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21.吉凶禍福(中編)

「ハアイ! ロティア、フフラン」


 アーベンからの依頼に精を出していたロティアは、明るい声に顔を上げた。格子状のドアの向こう側に、同僚であるミリーが手を振って立っている。


「ミリー、外回り終わったの?」


 ロティアは杖を置き、フフランを肩に乗せてミリーに近づいて行った。ミリーは胸の前に垂れてくる髪の房を後ろに避けてから、ドアを開けて中に入ってきた。


「もう定時だからね。ロティアったらまた時計見てなかったでしょう」


 ミリーは「ちゃんと休憩入れなさいよね」と言って、ロティアの額を小突いた。ロティアが「いたたっ」と言って額をさすると、フフランがパタタッと飛び上がり、ミリーのたくましい肩にとまった。


「心配すんな、ミリー。オイラがちゃんと声をかけてるから」

「さすがフフラン。頼りになるわね」


 フフランとミリーはニコッと微笑み合った。


 ミリーはロティアよりも二十歳年上の先輩の社員だ。さっぱりし、頼りになる性格の女性で、ロティアが入社した当時から、ロティアを気にかけてくれている。

 そんなミリーの仕事は、外回り、すなわち渉外だ。渉外とは、顧客との関係を構築し、要望を理解した上で、自社の商品や技術を提案する仕事だ。魔法特殊技術社の場合、自社の商品や技術は魔法使い社員の魔法に当たる。その企業にとって有益な魔法を使う社員を紹介し、派遣する際は付き添うのも仕事だ。


「ミリーこそ今日一日お疲れ様。良かったら一緒に夕食しない? 久しぶりにお話したいな」

「嬉しいお誘いだけど、この後ちょっと用事があってね。また今度一緒に行きましょう」

「用事の前にわざわざ会いに来てくれたの? ありがとう、ミリー」


 ロティアがにっこりと微笑むと、ミリーは「ロティアの笑顔は癒されるから」と微笑んだ。


「それからこれも。おいしいリンゴのジュースが売ってたの」

「わあ、ありがとう、ミリー! きれいな黄色だね」


 差し出されたのは五百ミリリットルが入るリンゴジュースの瓶だ。リンゴの絵が描かれた札が括り付けられている。


「リンゴだけで作ったジュースだから、フフランも少しは飲めるかしら?」

「いつもオイラのことも考えてくれて、ありがとうな、ミリー。飲んでみるよ」

「当然よ。フフランだって大事な同僚だもの」


 ミリーはロティアが入社してから最初に仲良くなった十歳以上年齢が離れた先輩社員だ。右も左もわからないロティアに対して、母親のように接してくれている。外回りの帰りにこうしてお土産を買ってきてくれることもしょっちゅうある。


「仕事が終わったらいただくね。ありがとう、ミリー」

「どういたしまして。それじゃあ、わたしは行くわね」


 ミリーはロティアをギュッと抱きしめ、部屋を出て行った。


「お土産を口実に、いっつも顔出してくれて良い奴だな」

「本当だね。また何かお礼しなきゃ」


 ロティアはリンゴジュースの瓶をカバンの中に入れた。

 その時、廊下からミリーの名前を呼ぶ大きな声が聞こえてきた。その甲高い声は、先日路地裏でシアを囲っていた女性社員の声だ。

 ロティアはギクリとしながらもドアの方に近づいて行った。フフランはロティアの肩に止まる。


「こんなところで何してるのよ」

「社員へのあいさつ回りよ。依頼を取ってくる身としては、それぞれの仕事量も把握しておく必要があるからね」

「ふーん。それよりもミリーに会ったら聞きたかったのよ、うちの評判。落ちてるって本当なの?」


 ミリーはたしなめるように「声が大きいわよ、ジナ」と言う。


「だって、他の渉外はみんな言ってるわよ。依頼が取りづらくなってるって」


 ロティアは息を飲んだ。


「どうなのよ、ミリー。敏腕渉外の進捗は」


 ミリーはしばらく答えなかった。困っているのだろう。助けた方が良いだろうか。

 ロティアとフフランは不安げに顔を見合わせた。


「……確かに、最近は中々首を縦に振ってもらえないわ」

「ミリーですら!」

「危険な魔法を使う人もいるんでしょうって言われることが増えたわ。それもこれも斬りつけアヴィスのせいよ。うちに犯人がいるんじゃないかって疑われてるみたいだから」


 先ほどまでの威勢はどこへやら、ジナと呼ばれた女性社員はか細い声で「そうなの。まずいことになったわね……」と答える。


 ――まずいことになったのはあなたのせいじゃない! 証拠もないのにシアが斬りつけアヴィスだ、なんていう変な噂を作って……。それが社外に漏れちゃったってことでしょう。


 ロティアは拳を握り締めて怒りを抑えた。

 自分の行動がどんな結果を招くのか考えられないなんて、なんて無責任な人なんだろう。ロティアの怒りはますます大きくなった。肩に止まっているフフランは「間抜けてらあ」と毒づく。


「それから、ケイリーの記事も良くない方に働いてるみたい」

「ケイリーって、うちを辞めて自分のお店を持った子よね?」


 ロティアとフフランの心臓がドキリと跳ねる。


「その子がうちを悪く言ってるってこと?」

「ケイリーを取材したのは、元々うちに反対派の新聞社だからね。ケイリーを誘導したって感じよ」


 ミリーの言葉で、ロティアは別れ際のケイリーが苦しそうに微笑んでいたのを思い出した。「わたしはずっと味方だから」と言ってくれたことも。

 フフランも「言いたくないこと言わされたって言ってたもんな」とささやく。


「まあ、うちの評判が落ちたことは以前にもあったことだから、いちいち落ち込むことはないけどね」

「えっ! そ、そうなの」


 ロティアも思わず声を出してしまいそうになり、慌てて手で口を覆った。


「少し前に、戦争になりかけたでしょう? その時にね」


 フフランと一緒に止めた戦争だ。

 ロティアはフフランの方を見た。フフランの体は強張っている。


「どうして? うちと戦争に何の関係があるっていうのよ?」

「特殊な魔法を使う魔法使いを自分の国の軍人にして、戦争を優位に進めようとする国からうちに引き抜きの話が来たの。それが敵国だったから、売国奴として罵られたのよ。でも社長は社員たちを護った。自国の軍人にすらならないようにしたの。一度でも脅威になる使い方をすれば、魔法使いは生きづらくなるのをわかってるんでしょうね」


 そんなことがあっただなんて、ロティアはちっとも知らなかった。ロティアは自分の無知を恥ずかしく思った。

 「……そんな話、聞いたこともなかった」とつぶやくジナの声にもショックが含まれている。


「社長がうまくやってくれたからね。魔法特殊技術社は戦争には加担しないっていう方針が割とすぐに世間に広まったのよ。信頼回復は早かったわ。自国の軍人にならなかったのも大きかったみたい」

「そうなの。良かった……」


 あからさまに勢いがなくなったジナの声が聞こえてくる。


「話が反れたけど、心配しすぎることはないわ。常連の皆さんからは変わらずご依頼いただいてるから、わたしたちがしっかり魔法を使えば、皆さんのおかげで良い評判が広まるもの」


 「だからあんたも仕事しなさい」というミレーの言葉に続いて、ジナの「いたっ」という声が聞こえてきた。どうやら額を小突かれたようだ。


「……わかったわ。いろいろ教えてくれてありがとう、ミリー」

「どういたしまして。これに懲りたら、変な噂流すんじゃないわよ」


 ミリーは最後に見事な釘を指し、コツコツとブーツを鳴らして去って行った。さすがはミリーだ。


 しかし喜んでばかりでもいられない。

 魔法特殊技術社が疑われて、依頼が減っている事実は変わらないのだ。


「……周りにいくら敵意を持っている人がいたとしても、ミリーの言う通り、仕事で答えれば大丈夫だよね」

「そうだな。そしたら、今日のアーベンとタジーみたいに、お客がお客を呼んでくれるさ」


 フフランの言葉に、ロティアは力強くうなずいた。それでも胸の中には、うなずくだけではぬぐえない不安が残っていた。

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