11.温室育ちと噂話
チャーシャとの楽しい休日を過ごした翌々日、午前中は依頼が無かったロティアは早めの昼食を取りに食堂へ向かった。
食堂はまだそれほどは混みあっておらず、眺めの良い人気の窓際の席に座ることができた。
「オイラ、ちょっと散歩してくるな。昼食が終わる頃には戻るよ」
「わかった。でも物騒だから、くれぐれも気を付けてね」
「サンキュー。まあ、今は空の方が治安が良いくらいだけどな。ロティアも気をつけろよ」
開け放った窓からフフランが出て行くと、ロティアはさっそくナイフとフォークを持ってキノコのソースがかかったチキンを切ろうとした。すると、隣の大きな円卓に女性社員の集団がやって来た。
「ここ、座っても良いかしら?」
「はい、どうぞ」
「ありがと」
社員の中ではあまり話したことがない顔ぶれだ。ロティアよりもかなり年上で、メイクはいつもきっちりとし、高そうな香水の香りをふりまいているせいか、少し気後れしてしまうのだ。
女子社員たちは席に着くと、食事をするよりも先にペチャクチャとおしゃべりを始めた。ロティアに聞くつもりは毛頭なかったが、声が大きいせいで勝手に耳に入ってきてしまった。
「ねえ、聞いた? うちを辞めて店を持った子、結構繁盛してるらしいわよ」
――ケイリーのことかな?
「へえ。うちの中でも一層特殊な魔法だと、独立しやすくて良いわねえ」
――確かにケイリーみたいな魔法は独立しやすいかもな。魔法を使って作品が作れちゃうんだもん。すごいなあ。そういう意味ではリジンもケイリータイプかな。
「わたしたちだって土木工事には役に立ってるじゃない」
「土木工事なんて恥ずかしくて大きい声じゃ言えないわよ!」
――そうかな。立派な仕事だと思うけど。
「でも危ない魔法じゃないから、犯罪者扱いを受けることはないわよね」
「そうねえ。シアみたいな魔法じゃ、斬りつけ犯だって疑われても仕方ないわよね」
――……えっ?
ロティアは頭が真っ白になりかけた。水をグイッと飲んで気を取り戻す。
――今、シアが疑われてるって言った?
「ていうか、あの子の性格じゃ疑われるのも無理ないわよね。お高く留まっちゃってさあ」
「もし勘違いでも、誰も助けてくれないわよね」
「あの、シアが疑われてるって、どういうことですか!」
気が付いた時には、ロティアは声を上げて立ち上がっていた。
女性社員たちが一斉にロティアの方を見る。彼女たちだけではない。食堂にいたほとんどの人間がロティアの方を見た。
ロティアはハッとして、「ごめんなさい」と言いながら席に着いた。
「あなた確か、チッツェルダイマーのお嬢さんよね」
ロティアに一番近い席に座る女性がそう言った。ロティアはどうして知ってるんだろうと思いながらうなずく。
「あなたみたいなお嬢様は噂話なんて知らないのね。結構有名な話よ」
「えっ、そ、そうなんですか」
「あなたはシアの本性を知らないから、時々一緒にいたのね。毒牙にはまってるのかと思って心配してたのよ」
別の女性が言った。
――本性だとか、毒牙だとか、嫌な言葉ばかり並べるな。
「……あの、教えてくれませんか、シアのその噂のこと。根も葉もないんですよね」
女性社員たちはうんざりしたような顔を見合わせた。
「根も葉もないかは知らないけど、噂話なら教えてあげる。でも、お嬢様には刺激が強いかもよ」
そのお嬢様っていうのやめてほしい、とロティアは思った。
リタが言ってくれる時とは全然違う言葉のように聞こえる。
「大丈夫です。教えてください」
「いいわ。それじゃあ食べながらね」
ロティアはコクッとうなずき、チキンにナイフを入れた。
「そもそもシアが疑われるのは自然の流れなのよ。あの子がここに来た理由を考えればね」
「シアがここに来た理由? ここって魔法特殊技術社のことですか?」
席が近い女性社員は「そうよ」と言いながら、パスタをフォークに巻き付けた。
「あの子、地元でかなりの数の人をたぶらかしてたんですって」
そう言ったのは、パスタを食べる女性の隣の女性だ。この人はひときわ声が大きい。
「何人もの人が彼女に恋人を取られたそうよ」
「たぶらかしたって、本当にシアがそんなことを? わたしはとてもシアがそんなことをするとは……」
「いくつもそういう噂があるんだもの!」
――どうしてこんなに大きな声を上げるんだろう。
あまりの威圧感に、ロティアは言葉が続かなかった。
「それが原因でちょっとした事件に発展したこともあるそうよ」
女性はもう一口パスタを口に運んだ。
「殺傷系のね」
ロティアはチキンを頬張った口の中で「殺傷……」と繰り返す。
「ここであなたに質問。あの子の魔法は何?」
シアの魔法、それは……。
「ものを、硬化すること」
「そう! だから刃物以外の硬化したもので殺傷したんじゃないかって噂なの!」
「しかも彼女は自分の魔法を解除できる。だから例えば、紙なんかを硬化して傷つけて、万が一紙に血がついても、魔法を解除すれば紙は燃やして消すことができる。証拠は消せるわ」
トリックとしては筋が通っている。
しかしロティアはあの優しくて気さくなシアが、そんなひどいことをするとは思えなかった。
その胸中を悟ったのか、声の大きな女性の正面に座る女性が間延びした声で言った。
「それでえ、今回の事件とシアの関係だけどお。斬りつけ犯も犯行が特殊でしょお。武器もわかんないし、人混みでもかんけーなく斬ってくるしい。だからあ、わたしたちはシアが怪しいんじゃないかって話してたの」
「えっ! じゃあ、その噂を流したのってみなさんなんですか!」
ロティアが声を上げると、女性社員たちの鋭い目が一斉にロティアを捉えた。
ヘビに睨まれたカエルとはこのことだ、とロティアは思った。
「わたしたちだけじゃないわよ。ほとんどの社員が、シアの仕業なんじゃないかって思ってるわ」
ロティアに一番近い女性社員が、吐き捨てるように言った。
「元居たところでも問題を起こしてここに来た人なんだから、また問題を起こす可能性はあるでしょう」
「で、でも、その、元居たところでの噂って、本当かわからないんですよね」
「本当でしょう。あんな危ない魔法使う人なんて、ろくでもないこと考えるわよ」
ロティアは頭が火をつけられたように熱くなるのを感じた。
シアの魔法は危なくなんかない!
大切なものを守ってくれる魔法なのに!
そう叫びたかった。しかしショックのあまり、ロティアは声を出すことができなかった。
ロティアがフォークとナイフを握り締めて黙りこむと、女性社員たちは肩をすくめてロティアから目を離した。
「だから言ったでしょう。お嬢様には刺激が強いって」
「確かにこの品のなさは、ロティアにはふさわしくないな」
風が一つ吹き、ロティアの夜空色の石のイヤリングを揺らした。風と共に現れたのは、フフランだ。
フフランは、石のように固く結ばれたロティアの手にとまった。
「あっちにハルセルとカシューがいたぜ。行こう、ロティア」
優しいフフランの声に、ロティアは涙が出そうになった。唇をかみしめて必死に涙を堪えると、ロティアはトレーを持って立ち上がった。
「……教えてくれて、ありがとうございました」
そう言うと、ロティアはフフランの後について歩き出した。
背中から「これだから温室育ちは」という大きな声が追いかけてきた。




