異界虜囚クリーナーズネスト
旗岡瑞希がホロウ・プレイヤーズ内でプレイヤーの戦闘音を察知したのは全くの偶然だった。
ダンジョン"異界虜囚クリーナーズネスト"は、ゲーム中盤のダンジョンであり、難易度的にはそこまで難しい訳ではない。順当にレベリングをしていけば攻略サイト無しでも攻略できる難易度である。
しかし長期間"異界虜囚クリーナーズネスト"で活動するのは推奨されていない。
七日間連続でダンジョン内に留まるとレアエネミー・虜囚の狩人が特定の位置にスポーンする。ダンジョン離脱系のアイテムがあればなんて事は無い存在だが、ダンジョン深部から出口に向かおうとするアイテムを持たないプレイヤーにとっては大問題となる。
とにかくHPが多い敵なのだ。
中盤ダンジョンに挑むプレイヤーにとっては適正レベルとは言えない敵だ。
それゆえにダンジョンを訪れるプレイヤーは、入口でその諸々を警告するNPCからきっちり七日間を計測するアイテムを押し売り同然で購入する羽目となる。七日間のタイムリミットに警戒するか、あるいはぼったくりに近い金額で売られた砂時計をインベントリの底に沈めるか。
旗岡は砂時計のUIを表示する。
「3日…。今回は長居しすぎているわね…」
女性の口調。
しかしその外見は精悍な顔立ちをした男性キャラクターだ。旗岡は女だからと侮られたり言い寄られたりする展開を好まなかった。おかげさまでここまで何のトラブルもなく勉強が出来ているのだが、その実、美麗な女性キャラプレイヤーを見かける度に「こっちの方が良かったかも」と少し後悔するのであった。
旗岡のジョブは"魔導士"。DPSの担い手達を後方支援する役割のジョブであるが、旗岡はすでに現状攻略可能なラスボスを撃破している。この程度のダンジョンであれば単独での踏破は可能である。
目新しいレアアイテムや、経験値の美味しいレアエネミーが湧く事のないダンジョン端。旗岡が勉強をするにはもってこいの環境であり、この3日間の成果に旗岡は満足していた。
そんな中、明らかな戦闘音が聞こえてきた。
剣を打ち付ける音ではない。
魔法を行使した様子でもない。
ただ、どことなく禍々しい。
肉体を武器とする拳士のような雰囲気でもない。ただただ暴力的に命を散らしているような様子である。
べちゃっべちゃっぐちゃべちゃっ!
そんな冒涜的な様子に旗岡は興味を示した。
モンスター同士の戦闘も珍しくない。しかし旗岡瑞希がVRゲームを楽しくプレイするというよりは、義務感によって研究している現状は疲労が溜まる状態であり、それが例えモンスター同士の戦闘であったとしても「少し見物してみるか」と足を向ける動機としては十分だった。
コモドアーマーとの何十回目かの戦闘で分かった事がある。鋭い爪での振り下ろし攻撃を避ける事は現状の俺のステータスでは不可能であり、こちらの一撃を加えるにはスピードが足りない。触手を駆使した高速移動はそれなりに実用的にはなってきたものの、コモドにはそれでもまだ足りないのだ。
デスペナルティは経験値半減はともかく、ただでさえ少ないHPの四分の一減少、これが痛い。デスぺナ前であれば一撃は持ちこたえていたコモドの尻尾による振り払い攻撃が、デスぺナ後には即死攻撃級になっていた。爪と尻尾に気を付けろって、つまり全部気を付けろって事ですからね。
とはいえ、デスペナルティは一時的なものだ。少し時間は掛かるがペナルティ解除の時間を待てば元の状態に戻る。
コモドに対して、こちらの攻撃はまだ通っていない。しかし裏を返せばこちらの攻撃が通用するかもしれないという可能性を残している。俺の攻撃手段は触手を槍のように突き刺して攻撃する触手牙突のみだ。レベルアップすれば攻撃手段も増えるのかもしれないが、今のところはこの手札だけで何とかしなくてはならない。
初期リスポーン部屋の出口は一つだけ。
唯一の出口を出たそこにはこちらの攻撃が届かない即死攻撃持ちが陣取っている。
この状況を簡単に「詰んでいる」と匙を投げてしまう事を俺は良しとしない。
ゲームだからな。
これくらいの困難があった方が面白いってもんだ。
とは言え打つ手が無いのもまた事実。
どうしたものかなー。
べちゃっ
ぐっ
ぶちっ
コモドの動きにどこかしら隙がないか注意深く観察しながらも突進を繰り返していく。デス後に視界が暗転してリスポーン部屋にリスポーン、小部屋を出てコモドに相対するまで約15秒。幾度となく生まれては死んでを繰り返していくと動きも最適化されていくものだ。特に触手を用いた天井ブランコ高速移動を効率化させてからはより動きが洗練されていった。
触手から分泌されている粘液と触手自体のグリップ力で天井への2秒にも満たない張り付きを実現している。その力加減というか、グリップする力の加減を調整する過程で気が付いた事がある。触手は伸縮性があり、通常時は1.5mほどだが伸ばそうと思えば3mほどまで伸ばす事が出来る。
グリップを最大まで高めて、触手を限界まで伸ばし地面に突き刺す。その状態で胴体の踏ん張りを解除すると…
「ぬおおお!」
俺の愛らしい肉塊ボディは触手の伸びに比例して前方にすっ飛んでいくという訳だ。
天井に触手をぶっさしてブランコ移動するのも悪くはないアイデアだと思うが、いかんせん隙が多い。
更に俺自身の分泌液をあらかじめ地面に散布しておけばロケットスタートとの相乗効果でスピードは二倍だ(本当?)!
「…」
思わず自分自身への疑問が挟まってしまうが、これで更にスピードが上がった。
産声を上げてから死ぬまでの間隔が約15秒から7秒前後までに縮む。
べちゃっべちゃっぐちゃ!
それからも何度も試行を繰り返していくうち、俺の生死のサイクルは更に短くなっていく。
べちゃっべちゃっぐちゃ!
べちゃっべちゃっぐちゃ!
べちゃっ!
「ん…?」
コモドの爪による薙ぎ払い攻撃にダメージが乗らなかった。
「は…!?」
と、思ったらまた暗転。
二回目の攻撃でしっかりリスポーン部屋送りにされたようだ。
今の現象をよく考えてみる。
小部屋からコモドに切り裂かれるまでの間隔は、体感で今が最も速かった。
リスポーン直後に攻撃が効かない。
という事は…
「リスポから何秒間かは無敵ってことか…」
肉塊がコモドアーマーに向かって突撃を繰り返している。
あのようなモンスターは確かに存在する。
しかし、あのような動きは見た事がない。
「きもちわる…」
勢いよく小部屋から飛び出してそのままの勢いでコモドアーマーに突撃。一瞬で切り刻まれ、また少ししたたらモンスターに突進していく。そんなループが延々と繰り返されていた。そし驚くべく事にその肉塊にはプレイヤーネームが表示されていた。
ホロウ・プレイヤーズにおいてモンスターのような姿でのビルドが出来るとは聞いた事が無い。
しかし現にそこにいる。
「ふぅん」
プレイヤー名、トビツグ
トビツグは触手から粘液をまき散らしながら死んでいった。