたままでも、見張りを倒すことができる豪胆な方。
一見洗練された紳士なのに、戦場では勇猛果敢……。
最前線で戦う軍人王と噂されていたのは本当だったのね)
優雅に紅茶を飲む姿だけでも絵になるレスターを、うっとりと見つめるシャロンに、レスターは燦爛たる笑みを向けてきた。




