彼の地にて、墓標と道標がまた一つ生まれる
先端の感覚からまず芽生え、次第に脳へと向かい意識が戻り始めた。体の隅々まで感覚を取り戻すのに3秒も掛からない。第四世代型の普及VRマシーンとはいえ、現実から現実へとシームレスに移行するこの感覚は、VRが無かった頃の人間が知らない感覚だ。
視界の暗転が解かれたと思ったが、妙に薄暗い。
カビ臭さが鼻につく。視界が徐々に暗闇に慣れたのは完全な闇ではないからだ。
ゲーム的な仕様というやつなのだろう。自分の周囲がほのかに照らされている。数メートル先の視界が、微かに暗いなという具合にまで調整されていた。これ以上の視界を望むなら魔法なりアイテムなりを使ってくださいね、と言うことだ。
この世界、前評判の通りなら魔法が存在する。
普段はソロゲーばかりの俺だが、魔法を使ってエキサイトするゲームも当然履修済みだ。最大威力を放つ破壊魔法の組み合わせを考案するのは楽しいものだ。ある魔法とある魔法とを組み合わせて新しい魔法を考案できるような自由度があるゲームの場合、やり込みの可能性は無限大だ。ソロゲーゆえの効率や便利さを無視したロマン重視のダンジョン壁絶対物理破壊魔法を生み出した時は一晩中小躍りしたものだ。
さてこの世界でもそんな心踊る体験は得られるだろうか。
前評判以上のネタバレを俺は摂取しないようにしている。俺の墓標には、初見から得られるゲーム体験以上に重要なことは無い、なんて刻んでもらうとしよう。
部屋の果ては案外すぐで、意外と小さな部屋にリスポーンしたのだと分かる。
視界右下の通知欄にポップ表示がされる。
実績
彼の地にて、墓標と道標がまた一つ生まれる
が解除されました
実績解除の通知と共に簡単な説明が表示される。
・初期リスポーン地点が固定されました。
・ランダムリスポーンの場合、全地形上の未踏破地域以外のエリアにランダムでスポーンされます。
・セーブ地点が更新されるまで、初期リスポーンは固定されます。
ランダムスポーンというのは中々にデンジャラスな仕組みのようだ。
「これってラスボスの部屋がプレイヤーに踏破済みだったら問答無用でラスボスの鼻先にリスポーンするってことかよ・・・しかもセーブするまで無限に」
場合によっては初手から詰む可能性もあると思うが、それすら楽しむのが真のゲーマーというものだ。さてさて俺の場合はどうだろうか?
小部屋には目新しいものはカビ臭さしかなく、出口は一つしかない。
微かに光が漏れる石扉の向こうには何が待ち受けているのだろうか。
そこで俺はふと違和感に気がついた。
「ありゃ、動かんぞ」
足を一歩前に、さあ冒険を始めようというところで俺は足先の感覚がないことに気がつく。
「・・・」
なんだよ初っ端からバグかよ勘弁してくれよと毒づく間も無く俺は全てを察した。
そりゃ足もないはずだ。
足、というより設置面というか。
胴体、というより本体と捉えるべきか。
腕、というよりこれは触手なのか?
頭部がどうなっているかは一人称視点なので分かるはずもないが、ロクでも無い形状なのは想像に難くない。
胴体の表面には血管がウネウネと浮かんで脈打っている。地面には汚れた粘液のような染みが出来始め、それが俺から生産されているというのは中々に直視し難い現実だ。本体から1.5メートルほどの、未成年には閲覧を推奨できないタイプの生々しい触手が生えている。ブヨブヨの肉の塊に触手が生えた物体、つまり俺の現状はそういう感じになっているのだ。
「・・・」
つまりこれは、ランダム、ということなのだろう。
ランダムにキャラクターをビルドするのだから、ランダムにキャラクターがビルドされるのだ。魔法の世界において討伐されることはあっても、心踊る冒険譚を刻んでいくようなタイプにはなれそうにも無い肉塊にだってなるさ。それがランダムってやつだ。
「うががががががー」
奇声を発し、15秒静止。
心を落ちつかせるのにそれ以上は必要ない。
「・・・」
ごめんやっぱ無理。
普通にしょげてます。
ランダムスポーンかつ、ランダムキャラクタービルド。
わざわざ赤文字で警告された全くお勧めされない設定でゲームを始めてみたはいいものの、初見にはパンチの効いた始まりだ。
かっこいいキャラクターが良いとか贅沢は言わないから、せめて人間体型にして欲しかったぜ、とほほ。
「つうかこれ、先に進めないんだけど」
足がないから動けない。自然の摂理に従うならそういう事だろう。
しかし、初期リスポーン地点から動けないキャラクターを用意して顰蹙を買わないと思うほど運営もバカではないだろう。何かしらの移動手段があるはずだ。
胴体の粘液で滑らせてウネウネ進む?
「分速10センチは流石に辛い」
動けないこともないが、ゲームをクリアする頃に人生もクリアしそうだ。
触手でクモみたいに胴体を持ち上げて動くとかは?
「お!いけるじゃん」
あえて人間的に表現すると肩の上部分から生えた触手を折り曲げて胴体を浮かせる。そのまま進めば分速10センチよりは大分マシな移動手段となりうる可能性がある、歯切れは悪い。
「超疲れるんですけど、これ」
肉塊用の感覚が芽生えるという訳ではなく、あくまでも人間的な感覚を肉塊の都合に置き換えて表現されているようなのだ。つまり俺は今、腕で無理やり体を持ち上げて体をなんとか進めているような感覚を得ている。
これでいけないこともないのだが、効率が悪い。
とても悪い。
「うーん」
なんとかならないかとあれこれ試行錯誤してみるが、どうにも決まらない。
移動するのにここまで考えさせられるゲームは初めてだ。嫌な予感と神ゲーなのではという期待感の割合は半々といった所。
環境設定項目に何か無いかとUIを表示する。
世界観に似つかわしいのかよく分からないディスプレイが空中に浮かぶ。
設定をスクロールしていくとふと目に止まるものがあった。
「・・・視界反転」
両腕で体を持ち上げれば、当然すぐに疲れるのは当たり前。
では、両腕で体を押し上げるのはどうだろうか。
人間で言うところの逆立ちだ。
試しにやってみる。
「・・・おお!」
ただ持ち上げるよりは断然楽だ。と言うより人間でいう肩の上から触手が生えているからより自然なフォームになっている気がする!
「ここで視界反転をぽちっとな」
頭上に地面が見える視点が反転し、代わりに天井が見えるいつもの落ち着くビューだ。視界だけではなく三半規管もそれに併せて都合よく調整してくれるようだ。視界は通常なのに頭に血が昇るということもない。実に都合が良い。頭と呼べる部位があるのかはこの際置いておく。
というかこんな設定があるということは、天井に足をつけるようなシュチュエーションがどこかで発生するのだろうか。
触手を恐る恐る前に進める。触手は計三本が生えている。四足歩行とはいかないが、イメージとしては二足歩行に補助の一本が追加されたような感覚だ。別に二本でもいけないことは無いが、ぶくぶくの胴体を保持するために三本で支え合いながら動く。
十数分後。
小部屋の中をウネウネと動く練習をした俺は、確かな確信を得ていた。
これは、このキャラクターでもいけるという確信。
創意工夫の幅次第で不可能と思えることも可能に近づける。
ひょっとしてこのゲーム、神ゲーなのでは?