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23.ロティアとフフラン2

 自室に戻ったロティアはベッドに倒れこんだ。

 この頃はベッドにバッタリ倒れることが多い。身も心も疲れ切ってしまった。


「……大丈夫か、ロティア?」

「……なんとか」


 ロティアが枕に顔を突っ伏したまま答えると、フフランがイヤリングを付けた右耳の辺りにすり寄って来た。


「お袋さんかサニアに手紙書くか?」

「……遠くにいるから、心配させすぎちゃうよ」

「それじゃあ、リタの店は?」

「……お仕事中だし」

「それなら、今日もリジンのとこ、行くか?」

「……やめとく」


 ――今ここを去ったら、何もかも投げ出しちゃう気がする……。


 その気持ちが口からあふれ出ないよう、ロティアはグッとくちびるを噛んだ。


「そんなにつらいなら、少しでも吐き出した方が楽にならないか? オイラに話してくれても良いけど、ホウキで行くのがつらいなら、オイラがリジンを呼んでくるぞ」


 フフランの声が不安そうに揺れる。


「……大丈夫」


 ロティアはそっけなく答え、黙りこんだ。


 ――……わたし、最低だ。いくらつらいからって、フフランに八つ当たりして。フフランだって疲れてるはずなのに。心配してくれてるのに。


 そう思っても、ロティアは顔を上げることができなかった。

 この数日の間、嬉しいことの後に、必ずショックなことが起こった。その後には、帳消しするほどの良いことが起こったが、それでももう疲れてしまった。しばらく目をつぶって黙っていたい。

 ロティアは心の中でフフランに謝りながら、ジッと目をつぶっていた。


 それからしばらくするとロティアは眠りについていた。




 次に目を覚ました時、辺りは静まり返っていた。窓の外は白んでいる。朝靄だ。


「……フフラン?」


 部屋の中を見回すが、フフランの姿は見当たらない。よく見ると窓がうっすら開いている。どうやら外に出ているようだ。


「……わたし、本当に最低」


 ロティアは昨夜の自分にうんざりしながら風呂の支度を始めた。


「帰ってきたら、フフランに謝らなきゃ」


 しかし風呂を出ても、朝の支度が終わっても、朝食を食べ終わっても、フフランは戻ってこない。

 もう仕事が始まる時間だ。今日はアーベンの仕事の残りを終わらせなければならない。しかしロティアの頭の中はフフランのことでいっぱいだ。


 ――どうしよう、あんな言い方して、傷つけたかもしれない。どこかで泣いてたら、どうしよう。誰よりも大切なフフランを傷つけちゃった。


 ロティアは居ても立ってもいられず、ホウキに跨って空をとびだした。


「リジンのところに居てくれると良いんだけど」


 そうつぶやいて、ロティアは体を前に傾けた。

 そうすると、ホウキはグンッとスピードを上げた。その分、頬をかすめる風は強く冷たく感じられたが、ロティアはそんなことには構わなかった。




 すぐにリジンのホテルが見えてきた。

 リジンの部屋の窓の前で急ブレーキをかけ、コンコンコンッと強く窓を叩く。すると、すぐにカーテンが開き、リジンが顔を出した。その隣にはフフランもいる。


「良かった! フフラン!」


 ロティアが声を上げると、窓が開いて、リジンが手を伸ばしてきた。その顔にはいたずらっぽい笑顔が浮かんでいる。


「フフランの言う通りだ。フフランがいなくなったら、ロティアは自分を探しに、まずは俺のところに来るって」

「そしたら、ロティアとリジンが会えるからな!」


 フフランは得意げに胸を張った。


「……も、もしかして、わたしのために?」

「そりゃあそうさ」

「わたしのせいで、傷ついたんじゃ……」

「ちょっとはな。でもロティアががんばってることは知ってるし、限界なこともわかってたから」


 「嫌いになったりしないぞ」と言って、フフランはくちばしでそっとロティアの頬にキスをした。固いはずのくちばしは柔らかく感じられ、温もりが伝わってくる気さえしてくる。

 ロティアは「良かった」とささやいて、フフランを両手で包み込んだ。涙がこぼれてくると、それをリジンがぬぐってくれた。

 大好きなフフランとリジンの温もりを感じると、氷のように冷え切り、固くなっていたロティアの心は、綿のようにふわふわと柔らかくなっていった。


 それを感じると、ロティアは自分が想像以上に苦しかったことに気が付いた。

 当事者ではないとしても、自分の周りでつらいことが連続して起こっている。それはロティアを苦しめるには十分だった。


 ロティアの涙が止まるまで、フフランとリジンは静かに待ってくれていた。時々、温もりを与えるように、そっと触れてくれた。


「……俺、ちょうど今日はロティアのところに、新しい絵を持って行こうと思ってたんだ」

「……この間の、素敵な絵?」

「ふふ、そう。だからこのまま魔法特殊技術社に行こうよ。直に仕事が始まるでしょう。話はロティアの仕事部屋で聞くよ」

「……いいの?」

「もちろん。ロティアのこと、俺も心配だから」


 リジンにそう言って微笑まれると、ロティアはまた涙を流してうなずいた。





 一緒にホウキに乗って出社すると、ちょうど開門の鐘が鳴った。ふたりと一羽は「ギリギリ間に合ったね」と微笑み合った。


「それじゃあ、リジンに依頼書を書いてもらってる間に、他の依頼を終わらせようかな」

「アーベンの依頼が後少しだけ残ってるもんな」

「ゆっくりやってね。俺はいつまででも待てるから」

「ありがとう、リジン」


 リジンはコクッとうなずき、依頼書を持ってロティアの向かいの席に座った。その手元にフフランが降り立つ。

 大好きなフフランとリジンが一緒にいる。

 それだけでロティアの心は軽くなった。


 おかげでアーベンの仕事は一時間で終わり、昼休みの前にやって来たアーベンに渡すことができた。

 アーベンはリジンに気が付くと、嬉しそうに握手を交わした。


「美人の兄ちゃんじゃねえか。またいつでも来てくれよ」

「ありがとうございます。今後はもっと頻繁に行けたらと思っているので、その時はよろしくお願いします」

「おお、嬉しいねえ!」


 アーベンはハッハッハッと元気よく笑い、鼻歌を歌いながら去って行った。その姿を見たロティアは、リジンも相当人に好かれる人だ、ということを改めて感じた。


「……ねえ、リジン」

「なに、ロティア?」


 リジンは元の席に戻りながら答える。


「リジンって、その、人から好意を寄せられたことで、困ったことってある?」

「シアさんのこと?」


 アーベンが来るまでの間、ロティアはこれまでのことをすべてリジンに話した。

 シアが恋人持ちの社員から、根拠のないことで逆恨みされていること。

 それが原因で、シアが斬りつけアヴィスだという噂を流されていること。

 その噂が原因で、魔法特殊技術社全体が怪しまれ、依頼が減っていること。

 リジンは静かにうなずいて聞いてくれた。


「そう。さっきも話した通り、シアってモテすぎて逆恨みされてるの。だから、リジンも同じような思いをしたことあるのかなって」

「……んー。好意自体はありがたいな、と思って、困ったことはないけど。好意の伝え方に困ったことはあるかもしれない」


 リジンは言葉を選ぶようにゆっくりと答えた。

 つまりはリジンもシアのように、言い寄られてどうしようもない状況になったことがあるということだろうか。その時、穏やかでケンカが得意そうではないリジンは、どう解決したのだろうか。


「……リリッシュたちが、ロティアとフフランを傷つけたこととかね」

「あれはもうオイラは怒ってないけどな」

「わたしもだよ」


 リジンは困ったような笑顔で「ありがとう」と答えた。


「あの時くらいかな。俺は人と関わる時は、だいたい少人数だから、シアさんみたいな経験はないかも」

「そっか」

「……つらいよね、人に嫌われるのは」


 ロティアは消えそうな声で「……うん」と答えた。


 ロティアは両親から嫌われていると勘違いしていた時期がある。

 リジンは父親から嫌われていた時期がある。

 嫌われることのつらさはよくわかっているつもりだ。

 だからこそ、シアの力になりたい。

 しかし今のロティアには、その力は残っていなかった。


「ひとまずは、ちょっと休もうぜ」


 フフランの言葉に、ふたりは顔を上げた。


「仕事のペースを落とした方が良いよ、特にロティアは。せっかく魔法特殊技術社は仕事の調節ができるんだ。出社日数を減らして、その分休んだ方が良いと思う」

「フフランの言う通りだね。ロティア、顔色もあんまりよくないし、寝られてないでしょう。食事は?」


 リジンは椅子から立ち上がり、ロティアの隣に立ってロティアの頬を指先で優しくなでた。


「……一応、三食は食べてる」

「でも残すこと増えたな」

「えっ、本当に?」

「ああ」


 ――そんなことすら気が付いていなかったんだ。


 自分の体にも変化が起こっていると、ロティアは今初めて知った。


「それなら一緒に休もうよ、ロティア。オーケは事情を話せばわかってくれるだろうから」

「……良いの?」

「当たり前だよ。今は遠慮しなくて良いんだよ」

「そうそう。リジンとオイラに甘えておけって」


 ロティアはフフランを右手に、リジンの手を左手にとった。


「……ありがとう、フフラン、リジン。ふたりが居てくれて良かった」




 その日の夜、仕事が終わると、ロティアは休暇申請をしに行った。申請が終わると、ロティアとフフランはリジンのホテルに向かった。リジンと一緒にいる方が安心できると、ロティアから申し出たのだ。かわいらしい申し出に、リジンは笑顔で承諾してくれた。


 腕の中のロティアが寝息を立て始めると、リジンは枕の上の方に座っているフフランにそっと声をかけた。


「ねえ、フフラン。俺、ロティアのことをそばで支えたいって思ってるんだ」

「そりゃ、心強い。リジンがいてくれたら、オイラも安心だよ」

「ありがとう。だからね、こんな計画をしてるんだけど、聞いてくれる? ロティアにはまだ聞かれると困るから、ちょっと傍に来てほしいんだけど」


 「聞かせてくれ」と言って、フフランはリジンの顔の前に座った。

 フフランとリジンの会議は夜遅くまで続いた。

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