鋼鉄の紳士
夜も更けたのでコモドアーマーへの挑戦は中途半端な状態で終わる事となった。
リスポーン直後の無敵時間は約5秒。
wikiなりなんなりを見ていればすぐに分かったかもしれない攻略の糸口であるが、自力で見つけるからこそ面白いというものだ。
リスポーン後に最速で向かえば5秒以内にコモドの鼻先に立ち向かえる事は証明済みだ。後はこの唯一の糸口を生かす事が出来るかに掛かっている。そんな事を考えながら俺は歯を磨いたり風呂に入ったり、興奮冷めやらぬ内に眠りにつくのであった。
ホロウ・プレイヤーズのファーストインプレッション。
クソキャラクターにクソ初期リス、人によっては星1評価は免れ無さそうだが俺は違う。
困難な状況に立ち向かう事で徐々に成長し、攻略が見えてくる。
こういうゲームは昔から良ゲーと相場が決まっているのだ。
「先輩。ホロウ・プレイヤーズ、どうでした?」
お昼休みの学校中庭ベンチにて。
午前中の授業も終わり、ちゃっちゃと昼飯を済ませて寝不足気味の脳みそに睡眠を与えようと、うとうとし始めた時。
『声を掛けるな』術式を展開している俺の結界をいとも容易く越えてきたのは一学年下の後輩。
「肉塊、以上」
「コミュニケーション放棄するにしても限度ってものがありますよー」
「肉塊、触手、最速死亡ルーティンに攻略の糸口あり」
「…僕と会話する気あります?」
肩を落として立ち去ろうとする後輩。
「まあ待て、後輩」
「谷口です。名前覚えてください」
「こりゃ失敬。《紳士クレイモア傭兵》という立派なコードネームがあったな、後輩」
悶絶する後輩を尻目に眠気を吹き飛ばす為のあくびを一つ。
紳士クレイモア傭兵、改め谷口樹。伝説的な傭兵となって世界中で依頼を請け負うロボットシューティングゲーム『マーセナリーレコード(mercenary record)』繋がりで話すようになった後輩だ。学校の何かの催しで、学年混合でチームを組む機会があったのだが、その時に話のきっかけでマーセナリーレコードを持ち出したのが始まりだったか。
マーセナリーレコードは傭兵となって依頼を請け負うメカシューティング物だが、その難易度の高さには定評があり中でもTOPプレイヤーの戦闘記録を解析して設定された通称クソAI・NAKANISHI_MK3は数多のMRプレイヤーを地獄に叩き落とした。
『先輩はNAKANISHI_MK3の攻略進めてます?あいつにやられてから友達みんな萎えちゃってて、僕くらいしか今MRやってないんですよね』
『撃破報酬の頭部パーツ、中々良い性能だったぞ』
『NAKANISHI越えしてる!天才!?』
しばらくしてから谷口もNAKANISHI越えをしたようだが、以来こいつとはゲーム繋がりでちょくちょく話すようになった。
件のNAKANISHI_MK3は最大HPの30%を削ってくるプラズマミサイルを乱れ撃ちしながら高速ブーストで切り込んでくる隙の無い戦法でプレイヤーを確実にすり潰してくるクソAIである。
攻略方法はいくつかあるのだが、俺が好きな戦法は両腕にガトリング、選択出来る最軽量・最速の機体でミサイルを迎撃しながらブレードをかわして引き撃ちしながらHPを削る脳筋戦法である。早く動いて相手の攻撃を全部かわせばこっちが勝てる。勝利の方程式は案外シンプルなものである。
「紳士クレイモア傭兵。俺は好きだぜ、そのネーミングセンス」
「…フルオート運用が当たり前のガトリングを指切りで無理やり単発撃ちしてミサイル迎撃する先輩には敵いませんよ」
まあ、武装がガトリングだけだと弾足りなくなっちゃうからね。
そういう動きにもなってくるよね。
1000時間を超えるプレイ時間を対価に得られたガトリング単発運用術。NAKANISHI_MK3の撃破時間を競う公式のリーダーボードには、ガトリング武装部門で今でも俺のプレイヤー名トビツグがランキング1位として刻まれている。フルオートだと弾がばらける割に相手の動き次第では威力が出ないガトリング。人気の無い武装だからこそのランキング入りではある。
「んで、ホロウ・プレイヤーズがどうしたって?」
「…そうでした!せっかくだからどこかで合流して一緒にプレイしませんか?」
「んー」
ここ最近はソロゲーばかりで久しくオンラインゲームには手を出していなかった。
その理由は俺の信条によるものだ。
初見から得られるゲーム体験以上に重要なことは無い。
ソロゲーであれば自分からwikiを見なければネタばれは喰らわない。
オンゲーだと他プレイヤーがいる手前、何かしらネタばれは喰らうもんだからなー。と俺の食指は久しく動いていなかったのだが、谷口に『ホロウ・プレイヤーズ、おもろいですよ先輩!』と曇りなき眼で勧められては断る事は出来なかった。
であれば、せめてランダムリスポーンで人と出会わないように対策しようとした結果、初期リスで無限高速死亡RTAをかますハメになったのだが。
「あ…先輩、ゲームは一人でやる派でしたよね。すみません…」
「んー」
肩を落とす後輩になんと声を掛けるか。
ソロゲーにはソロゲーの良さがあり、オンゲーにはオンゲーの良さがある。
ゲーム性による違いを持ってきて良し悪しを語るのはナンセンスだが、俺は一人でもくもくと成長出来るゲームが好きだ。その積み重ねは俺を裏切らず、スキルや装備の価値以上に達成感を伴うゲーム体験を得る事が出来るからだ。
それゆえにゲームのネタバレは万死に値する。
だが、それをオンゲーでフレンドに要求するのはあまりに酷である。
ゲームによっては前提知識がなければ他プレイヤーに迷惑を掛けるようなものもあり、攻略wikiと格闘するのがゲームの第一歩とされるものもまである。
「一人でやる派というか。ネタばれがなー、オンゲーは避けられないし」
「それなら大丈夫です!先輩と攻略ペース合わせるんで!」
「それを後輩に強いるのは逆に俺が気まずい」
ネタバレが嫌だから俺に合わせとは流石に暴君の極みである。
良質なゲーム体験を得る為に後輩に負担を強いるのは流石に違うだろう。
「そうですよねぇ…。ならこういうのはどうですか?」
谷口の語る所によると、このゲームには一応のラスボスがいるらしい。ストーリー的にはそいつを撃破して一件落着という話らしいのだが、どうにもコンテンツ的にそれで終わりではないんじゃないかとというのが攻略最前線を走るプレイヤー達の見解らしい。というのも現状到達可能なマップは2割程度しか埋められておらず、まだまだ未知のエリアがあるというのだ。ちなみにこの一連の話は結構なネタバレのような気もしてくるが、様々な広告媒体でホロウ・プレイヤーズのその辺の攻略事情は喧伝されており、実は俺もうっすら把握している内容だったので良しとする事にした。
「ラスボス攻略後に隠しストーリーか隠しマップかは分かりませんが、隠しコンテンツを一緒に攻略する。それでどうですか?」
谷口の話によると、そこに至るまでそう時間は掛からないらしい。
来るべき時に向けて各々で力を蓄える。そういうのも案外乙かもしれない。
「いいぜ、その話乗った」
「やったー!先輩、天才!」
喜ぶ谷口。
ま。後輩の頼みだからな。
ちょっとくらい主義を曲げてもいいじゃないか。
ゲームの中では重力を捻じ曲げているくらいだしな。
次の授業を知らせる予鈴が鳴る。
「あ。俺のキャラクター肉塊なんだけど、グロいの大丈夫?」
予鈴のチャイムに俺の声が掻き消されたのか、後輩は訝し気な顔をするのであった。