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19.優しい朝

 翌朝、ふたりと一羽はいつもよりも早く目を覚まし、ホテルの一階にあるカフェテラスで一緒に朝食を取った。目の前で絞ってもらったオレンジジュースが特においしく、ロティアは朝から三杯も飲んでしまった。


 リジンの部屋に戻ると、ロティアは外套に袖を通し、箒を持った。


「それじゃあ、帰るね。急いで帰って着替えないと」

「昨日の雨で気温が下がってるから、ふたりともくれぐれも気を付けてね」

「ふふふ、ありがとう、リジン。昨日も急に来たのに、いろいろありがとうね。おかげですっかり元気になったよ」

「恋人だから、当たり前だよ」


 リジンはロティアとフフランの頭をそっとなでてくれた。

 ロティアが微笑んで見上げると、リジンはロティアの前髪をそっと避けて、ロティアの丸くつやつやした額に、優しくキスをした。

 ロティアの頬が火をつけられたように赤くなる。

 リジンは目を細めて、愛おしそうに笑った。


「またいつでも来てね」

「……あ、ありがとう。リジンも、お仕事、がんばってね……」

「ありがとう、ロティアとフフランも」


 リジンはそう言って、リンゴのように真っ赤になったロティアをギュウッと抱きしめた。





「――ああ、ドキドキした!」


 空を飛び始めると、まだ顔の赤いロティアは弾かれたように声を上げた。隣を飛ぶフフランがクスッと笑う。


「急でビックリしたか?」

「うん。あんなの、初めてだったし……」


 ロティアは右手を箒から離して、自分の額に触れた。

 今でもリジンの温もりが残っているような気がする、だなんて、恥ずかしくてとても口には出せない。


「……でも、嬉しかった」


 もしょもしょと答えるロティアを、フフランも愛おしそうに見つめる。


「そっか。良かったな。ロティアとリジンはお互いを喜ばせる天才だな」

「……そうだね。元気出た」

「それなら、これからはもっとリジンのところに会いに行こうぜ。ロティアが元気だと、オイラも嬉しいからさ」

「ふふふ、ありがとう、フフラン。そうしようか」


 ロティアは「あ」と言って、額をさすっていた右手をフフランの方に伸ばした。


「もちろんフフランもいなきゃダメだからね。わたしは、フフランとリジンがいて、嬉しいんだから」


 フフランは笑いながら、「ロティアはかわいい奴だな」と答えた。





 社屋に戻ると、ロティアは社員寮の自室に戻る前に、シアの部屋を訪ねた。ドアをノックするが返事がない。


「まだ寝てるのかな。シア、朝が弱いし」

「いつもギリギリまで寝てるって言ってたしな」

「朝のうちに顔を見たかったけど、無理矢理起こすのも悪いよね。お昼にでも会えたら良いな」

「そうだな。オイラが先に行って探しておこうか」

「ふふふ、お願いしようかな」


 ロティアは名残惜しそうにシアの部屋のドアをすりすりとなで、その場を離れた。


 近いうちに、一緒に朝の散歩に行けたら良いな。


 そう願いながら。




 社員寮の自室に戻ると、郵便受けに二通の手紙が届いていた。ハトやツバメなどの鳥類が描かれた封筒の差出人は母・ロジーアで、青色の花が描かれた封筒の差出人はサニアだ。

 ロティアは椅子に座り、フフランを肩に座らせて手紙を開いた。


『愛するロティアとフフランへ

 昨晩初雪が降りました。庭も屋根も馬小屋も真っ白です。

 ロティアとフフランは元気ですか。わたしたちは元気ですよ。


 仕事の方はどうですか?

 何か困ったことやつらいことはありませんか?

 ロティアは我慢強い子なので、少々心配です。的外れな助言をするよりは、黙って見守るのも親の務めかもしれませんが、どうしても苦しい時は、どうかわたしたちを頼ってね。


 雪が降って、ロティアたちが小さい頃のことを思い出しました。兄弟三人温かい上着でコロコロしながら雪で遊ぶ姿はとっても愛らしかったわよ。うちに帰って来ることがあったら、次は雪合戦でもしましょうか。


 いつでもあなたの味方 ロジーアより』


 ロジーアはこのような内容の手紙を頻繁に送ってくれる。締めの言葉はいつも「いつでもあなたの味方」だ。ロティアは「ありがとう」とつぶやき、手紙をギュッと抱きしめた。

 


『大好きなロティアとフフランへ

 寒さが強まってきたけど、ふたりはお元気ですか。

 わたしは相変わらず元気です。

 さっそくわたしの近況を書きます。

 まず庭について。冬が来て、庭はすっかり寂しくなりました。でも去年植えたタモの木がスクスクと成長しています。タモの木は最大で三十メートルになることもあるそうです。立派な葉や実をつけるのだろうと思うと、今から楽しみです。今度成長を見に来てね。

 次は勉強について。この秋から今まで以上に勉強の時間を増やしました。それは、ラスペラにある寄宿舎学校に行くためです。驚きましたか? わたし、少しでも多くロティアとフフランに会いたいから、ラスペラの寄宿舎学校に行くと決めたんです! 次の秋から入学できるように、受験勉強を進めています。絶対に受かるから、良い結果を期待しててね』


「ラスペラの学校に!」

「すごい行動力だな、サニアの奴」


 ロティアとフフランは顔を見合わせてフフッと笑い合った。本当に、サニアは行動力はすさまじい。あんなに長かった髪をバッサリ切って、進路もしっかり決めて。かっこいいな、とロティアは思った。


『この前の手紙では、ロティアとフフランの近況も教えてくれてありがとう。ふたりとも平穏な生活を送っているみたいで安心しました。平和なのが一番だよね』


 「平穏」や「平和」という言葉に、ロティアはギクリとした。サニアに手紙を送った頃は、確かにその言葉そのものだった。しかし今はその言葉を使っていいのかわからない状況だ。シアがつらい思いをしていて、街には斬りつけアヴィスがうろついていて、魔法特殊技術社はアヴィスではないかと疑われている。改めて考えると、ひどい状況だ。

 ため息がこぼれそうになり、ロティアは口をグッと結んだ。


『でもわたしの十数年の経験上、幸せはずっとは続きません。物語の中でもそうです。みんな幸せに暮らしましたとさ、なんてものはおとぎ話の中だけです。日々、良いことも悪いこともあると思います』


 ロティアはハッとさせられた。

 フフランは「達観してるな、サニア」と笑う。


『そんな時に頼りになるのは、信頼できる家族や友達だと思います。だからどうか、わたしを頼ってね。わたしはいつだってロティアとフフランの味方だから。

 二か月後に家族でラスペラに旅行に行く予定です。わたしの学校の下見も兼ねています。その時に会えたらうれしいな。

 いつもロティアとフフランを思っています。

 愛をこめて サニア』


 ロティアは便箋をギュウッと握り締めた。

 涙があふれそうになる。嬉し涙だ。


「……サニアの言う通り、嬉しいことも、ちゃんとあるね、フフラン」


 ロティアの震える声に、フフランは「ああ」と優しく答えた。





 この日、夜になってもシアに会うことはできなかった。

 少し落ち込みながらも、ロティアはふたりに返事の手紙を書いた。

 自分とフフランは元気にやっていることを一番に伝え、サニアの手紙には寄宿舎学校の受験を応援していると伝えた。

 そこまで書き終えると、ロティアは手を止めて、ふーっとため息をついた。

 フフランはベッドの上に丸くなって座り、窓の外の星を眺めている。そのかわいらしい後ろ姿に、ロティアは「ねえ、フフラン」と声をかけた。


「なんだ、ロティア?」

「ふたりは斬りつけアヴィスのこと知ってると思う? 一応、ラスペラの新聞には載ってるから、三つ隣の町の母様なら小耳にはさむくらいはしてると思うけど」

「確かにロジーアは知ってるかもしれんが、サニアは知らないかもな。どうしてだ?」

「サニアは知らないからともかくとして、母様は斬りつけアヴィスのことでわたしを心配して、その内会いに来てくれるような気がするの」


 フフランは「確かに」とうなずき、ロティアの手元に飛んできた。


「でもわたし、母様には今、ラスペラに来てほしくないんだ。危険すぎるもん。母様はいっつも素敵なドレスを着てるでしょう。お金持ちだと思って狙われちゃいそうで心配だよ」


 斬りつけアヴィスは金品を狙っているわけではない。斬りつけられる以外の被害は出ていないからだ。しかし狙われる人物はたいていが少し派手な格好をしている。恐らく自分の犯行をいち早く周囲に気づかせるためだろう、と推測されている。

 ロジーアが着るドレスは質素なデザインが多いが、デザインが落ち着いているだけで品物としては一級品だ。見る人が見ればその価値は一目瞭然。ロティアが斬りつけアヴィスに狙われると心配するのに無理はなかった。


「それなら、そう書いたら良いんじゃないか? オイラたちはとりあえず無事だから、心配しないでほしいことと、今はラスペラに来ないでほしいってこと、どっちもさ」

「そうだね。素直に書いた方が良いね。あ、でも、サニアたちは二か月後には来るのか……」

「その頃には斬りつけ犯が捕まってることを願うしかないな」


 ロティアは「うん」と答えながら、一秒でも早く捕まってほしいと思った。


 しかしこの夜に、また新しい被害者が出てしまった。

 これで十二人目。

 今回も大事には至っていないが、被害者の精神は参ってしまっているそうだ。ただ歩いていただけで怪我を負うのだから当然だ。誰かを傷つけたわけでもないのに、自分は傷つけられる。その不当な出来事に怯えてしまっているそうだ。


 ロティアは唇をかみしめ、新聞を丸めると屑籠に投げ入れた。

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