重力浮遊感覚、床のシミ
石扉の先は小部屋と似たような質感の通路だった。
見た所どこかのダンジョン内なのだろうか。左右に道が伸びている。俺の初期リスポーン地点はとんでもない所に設定されてしまったようだ。そして目の前に問題がひとつ。
涎を垂らし、白濁した目で周囲を観察する獣。
UI表示によると『コモドアーマー』というモンスターのようだ。
なるほど、剣と魔法の世界である。そういうモンスターもそりゃいるって訳だ。
ところで俺の見た目はどこからどう見てもバッドなモンスター風なわけだけど、ひょっとして味方判定されたりしない?
「ーーーーーーー」
何か意思表示をする間もなくコモドアーマーが素早く振り下ろしたかぎ爪によって俺の柔肌は切り裂かれる。初期HPは50。待ったをかけるまでもなくあっという間にHPは0になる。
暗転。
俺は再び小部屋に戻る。
初期リスポーンはセーブするまで固定だったか。
つまり初期リスポーンの前には現状即死級の攻撃力を持つ敵がいて、そいつを倒さないと先に進めないと。ふむ。
「これがホロウ・プレイヤーズの洗礼ってわけだ」
硬派な世界観だと聞いていたが、やってくれるじゃないか。魔法?ファンタジー?関係ないね。俺はコモドを倒して肉塊でのし上がってやるぜ!
と息巻いてみたはものの。
その後コモドの動きを見切る為に何度か決死の覚悟で歯向かってはみたが、全くこちらの攻撃が通らない。というか、スピードが見合っていない。こちらが1動く間にコモドが4動いている。こちらとそちらの基礎ステータスが全く釣り合っていない印象だ。
そもそも肉塊の身体でまともに移動が出来るようになった段階で戦闘は早すぎるのかもしれない。
小部屋で移動について改善が出来ないか検討する。
ただ歩く・小走りするではなく、根本的に戦闘向きの移動が出来ないかを考えてみよう。
ちなみに逆立ち触手歩行では小走り以上のスピード感は禁物である。触手が絡まってすっ転んでしまうのだ。ていうか逆立ちでランニングとかキモイよね、と俺の理性が否定している。
ここで頭によぎるのが、このゲームが硬派である、という点だ。
魔法を習得するのに結構な手間暇が掛かるとかそういう話は聞いた事があったが、普段のゲームプレイに支障をきたす移動の困難さというのは聞いた事がない。むしろかゆい所に手が届く快適なプレイングである、という印象の方が強かった。
硬派ではあるが、堅物ではない。
ゲームの中なのだから、ちょっとのあれやこれは緩和してもいい。
そうは思いませんか。
例えば重力とか。
ファンタジー世界といえばドラゴン。ホロウ・プレイヤーズにドラゴンが出るかは知らないがそれに準ずる、でか目のモンスターは出てくるはずだ。それに対して重力の影響やら自重やらでその場に沈み込んでいくのでは?などと邪推するのはあまりに無粋。重力くらいいいじゃない。地球じゃないんだよ、きっとこの世界。
・・・という開発裏話があったかは知らないが、プレイングの快適さとリアルティとの天秤にどちらか片方が触れているという事だ。弱っちくて生々しい触手で胴体を支えてホラー歩行が出来る時点である程度の無茶は効くのでは、と俺は当たりをつけていた。
「あらよっと!」
試しに小部屋の端から小走りで助走をつけ、前方の床に胴体を叩きつける勢いで飛び込んだ。
すっとんでいく胴体に遅れて触手が引っ張られる。
重力に抗って触手を前方斜め上へ。
斜め上へ伸ばす。
上へ。
もう一つの現実の常識であればそんな事は不可能なのかもしれないが、胴体が地面に叩きつけられる前に俺の触手が天井面を掴む。何も突っかかりが無い壁面なので捕まることは出来ない。それでも前方への推進力と触手の分泌液とによるシナジー効果で、一瞬のグリップ力が産まれる。
ブランコのように胴体が振り子の要領で前方へとすっ飛んでいく。
成功だ!
これで高速移動が出来るぜ!
触手を伸ばすタイミングをミスり、俺の愛すべき肉塊ボディは床のシミとなりましたとさ。
暗転。
「………」
不幸な事故はあったものの、これでスピードには目途がついた。ホラー度合いはかなり高まったような気がするが。
それよりも目下新たな問題が発生している。
・連続死亡回数が規定値を上回りました。
デスペナルティ:経験値半減、ライフ四分の一減少
「………」
このゲーム。デスぺナあるってマジ?