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谷出淳一の怪談夕涼み会〜トイレの怪編〜

作者: 芦田メガネ

いや〜、皆さま暑い中わざわざお越しいただいてありがとうございます。ね、こうも暑いと溶けてしまいそうになりますが、そんな暑さを忘れてしまうようなお話をさせていただこうと思います。


(割れんばかりの拍手)


ありがとうございます。さて、本日は夏らしく「水」に纏わるお話をしようかと思います。水というのは幽霊やら精霊やらといった人ならざるものが集まってきやすい傾向にあると言われています。川や海もそうですが、洗面所やらお風呂やらトイレやら、まあ割と身近なところにも寄ってきたりする。



さらにタチの悪いことに、悪霊ってのは不浄な場所を好むんですよ。よく掃除をしないと大変なことになってしまいますからね、暑くても多少は我慢して掃除した方がいいかもしれませんよ。特に今はお盆ですからね。あの世からたくさんの幽霊さんたちが帰ってきてますから。悪霊だって混ざってるでしょう。



というわけで、そんな水場にやってきた悪霊の話。私はこういった仕事柄、ありがたいことにたくさんの人と関わる機会に恵まれておりましてね、大企業の宴会の余興に招待されることもあるんです。そして、余興の後に社員さんたちとお話するのが、これまた楽しいわけで。というのもね、誰か1人くらいは怖〜い話を持ってるものでして。





これは、そんなとある大企業の社員の方から伺った話なんですけどね。仮にAさんとでもしておきましょうかね。数年前、その日はお盆休み前の最後の出勤日だったそうです。Aさんは夜遅くまで会社に残って1人で残業をしていたそうで。他の階には社員さんがいたし、警備員さんも時々見回りに来ていたので完全に1人ってわけではなかったのですが、今いる階にはAさんしか残ってなかった。



あと1時間で仕事を終わらせないと終電に間に合わない。そんな思いで必死になって仕事を黙々と進めて、どうにか残り15分ってところで仕事を終わらせることができたと。ですが、ほっとしたからなのか、便意を催してしまったそうで。何時間もトイレに行かずに仕事をしていたもんですから、まぁ仕方がないことです。駅まで走れば3分で着きますからトイレに行っても間に合うだろうと、Aさんは荷物をまとめてからタイムカードを切ってトイレに駆け込んだそうで。



トイレに踏み込んだ瞬間。キュキュッ!

って音がしたそうなんですよ。Aさんは一瞬びっくりしたそうですが、とりあえず1番近くの個室に飛び込んだ。トイレで踏ん張りながらAさんは考える。


トイレの床が湿っているのは珍しいことじゃあない。きっと掃除した後なんだろうと。まぁそんなわけで踏ん張ってたわけでございます。



5分ほど経って、フッと。電気が消えてしまった。照明はセンサーでオンオフされるので、節電のために消えてしまったのでしょう。真っ暗になって一瞬びっくりして、怖いなぁ、と思ったそうですが、天井に向かって手を振って、なんとか個室の照明だけつけることが出来たそうで。


そんなこんなで、さて、そろそろ出ようか。そんなことを考えて身支度をしていると、突然!


ピシャッ!!ジャーーーーー!!


小便器の水が流れ始めたんです。突然そんな音がしたもんだからびっくりしたわけです。なにせ人が入ってきた音がしないんですから。ですが、Aさんはすぐに思い直した。男子トイレを使ったことのある方ならご存知かとは思いますが、小便器というのは洗浄のために定期的に水が勝手に流れるんです。だから、びっくりはするけど、別に怖いものじゃない。


そう自分に言い聞かせていたんですね。本当は、怖いなぁ、怖いなぁ、と思っていたそうで。誰も居ない夜の会社のトイレ。このシチュエーションだけでも恐ろしいのに自動洗浄の音が響いている。怖いったらありゃしない。



ピシャッ!!ジャーーーーー!!


今度は別の小便器で音がする。さっき鳴ったのは…多分1番入口側、つまりこの扉を開けたらすぐの便器だったはず。そして今度はその隣の小便器から音がする。



ピシャッ!!ジャーーーーー!!

さらにその隣でも洗浄が。



ピシャッ!!ジャーーーーー!!


またその隣から。この辺で流石におかしいと気付いた。この自動洗浄ってのは端から順に行われるものではなく、一定時間使われなかったら行われるもの。つまり、トイレ全体で見れば不規則な順番で、不規則なタイミングで行われるはずなんです。誰かがイタズラでもしているのだろうか。一定時間、小便器の前に立てばその場を離れた時に水が流れますからね。そんなことを考えて恐怖を拭おうとした。



ピシャッ!!ジャーーーーー!!


でも、よく考えたら個室の外は電気が付いていない。それに床は濡れてたから人が歩けば音がするはず。え、それじゃあ、外には、誰も…




ピシャッ!!ジャーーーーー!!


それに、なんでこんな夜遅くに床が濡れているんだ?清掃員の方がこんな時間まで残ってるなんて見たことない。そんなことにも気付いてしまった。じゃあ、もしかして俺は…



気付かぬうちに怪異の領域に入ってしまったのか?



ピシャッ!!ジャーーーーー!!


どうしよう、どうしよう!Aさんは激しく動揺したそうです。自動洗浄の音の回数から考えると、あと1回流れたら端まで行ったことになるはず。そうすれば怪奇現象は終わるかもしれない。そう考えて、とりあえず個室に留まることにしたそうです。




ピシャッ!!ジャーーーーー!!


程なくして最後の小便器が洗浄される音が聞こえてきました。


これで終わってくれ、これで終わってくれ、これで終わってくれえええええぇぇぇぇ!!


必死に心の中で祈り続ける。だが、現実は非情だった。




コンコン。ガチャッ。ギィィ。グォルン!ドジャーーース!ギィィ。ガチャッ


へ…?なんだ今の。1番奥の個室から、聞こえたよな?え…?ま、まさか、今度は、こ、個室を?


音の主は今度は個室を1個ずつ巡っていくようでした。今Aさんがいるトイレの個室は5個。Aさんのところに来るのは時間の問題でした。



コンコン。ガチャッ。ギィィ。グォルン!ドジャーーース!ギィィ。ガチャッ


どうしよう。今個室を出たら鉢合わせるかもしれない。でも、ここに来たら?どうする。どうするどうする…



コンコン。ガチャッ。ギィィ。グォルン!ドジャーーース!ギィィ。ガチャッ


やばい。どんどん近付いてくる。俺がいったい何をしたってんだよ!



コンコン。ガチャッ。ギィィ。グォルン!ドジャーーース!ギィィ。ガチャッ


やめてくれ!やめてくれ!来ないで!来ないで!来ないで!来ないで!来ないでくれ!来ないでくれ!



いよいよ次はAさんがいる個室。あまりの恐怖にAさんの体からは嫌〜な汗がダラダラと垂れてくる。べっとりと肌着が体に張り付いて気持ち悪い。しかも恐怖で体が動かない。今はただ祈ることしかできない。



コンコン。


き、来た。来てる。足音もしなかったし、ドアの隙間からは何も見えないけど、気配がする。


頼む。このまま帰ってくれ!帰って帰って帰って帰って帰って!!


ガチャ。


ドアを開けようとしてきますが、鍵がかかってるから当然開かない。このまま諦めてくれ!何度も何度もそう祈った。でも!



ガチャ!ガチャガチャッ!


ひっ!

思わず小さな悲鳴が漏れる。無理もない。扉の外にいるナニかが扉をこじ開けようと必死になっているんですからねぇ。



ガチャガチャッ!ガチャッ!コンコンコン!


やめて、やめてくれ。やめてくれ。やめてくれ。やめてくれ。



ガチャガチャ!ドンドン!ドンドン!


お、俺がいったい何をしたってんだよッ!なんで?なんでなんでなんでなんで!?


ガチャガチャドンドンドンドンドンドンガチャガチャガチャガチャドンドンドンドンドンドン


ゆるして!ゆるして!ゆるしてゆるして!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!



ドンッ!!




最後に一発大きな一撃が扉に叩き込まれた。そして、急に辺りがシーンとしたんだそうです。何事も無かったかのように。耳に突き刺さるほどの静寂がAさんを包んだ。



お、俺は、助かった、のか?はァァァァァァァァァァ!こ、怖かったァァァ!それにしても、あれはなんだったんだ?このトイレで、なんかあったのか?今度、上司にでも聞いてみるか。



そんなことを考えられるほど、Aさんの緊張は解けていました。Aさんはゆっくりと扉を開き、何も無いことを確かめてから外に出ました。



今から走れば終電に間に合うな。ああ、良かった良かった。そんなふうに安心して手を洗い、ふっと顔を上げた。




う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!



顔を上げるとそこには鏡がある。そこにはなんと、Aさんにしがみついて、ニターァと笑う面長の男が映っていた。その男の目は全部黒目で頭からはダラダラと血を流していたそうで。Aさんは恐怖のあまり気絶してしまったそうです。






目を覚ますと、別の階で働いている同期と警備員さんが心配そうに顔を覗き込んでいた。


お、目が覚めたな。A、大丈夫か?


え、あ、ああ。それより、ここは!?幽霊は!?


ここは仮眠室だよ。あまりにデカい悲鳴が聞こえて、何事かと警備員さんと駆けつけたら、お前がトイレでぶっ倒れてるもんだからここまで運んできたんだ。


そ、そうか。ありがとう。


それより、幽霊ってなんだ?


ああ!それはだな…




Aさんはことの次第を2人に話しました。すると警備員さんが口を開いた。


何年か前にね、そこの階のトイレで亡くなった社員さんが居たそうだよ。たしか、昇進が決まったばかりのときに、心臓発作で。そのときは真夜中で誰も居なかったから、見つかったときにはすっかり冷たくなってたそうだ。以来、たまに幽霊を見たって人が出てくるようになったんだって。



そうか、そんなことが。無念だったに違いない。これからってときに亡くなったんだもんなぁ。Aさんはそんなふうに合点がいった訳ですね。




そうそう、確かその人の写真があったはずだ。ちょっと待っててね。


警備員さんは一旦休憩室を出て、程なくして1枚の写真を持って戻ってきた。



これは社員旅行のときに撮った写真だそうでね。この人だよ。この1番後ろの左端にいる人。



Aさんは写真を覗き込んだ。



えっ?


どうしたんだ、A。


俺が見た幽霊、この人じゃない…



写真の中にいる男は、丸顔でふくよかな人だった。トイレの鏡に映っていた面長の男とは似ても似つかない。




Aさんを襲った幽霊は、いったい誰だったんでしょうかねぇ…


2423年8月12日


出演:谷出淳一

会場:アサクサ演芸ホール

公演:谷出淳一の怪談夕涼み会(初日)

演目:トイレの怪


文責:武縄公介

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