くるくる。
三題噺もどき―さんびゃくさんじゅうはち。
9月に入り、少しは秋めいてくると思ったが、未だ暑い日々が続いている。
朝晩はさすがに涼しくなり始めたようだが……そんな時間に外出しない私には、関係ない。
大事なのは、自分の行動する時間の暑さだ。
「……」
まぁ、今日はあいにくの天気なので、外出する人はあまりいないだろうが。
これで少しは暑さがマシになればいいが、下手するとムシムシするだけに終わりかねない。
6月中なんて、ほとんどそんな日々だったもんなぁ……。
―たった3ヶ月前のことだが、あまり記憶には残っていない。暑さなんて気にする余裕はなかった。
「……」
そういえば、まるで私が昼間のお天道様がいる時間に、主に外出するみたいな物言いになっているのを。ここで訂正しておこう。こういうには早めにしておかなくては。
今日も別に。あいにくの天気だから外出していないと言うわけでもないし。
「……」
残念ながら、外出というのを、ここ数ヶ月行っていない。
必要があればまぁ、外には出るが……それも極力出ることはない。
用は、引きこもりを決め込んでいるというだけだ。
昼に限らず。
朝も夜も。
一日中家の中にいる。
だからまぁ、正直外の気温とかにはさして興味はない。関係ないからな。
「……」
今は。
というか。
3月前のあの日から。
「……」
こうして、クーラーの効いた、冷えきった部屋に居座っている。
あぁ、クーラーはずっとついているわけでもない……こともないな。
夜は一定の時間が経てば止まるようにはなっているが、起きている間はずっとついているし……。
ま、そんなことはどうでもいいのだ。
リアルな現実からは、目をそらそう。
「……」
机に向かい、椅子の上に座り、行儀悪く膝を曲げて、ぼうっとしている。
あれだ、椅子の上で体育座りしているような感じだ。
この姿勢だと、膝から下が机にあたってそのあたりに痣ができたりするんだが。
楽だし落ち着くのでよくこの姿勢になってしまう。
よくないかもしれないけど。
「……」
体育座りの膝の上には、両手で支えたマグカップがある。
両手ではないな。右手でもっている。
左手は、スプーンをくるくると回している。
もう混ざりきっているだろうけど、粉が残ったりするのよりはいいので。
「……」
中身は、つい先ほど気が向いて淹れたココア。
ずっと置きっぱなしにしていたやつで、半分程粉は減っていた。
パッと見た限り、賞味期限は大丈夫そうだったが……こういうのって一度開けたら早めに消費してーとか書いてあるよな。
……とまぁ、そんなことを思ったりして。
「……」
好きでもない。
ココアを淹れた。
「……」
甘いものは苦手なのだ。口の中に居座る感じがして。
特にココアなんて……。
正しい表現かは分からないが…まとわりつくようなぬっとした甘さのような気がして。
絶対に飲まないようにしていた。
というか、している。
「……」
ならばなぜって……。
だからまぁ、なんとなくだ。気が剥いただけで。
淹れて。
机にまで運んできて。
椅子に座って。
ずっとこうしてかき混ぜているだけ。
飲んではいない。
口内に入れるのは、少し憚られて。
「……」
だからこうして。
くるくるかき混ぜている。
くるくる回る様をぼうっと眺めている。
くるくる。くるくる。くるくる。くるくる。くるくる。
くるくる。くるくる。くるくる。くるくる。くるくる。
「……」
くるくる。
あの子も。
くるくる。
くるくる。
「……」
鈍い衝突音と共に。
隣を歩いていたあの子は。
くるくる。
くるくる。
「……」
あぁ、人って。
ホントにこんな風に。
くるくる。
回りながら飛んでいくんだなぁ。
なんて。
そんなことを唖然と思いながら。
くるくる。
「……」
くるくる。
くるくる。
スローモーションでも見ているような感覚の中。
視界の中で。
くるくる。
回るあの子を、ただ茫然と眺めながら。
「……」
くるくる。
道路に敷かれた白線の上に。
そのまま落ちていったあの子。
白線の上に、散らされた。どろりとした何か。
「……」
遅れて聞こえる、生生しい、着地音と。
少し離れた所から聞こえる車のすべる音。
それを全部かき消すように響きだす。
誰かの悲鳴と誰かの怒号。
「……」
歩行者は少々いたけれど、車はほとんど走っていなかった。
それが幸いして、あの日あの子だけが。
くるくる。
回って。
落ちて。
動かなくなった。
「……」
どうしてと、思いはしたさ。
どうしてあの子がと何度も思った。
未だって思ってる。
「……」
どうして?
どうして?
どうして?
「……」
どうしてあの子は動かなくなって。
どうして車は動いていて。
どうしてあの子はここに居なくて。
どうして私はここに居る。
「……」
くるくる。
マグカップの中で回るココア。
あの子の好物のココア。
毎日飲んでいたココア。
「……」
あぁ、もしかしたら。
あの子の体はココアでできていあのかもしれない。
「……」
だって。
あの時。
白線の上に広がったモノと。
陽に照らされたこれは。
なんだかとても似ている。
お題:ココア・白線・どうして?