噂をすればXX
新年度が始まって間もなく、ママ友が子連れで遊びに来ていたときのこと。
長女がふいに思い出してREの不参加通知書を書いて、と言いに来た。
『RE=Religious Education:宗教教育』
週一時間、必ずあるらしい。
不参加の意思を保護者が文書で通知しないと、無理やり受けさせられる。
書き上げた通知書のスペルと文章を、ママ友に確認してもらった。
「美雪は仏教徒だからRE受けさせないの?」
「いや、特にそういうわけじゃないけど。REと言いながら、聖書しかやらないでしょ。それが許せないだけ。『宗教教育』って題するくらいなら、四大宗教はカバーして欲しいのよね。公立学校なんだから」
「うちはバイブルから宿題が出るからめんどうだわぁ」と彼女。
ママ友の子供たちは私立カソリック校だ。だが、そのママ友はカソリック教徒ではない。私立で少数クラスのキメの細かい教育方針が魅力だとかで、非カソリック教徒枠という狭き門を通して子供たちを通わせている。
私は前から気になっていたことを訊いた。
「葡萄園で働いてたときにさ、カソリック校出身だって奥さんに会ってさ。彼女が人生で一番驚いて怖いと思ったのは『ダーウィンの進化論』だったって『あれは恐ろしい本よね』って真面目な顔をして言うのよ。ここのカソリック校も『進化論』は異端思想と教えるわけ?」
「まだそこまで学年が行ってないからわからないけど。どうせこの街じゃ高校からは公立だからねぇ」
人間が猿から進化しようが、神さまの思いつきで土くれから造られたものなのか、彼女にはどうでもいい問題らしい。
私も、別にどうでもいい。
元をただせば、みんなみんな原始の海に漂うアメーバだったんだから。
いまだにアメーバを続けている生物もいるし。
「それで、美雪は神さまも信じてないの」
「いや、私は無神論者じゃないよ。無宗教というか、むしろ、多宗教かなぁ」
「何それ?」
呆れた顔をされた。
「日本には神さまがいっぱいいてねぇ。好きなのを選んでいいし、複数を崇めてもいいし、困ったときだけお参りやお祓いをしても許されるし、外国から来た神さまを拝んだり、お祭りしたり祝ったりしてもオッケーなのよ」
ママ友はちょっと笑って、それからこう言った。
「サリー(仮名・共通の友人)は真面目なカソリック教徒だけど、仕事は某プロテスタント教会の事務員だしねぇ。あんな感じ?」
「ちょっと違うけど。そうかな」
この国の人たちの宗教感覚は、少し日本人に似ているかもしれない。
イベントなどおおがかりな交流行事には、宗派の違う教会同士で和気藹々と助け合っている。
そんな話をしていたら、ドアをノックされた。
知らない人に、パンフレットを渡される。
◎◎◎の証人から、宗教の勧誘。
追い返すのにちょっと手間取った。
ドアを閉めて「!」と閃いた。後で見守っていたママ友にふり向いてひと言。
「Speaking of the Devil, I mean, God.」
ママ友は、苦笑いを返してくれた。
誰にでも言える冗談ではないので、間違っても真面目なXXX教徒には受けない。
慣用句「Speaking of the Devil=噂をすれば影」
神さまの噂をしていたら、悪魔でなくて神さまを引き寄せてしまった、というオチ。