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10.白色の城と色とりどりの色

「良い天気! 晴れて良かったね」

 ロティアは低く昇った朝日に目を細めた。冷たい空気が朝日でキラキラと光っている。

「こんな日なら外で遊んでも気持ち良いだろうけどなあ」

 フフランはロティアの頭上を、トンビのように円を描きながら飛んでいる。

 次の休日、ロティアとフフランは、招待状を持ってチャーシャの家へ向かっていた。


「ロティアさん、フフランさんへ

 つぎの日ようび、ぜひわたしのおうちにあそびにきてください。

 わたしのおへやでいっしょにあそんでほしいです。

 もちろんおもてなしもします。

 いらしてくださるのを楽しみにしています。

チャーシャ・メイラーより」


 こんなかわいい招待状ははじめてだ。もちろん行くに決まっている。

 ロティアはお土産のおいしいクッキーと、絵描き道具を持参した。チャーシャと一緒にお絵描きをするためだ。


「リジンも来られたら良かったね」

「残念だけど、ファンに招待されたんじゃ仕方ないよな。あの大規模な個展のおかげで、世界中から手紙が届くようになったらしいし」


 そう、いまやリジンは時の人だった。

 ぜひ我が国でも個展を開いてほしいという依頼が殺到し、街を歩くと声をかけられることも多い。人と話すのが得意ではないリジンは四苦八苦しているが、そんな時はロティア達はもちろんオーケも力になった。リジンは何度も「みんなが居なかったら、俺はこんなに有名になってないね」と微笑んだ。

 今日もリジンの熱心なファンだという人から昼食会に招待されてしまったため、そちらの招待を受けることにしたのだ。


「すごいことだよね。いつかふたりと一羽で、海を越えた向こうの国でも個展が開けたら良いな」

「ハハッ、遠大な夢だな!」


 そう言いながらも、フフランはご機嫌にピューッと空高く飛び上がった。




「――こ、こんにちは、ロティアさん、フフラン。いらっしゃいませ」


 メイラー邸に到着し、ベルを鳴らすと、すぐにチャーシャとメイラー夫人が現れた。ふたりとも雪のように白色のワンピースを着ている。ロティアの夜空のように深い青色のワンピースと向かい合うと、そこにだけ夜空があるようだ。


「ようこそ、ロティアさん」

「こんにちは、メイラーさん、チャーシャさん。今日はご招待くださって、ありがとうございます」

「お邪魔するぜいっ」


 チャーシャはロティアの方に手を差し出してきた。ロティアは少し身を屈めてその手を取り、小さな手に引かれて家の中に入った。


「娘が朝から楽しみにしていたの。ゆっくりしていってくださいね」

「ありがとうございます、メイラーさん。あ、ちょっと待ってくださいね、チャーシャさん」


 ロティアはチャーシャの手をそっと離すと、姿勢を正して、メイラー夫人にお菓子の包みを差し出した。大人しく待っているチャーシャの頭にフフランが飛び乗る。


「良かったら召し上がってください。おいしいお菓子屋の焼き菓子です」

「ご丁寧にありがとう。あとでお茶と一緒に運ばせますわ」

「ありがとうございます」


 メイラー夫人への挨拶が済むと、ふたりと一羽はチャーシャの部屋に向かった。相変わらず白一色の部屋だ。一度入ったはずの部屋だが、チャーシャの壁の絵がないだけで、空虚な空間に感じられ、ロティアは目がチカチカしてしまった。


「ロティアさん、ここにどうぞ」


 チャーシャはウサギの毛のようなふわふわした丸い敷物を指さした。部屋の中央に敷かれていて、上には小さなテーブルが置かれている。そのテーブルの上には、白いハンカチで作った不格好な椅子のようなものが置いてある。


「あ、ひょっとしてあれってオイラの椅子か?」


 フフランが興奮しながら尋ねると、チャーシャは恥ずかしそうに小さくうなずいた。なんてかわいくて優しい子! ロティアとフフランは「ありがとうございます」、「ありがとよ」と声をそろえた。


 ふたりと一羽がそれぞれの席につくと、ちょうどよくメイドがお茶を持って入って来た。その制服も真っ白だ。


 ――メイドさんも真っ白だなんて! こんなに白かったら、汚れたらすぐにわかって大変そう!


 金縁のティーセットの他に、ロティアが贈ったクッキーが乗った皿がある。その皿を見た途端、チャーシャは「わあ!」と無邪気な声を上げた。

 ロティアが買って来たのは、ジャムの乗ったクッキー。それも濃いピンク色のイチゴジャムだけでではなく、深いオレンジ色のアンズ、爽やかなオレンジ色のマーマレード、濃厚な紫色のブルーベリー、薄緑色の洋ナシ、薄赤色のリンゴなど、様々なジャムが乗っている。

 まるで宝石箱のような光景に、チャーシャの目も宝石のようにキラキラと輝いている。

 ロティアはフフランと目を合わせ、にっこりと微笑み合った。


「……こ、これ、食べても良いの?」

「もちろんです! お土産ですから。たくさん食べてください」


 メイドがお茶を淹れて部屋を出ると、チャーシャは素早くクッキーに手を伸ばした。ブルーベリージャムの乗ったクッキーだ。


「アメジストみたい」

「チャーシャさんはアメジストを知ってるんですね」

「物知りだな」

「本にのってたの」


 チャーシャは少し得意げな表情で答えた。

 前回家に来た時も、本を読んでいるところを見たため、本は与えられているらしい。この真っ白い戸棚のどれかが本棚なのだろう。外側からではまったくわからないが。


「図鑑は、いろんな色があるから、好き」

「確かに図鑑って色とりどりで楽しいですよね。わたしも見るの好きです」


 ロティアが「一緒ですね」と微笑むと、チャーシャは嬉しそうにうなずいた。


「それじゃあ今日は図鑑でも見て遊ぶか? それともチャーシャは何がしたい?」

「わたしたち、お絵描きの道具なら持ってきたんです」

「お絵描きしたい!」


 チャーシャがはじめて大きな声で叫んだ。そしてクローゼットの中からカバンを持ってきて、あの大きな紙を取り出した。カーペットの端に座り込み、床の上にいそいそと紙を広げ始める。


「あ! ファララさんたちですね」

「うん! ファララたちのおとなりの国を描きたいの」

「良いですね。わたしも見たいです。それなら、この絵の具と紙を使いませんか?」


 ロティアは持ってきたお絵描き道具をテーブルの上に広げた。絵の具の色は全部で百色。白色ばかり見ているチャーシャのため、いろいろな色を見せるために奮発して買ったのだ。それからリジンがくれた大きな紙もある。

 それらを見た途端、チャーシャの目がまたキラキラと輝いた。


「……す、すごい! こ、これ、使って良いの?」

「はいっ。これで素敵な絵を描きましょう」

「うんっ!」


 ロティアとチャーシャは真っ白い床に、大きな真っ白い紙を二枚広げた。


「……ロティアさんは、何を描くの?」


 ロティアは水筒に入れてきた水を筆洗い用の水差しに写しながら、「そうですね」と首をひねった。


「わたしはフフランたち鳥が暮らす国でも描こうかな。いつもフフランを見てるので、鳥を描くのは得意なんです」

「いつでもモデルになるぞ」


 フフランは美脚をスッと伸ばしてモデルのように床の上に立った。


「わたしもフフラン描く!」

「やった! 楽しみにしてるぜ、チャーシャ」



 チャーシャは大きな丸いパレットにたくさんの絵の具を出した。小さな枠の中に色とりどりの絵の具が入っている、それだけでチャーシャはうっとりとしてため息をついた。しばらく眺めているチャーシャを、ロティアとフフランは優しく見守った。


 豪勢な昼食を挟んだ後もチャーシャは筆を動かし続けた。そして出来上がったのは、ファララたちが暮らす国に引けを取らない、色であふれ、喜びに満ちた絵だった。今回の国は、様々な形の巨大な花が咲いている。自然にあふれた国のようだ。

 ふたりと一羽は、床に広がる世界をじっくりと見下ろした。


「きれいな町ですね」

「ああ。オイラも気に入ったよ」

「ありがとう。みんなお花が好きなの」

「フォラドみたいですね」

「フォラド?」

「お隣の国にあるお花がいっぱいの町ですよ。以前行ったことがあるんですけど、とっても華やかな町だったんです。いつかチャーシャさんも連れて行きたいです」


 チャーシャは目を輝かせて「行きたい!」と言った。今日一日でチャーシャはすっかりロティアに懐いてくれた。絵を描いている間にいろいろな話をして、緊張が解けたようだ。


「お母様に頼んでみるね、ロティアさんとフフランとおでかけしたいって」

「嬉しいです。きっと行きましょうね」


 チャーシャは元気よく「うん!」と答えた。その顔には満面の笑みが浮かんでいた。

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