24.一週間の休暇・初日
ロティアは久しぶりにぐっすり眠ることができた。リジンの体温と心音を感じていると、安心できたのだ。
翌日目が覚めると、リジンはすでに目を覚ましていて、フフランと話をしていた。
「……おはよう、フフラン、リジン」
「おはよう、ロティア。起こしちゃった?」
リジンはまるでハープの弦を指先でなでるように、ロティアの髪を優しくなでた。
「ううん。寝すぎでしょう?」
「まだ九時過ぎだよ」
「寝てても良いんじゃないか?」
「うーん。でもせっかくフフランとリジンと一緒に居られるから、起きる」
ロティアはギュウッとリジンに抱き着き、パッと離れて、勢いよく起き上がった。
「リジンのパワーもらっちゃった! リジン起きられる?」
リジンはクスクス笑いながら「大丈夫だよ」と答えた。
そしてゆっくりと起き上がると、ロティアと向かい合って、ギュッと抱きしめてくれた。
「おはよう、ロティア。朝から一緒に居られて嬉しい」
「ふふふ、わたしも」
ロティアもギュッとリジンを抱きしめ返した。
「さて、今日は何して過ごそうか?」
「オイラたちはロティアに付き合うって決めてるぜ」
「ひょっとして、先に起きてその話してたの?」
リジンは「たまたま目が覚めただけだけどね」と言って、ロティアの髪をもう一度なでた。優しい手つきと体温に、ロティアは小さなあくびをした。
「そうだなあ。わがままを言って良いなら、ヴェリオーズに行きたいけど。今はオーケさんもいないんだもんね」
「俺は構わないよ。ちょうど花に水もあげたかったし」
「え! 確かにそうじゃない! お花たち大丈夫かな?」
「心配ないよ。魔法道具に数日分は任せておいたから」
ロティアとフフランは「「魔法道具?」」と声を揃えて首を傾げた。
リジンは双子のようにシンクロしているロティアとフフランにクスッと笑った。
「百聞は一見に如かず、だ。ヴェリオーズに行こうか。面白い魔法道具をいろいろ見せてあげるよ」
この一言で、休暇の初日はヴェリオーズに向かうことになった。
朝食を済ませ、二日分の着替えをカバンに詰めると、ふたりと一羽はヴェリオーズ行きの汽車に乗り込んだ。
ふたりと一羽でヴェリオーズ行きの電車に乗るのは久しぶりだ。右耳にイヤリングを付け、温かい毛皮の帽子をかぶったロティアは、ウキウキしながら座席に座った。その向かいの席に、左耳にイヤリングを付けたリジンが座る。久しぶりにそろったイヤリングたちもどこか嬉しそうにふたりの耳元で揺れている。
「次にヴェリオーズに行けるのはいつかなって思ってたから、こんなに早く行けることになって嬉しい! しかもリジンも一緒に」
「いつもは俺がロティアとフフランを呼んで来てもらってるもんね。遠くまでありがとうございます」
「リジンが絵を持ってきてくれることもあるんだから、気にしないで。それにわたし、ヴェリオーズが好きだから、できることなら何度でも行きたいもん」
「オイラもヴェリオーズ好きだぜ。空気がおいしいし、リジンの家はホッとするし」
リジンは「嬉しい」と言って、花が咲くようにふわっと微笑んだ。リジンもご機嫌に見えて、ロティアは嬉しくなった。
汽車が動き出すと、ロティアは窓の外に手を振った。それに気が付いた駅員が手を振り返してくれた。
「さて、うちに着く前に、少しだけ魔法道具について話そうかな」
「良いの! 聞きたい、聞きたい!」
「オイラも!」
ロティアとフフランが無邪気な声を上げると、リジンはクスクスと笑ってうなずいた。
「了解。魔法道具について話すには、最初に周辺の地理について話した方が良いかな。まず基礎知識として、ラスペラがある国・レイレック王国と、ヴェリオーズやフォラドがあるウルリム国は隣り合っているよね」
ロティアとリジンが出会ったのは、レイレックとウルリムの国境付近の町・ヴェリオーズだ。
ロティアとフフランはコクッとうなずく。
「それからレイレック王国は、他にも三つの国と繋りあっている内陸国。でも、ウルリムは違う。国をずっと東に行くと、その先は海があるんだ。ウルリムは大陸の末端の国だからね」
ロティアもその事実は知っているが、海を見たことはなかった。リジンに海を見たことがあるか尋ねると、「何度かね」という答えが帰ってきた。いつかふたりと一羽で海にも行ってみたいな、とロティアは思った。
「そういうわけで、ウルリムの東は貿易港の町として栄えていて、他の大陸から様々なものが海を越えて運ばれてくるんだ」
「その海を越えてきたものに、魔法道具があるってことか?」
フフランの言葉に、リジンは「そう」と答えて、片目をパチンと閉じた。
「俺たちの国があるオーリファー大陸では、魔法は魔法使いが使うことが一般的だよね。あとは魔法の技術を公共事業に役立てて、下水道を整備したりするから、ある意味特別視されてる存在だよね」
ロティアの兄であるロシュは、地主の息子として周辺地域の下水道の管理を魔法で担っている。
「一方で、海の先にあるキーリシャ大陸の国々では、魔法を道具の中に入れて、誰でも使えるようにする技術があるらしいんだ」
「へえ! おもしろいこと考えるな!」
「それってわたしの魔法で言うなら、例えばインクを付けていないペンにわたしの魔法をかけて、そのペンでなぞれば誰でもインクを取り出せる、とかそういう感じかな?」
ロティアが考え考えそう言うと、リジンは「たぶんそんな感じじゃないかな」と答えた。
「でもこの技術はここ数年でできたものだから、魔法によってはうまくいかないこともあるらしいよ。道具に入れるのに向いてる魔法と、向いてない魔法があるみたい」
そう聞いて、ロティアはホッとした。
幼少期こそ、ロティアは自分の魔法が嫌いだった。一体何の役に立つのかわからなかったからだ。
しかし今はこの魔法を誇りに思っている。この魔法のおかげで、社会人として生計を立てることができているからだ。それに何より、フフランとリジンに引き合わせてくれた、大切な魔法だ。
その魔法を、誰でも使えるようになってしまったらと思うと、自分の半分を失ったような喪失感に襲われる。
どうかキーリシャの技術までもが海を越えてこないことを祈るばかりだ。
「最近知ったんだけど、キーリシャは魔法の考え方もオーリファーとはずいぶん違うみたいなんだ。こっちだと三源魔法以外の魔法は珍しがられてちょっと苦労するけど、あっちでは神の力として丁重に扱われることが多いんだって」
「か、神の力! すごい大きな捉え方だね……」
ロティアは想像もしていなかった言葉に、目をパチパチさせた。
ここでロティアたちの世界の魔法について触れておこう。
魔法使いは世界の至るところにいる。その数は人口の三分の一ほどで、その九割が太古の魔法を形成した三源魔法、水、土、火にまつわる魔法を使う。ロティアの両親は火、兄であるロシュは水、ロゼは土だ。
三源魔法以外の特殊な魔法を使う者たち――ロティアやリジン――は、両親や兄弟の魔法の種類とは関係がなく、突然変異的に生まれる。原因はいまだに判然としていない。そのため世界各地で、特殊な魔法への扱いは異なっているのだ。
「リジンはどうやってその話を知ったんだ?」
リジンはロティアとフフランの方は見ずに、窓の外を見ながら「ちょっと新聞で読んだんだ」と答えた。
たぶん嘘をついているのだろう、とロティアは思った。しかしきっと優しい嘘だ。ロティアが傷つかないようについているのだろう。
――それにしてもリジンって嘘が苦手なんだなあ。
ロティアは心の中でクスッと笑った。
リジンは視線を戻し、また話し出す。
「特殊な魔法に対して大した政策がないオーリファーに生まれたけど、俺はロティアのおかげで、ロティアはフフランと魔法特殊技術社のおかげで、自分の魔法を好きになれてるんだもん。もちろん、つらい思いもしたけど、それも俺の人生だなって、俺は思うよ。自由がないよりはずっと良い」
「キーリシャだと自由に暮らせないのか?」
「神の力って言われるくらいだから、国に保護されて、国が用意した居住地で暮らすことになるんだって。一生お金には困らないそうだから、それも安心で、幸せだとは思うけど。俺は好きな場所で、好きな人と一緒にいれる方が良い」
そう言って、リジンは右手でロティアの手を握り、左手でフフランの羽根に触れた。
「ロティアとフフランが一緒なら、どこでも楽しいけどね」
「それはわたしも!」
「まったく、ロティアに負けず劣らずリジンもかわいい奴だよなあ!」
フフランはリジンの肩にとまり、頬にムイムイと体を摺り寄せた。フワフワしたフフランにすり寄られたリジンは、頬を赤くして子どものようにケラケラ笑った。
そんなリジンとフフランを見て、ロティアも笑い出した。
「――それにしても、キーリシャの話、ちっとも知らなかったなあ」
「オイラはキーリシャに行ったことがあるけど、知らなかったな。それに、キーリシャにはあんまり良い思い出がないんだよ。なんていうか、キーリシャって、野生の鳥でもお高く留まってるんだよ。オイラみたいな粗雑なヤツは相手にしないって感じでさ」
「えー! ひどい鳥だね!」
大好きなフフランが適当にあしらわれたという話にロティアが頬を膨らませると、フフランは嬉しそうにクルーと鳴いた。
「オイラが不躾に話しかけたのも悪いんだよ。まあ、空気が合わなかったから、すぐにオーリファーに戻ってきたけどな」
「そうだったんだ。ごめんね、嫌なこと思い出させて」
リジンが肩を落とすと、フフランは首をくりくりと横に振った。
「もう全然気にしてないから、心配ないぞ。その後はヴォーナに出会って、オーリファーのあっちこっちに行ってたから、キーリシャに行ったのはその一度きりだな」
「もう一羽で行かないでね! フフランのことをひどく扱う鳥さんがいたら、わたしが怒るから!」
「あはは、ありがとよ、ロティア」
フフランがご機嫌に笑ったところで、ちょうど一つ目の駅に到着した。




