18.真夜中の訪問
カシューと別れると、ロティアはすぐに風呂に入り、なんとかイヤリングをアクセサリーボックスに入れ、ベッドに倒れこんだ。
「大丈夫か、ロティア?」
「……うん。フフランこそ大丈夫?」
「オイラはへっちゃらだよ。むしろロティアの顔がしおれてて心配だ」
フフランは柔らかい羽根をロティアの頬にすり寄せた。その柔らかさを感じながら、ロティアはそっと目を閉じた。
ここ数日で様々なことがあった。頭がパンクしそうだ。
僅かばかりの平穏を感じたい。
「……リジンに会いたいな」
ロティアは消えそうな声でつぶやいた。
「もう出入口閉まっちゃってるな」
フフランは壁掛け時計の方に飛んでいき、「あと十分早ければ!」と言って、針を蹴る様な仕草をした。
「お風呂入らないで、会いに行けば良かった……」
苦々しい気持ちで窓の方を見ると、窓辺に立てかけられた箒が目に入った。
この頃は空を飛んでないな。
そう思ったロティアはガバッと起き上がり、「そうだ!」と声を上げた。
「箒で飛んでいけば良いんだ!」
窓を叩いても、リジンはすぐに窓を開けてくれなかった。こんな真夜中に、ホテルの五階の窓を叩く人などいるはずがない。たいていの人間は、不信に思って、怖がるに決まっている。しかしロティアの手とフフランのくちばしでしつこく叩いていると、ようやくカーテンが開いた。
ふたりの姿を捉えると、リジンは「えっ!」と大きな声を上げた。ロティアとフフランはいたずらっぽい笑顔を浮かべる。
「ど、どうしたの? こんな夜遅くに」
リジンは目をパチパチさせながら急いで窓を開けてくれた。
「えへへ。ちょっと会いたくなっちゃって、来ちゃった」
「お邪魔するぞう」
ロティアとフフランは窓枠を蹴らないように気を付けながら部屋の中に入った。
「もう休んでた?」
そう言いながら、ストンと床の上に着地すると、リジンはとっさに両手を差し出してくれた。ロティアがはにかみながら「ありがと」と言うと、リジンは笑顔で「どういたしまして」と答えた。
「まだ寝てはいなかったけど、驚いたよ」
「そっか。ごめんね、急に来て」
「ううん。こんな嬉しい訪問初めてだよ」
リジンはわざとらしく「あっ」と言って、ロティアとフフランを交互に見た。
「初めてじゃないね。フォラドに来てくれた時も、今と同じくらい嬉しかった」
ふたりと一羽はフフッと笑い合い、ギュッと抱きしめ合った。
リジンはフロントから毛布をもう一枚借りてくると、ロティアとフフランを一緒に毛布で包んだ。
「寒かったでしょう。温かいもの淹れるね」
リジンは部屋に備え付けてある小さな暖炉の火でミルクを温めてくれた。明日の朝飲むために買っておいたものだそうだ。
「本当にもらって良いの?」
「当たり前だよ。むしろ飲んで温まってもらわないと」
ロティアに熱々のミルクが入ったコップを渡すと、リジンはロティアの隣に座った。
ロティアがミルクをフーフー吹いて冷ましている間、リジンは静かにその様子を見守っていた。
そしてようやくロティアとフフランが順にミルクを飲み始めると、口を開いた。
「……何かあったの?」
ロティアはコップから顔を上げて、リジンの方を見た。
「うん。ちょっとだけ、会社のことで、いろいろあって」
「そっか。俺に話せることなら話してね。聞くことならいくらでもできるから」
ロティアは「ありがとう……」と言って、ニコッと笑った。
「……ひょっとして、魔法特殊技術社が疑われてることも、関係してる?」
ロティアとフフランは「えっ!」と声をそろえた。
「リジンも知ってるの、その噂」
シアのことに夢中で、魔法特殊技術社が疑われているという話はすっかり忘れていた。カシューも何か知っていただろうか。
「うん。町に出ると、時々耳に入ってくるんだ。オーケも心配してたよ、ロティアたちは大丈夫かって」
――噂がそんなにも広まっているだなんて。一体どんな噂なの?
ロティアはコップの取っ手を強く握りしめた。
「わたしたちは、今のところは大丈夫だよ。危ない目に合ったりはしてない……」
ロティアは意を決して再び口を開いた。
「どうしてわたしたち、疑われてるの?」
リジンはロティアを真っ直ぐに見つめ、しばらくは黙っていた。しかしロティアが目をそらさないとわかると、おずおずと話し出した。
「俺は、その噂を信じていないってことを前提に。……魔法特殊技術社の誰かが、斬りつけアヴィスなんじゃないかって噂なんだ」
ロティアはリジンから目をそらさずに、押し殺したような声で「……うん」と答える。
「その話をしてる人のうち、犯人がどんな人かとか、名前まで目星をつけてる人まではいなかった。魔法特殊技術社に犯人がいるんじゃないかっていうふわっとした内容だったよ」
「シアを犯人だって決めつけてる連中の噂が、社外まで漏れたのかもな」
フフランの憎たらしそうなささやき声に、ロティア小さくうなずいた。
――もし、犯人の可能性がある人物がシアだとわかったら、シアは警察に連れていかれてしまうのかな。冤罪で捕まってしまうのかな。わたしたちは大丈夫なのかな。急に誰かに怒鳴られたり、殴られたりしたらどうしよう。そんな過激な人ばっかりじゃないよね。
様々な不安が、次々に頭の中に浮かんでくる。
心臓がドキドキとなり始める。
ロティアはテーブルの上にコップを置くと、フフランをベッドの頭の上に座らせ、毛布を脱いで、座っているリジンの前に立った。
リジンが不思議そうな顔で見上げてくる。
ロティアはリジンに向かって両手を広げた。
「抱きついても良い、リジン? そうしたら、少しだけ、落ち着けるような気がするから」
リジンはすぐに立ち上がってくれた。そして、「もちろん」と笑顔で答えると、ロティアをギュウッと抱きしめてくれた。ロティアもリジンの背中に腕を回し、ギュウッと抱き着く。フフランもリジンの髪の毛にすり寄る。リジンの体温と穏やかな心音が伝わってくると、ロティアの心のざわめきは小さくなった。
「できることは少ないけど、できるだけのことをするから、たくさん頼ってね」
「少なくなんかないよ。すごく助けられてる。ありがとう、リジン」
ふたりと一羽は一緒にベッドに横になった。雨が降り出したため、今夜は泊まっていくようにリジンが言ったのだ。
「勝手に一人と一羽が増えたら、ホテルの人怒らないかな?」
「さっき軽く伝えて、もう一人分のお金を渡しておいたから、大丈夫だよ」
「えっ、そうなの!」
「仕事早いな、リジン」
リジンはフフッと笑って、ロティアを胸に抱き寄せ、空いている手でフフランをなでた。
「だから何も心配しなくて良いよ、ロティア」
そう答える声は優しく、穏やかで、ロティアは泣きそうになった。それはうれし涙だった。
――リジンの、好きな人の腕の中にいるだけで、こんなにも安心できるだなんて。
「ありがとう、リジン」と答え、リジンのシャツにギュッと抱きついた。




