不遇皇女は……? 3
七歳の時ルキウサリア国王一家の姫君ディオラとはお友達になった。
ひらひらふわふわのドレスも、可愛い女の子が着ると素直に可愛い。
大人たちの会話につき合うガーデンパーティーを抜け出し、庭園を一緒に散策して意気投合。
そこから交流がスタートして、滞在中は二人で過ごし、その後も手紙での交流を続けて十歳になっている。
僕と話しの合う友達が他にいないせいか、乳母のハーティが気を使い出した。
「同じ年齢の方いらっしゃったほうがいいようでしたら、学友を選んではいかがでしょう」
「そ、そういうことじゃないの。ディオラとは本当に興味関心が合っているだけよ」
「そうですね、お二人は私どもでも知らないこともお話になっていらっしゃいますものね」
言い訳で納得してくれるくらいディオラが博識で助かった。
正直、女の子のふりしてる中でさらに友達も女の子で固められても困る。
「ですが、貴族令嬢方と交流もやはり大事ですわ」
「そうです。我が家の親類に賢いと言われる子がおりますの」
ところがハーティが退いた途端、侍女たちが身内を推してくる。
こういうのが面倒で、僕からは言わなかったのに。
面倒で言えば、ちょっと意地悪なディオラの兄アデルがいる。
宮殿に滞在している間に付き合いが生まれ、ディオラも関係を悩んでいる風だったから、アデルにも手紙を出していた。
ただただ話を聞くだけの関係だったんだけど、それだけでずいぶん素直になったと最近のディオラの手紙でお礼を言われている。
妹がいい子すぎてかまってちゃんだったらしく、僕が相手をするだけで満足したらしい。
「まだ学ぶことが多いから、早いのではないかしら」
僕はそれとなく乗り気でないことを告げる。
けれど癖のある侍女たちは、皇女の学友に血縁者を押し込んで帝室に近い地位を手に入れようと簡単には退かない。
ハーティも余計なことを言ってしまったという顔をするので、安心させるために笑いかけてみせる。
「少なくとも、私と同じ学習を終えている方がいいわ。そうでなければ話が合わないと思うの。ディオラもそう言っていたのよ」
「「う…………」」
僕の切り札を受けて、侍女たちは退く。
一応勉強漬けの自覚あるし、大人の意識があるから本当の七歳より知識はある。
そんな僕に比べて、本物の天才はディオラだし、そのディオラが実際言っていたことだから外れてはいないだろう。
着替えながら話をしていた僕は、礼拝服という特別な服に袖を通している。
礼拝堂へ行くための服で、男性はスーツっぽく、女性は詰襟のワンピースに近い。
「それでは参りましょう、アーシャ皇女殿下」
僕はニケと呼ばれる女性騎士を一人連れて大聖堂へ向かった。
基本的に宮中警護や近衛、宮殿の衛士がいるんだけど、女性の私室に入って守ることはできない男ばかり。
そのため帝室の女性には必ず一人女性騎士が仕えるようになっている。
僕には持ち回りで女性騎士が十八人もいて、今日はニケが当番だった。
一応何処かのご令嬢のはずなんだけど、スポーツマンを彷彿とさせる騎士なんだよね。
今日は大聖堂と言う宮殿の中にある帝室専用の教会へ。
厳粛な場である上に宮殿内なので、警護は最低限にして、弟たちと一緒に礼拝をする。
「あ、姉さま。ほら、ワーネル、フェル。姉さま来たから」
「「やだー!」」
「あらあら」
テリーが僕を理由に宥めようとするけど、双子の弟は子供らしくぐずっている。
お兄さんになって頑張ってるテリーも、手がかかる二人にもう疲れてるようだ。
僕は喜んで、テリーに代わって二人の相手をする。
前世一人っ子だったから弟が増えるのは嬉しいし、ちょっとやそっと我儘でも全然可愛く思えた。
フェルに食物アレルギーの気配があったから、食べ物を制限して、ワーネルも同じ体質だろうそっくりな見た目だから同じく我慢を強いている。
その反動と、謎の病気ということで周りが慎重に対応しすぎて、ちょっと我儘に育ってる気はした。
「今日も二人が大聖堂嫌いって司教に言うから礼拝をすることになったんだぞ」
「だってつまんない」
「だって楽しくない」
怒ったように言うテリーに、ワーネルとフェルも不満げだ。
継嗣として僕と同じくらい厳しく教育されてるテリーとしては、弟たちの奔放さには思うところがあるのは顔を見てわかった。
これは僕が間を取り持たないと。
「では礼拝が終わった後の楽しいことを考えましょう。もちろん、誰にも叱られないようにしなければ楽しいことはできないけれど。何がいいかしら? 暖かくなってきたからお外でお茶会? それともたまには庭園ではなく農場のほうへ行って動物を見る?」
宮殿は広いけど、それ以上に庭園は広い。
そして住まう者たちの食を賄う農場や畑も敷地内にはあった。
僕の誘いにやる気を出してくれた弟たちが、ようやく大聖堂に向けて歩きだしてくれる。
もちろん僕も興味のない宗教施設よりも、その後何をしようかと楽しみだった。
それなのに…………。
「ワーネル! フェル!」
「姉さま、危ない!」
礼拝中に突然押し入って来た教会騎士団に襲われ、ワーネルは足、フェルは腕を斬りつけられた。
そんな双子の弟を助けようと動いた僕を、テリーが突き飛ばす。
僕に向かって振り下ろされた剣は、テリーの頬を切り裂いていった。
「やめて! 誰か!? 誰か!」
呼んでも返事はない。
当たり前だ。
弟たちの宮中警護も僕の騎士も離れている。
それでも僕たちが逃げた間に、こちらへ駆けて来ているので返事どころではない。
そして、止めを刺そうと振り下ろされる剣に、それぞれが身を挺して僕たちを庇う。
目の前で、女騎士のニケは片腕に深い傷を負い、剣を取り落とした。
それでも僕を背に庇って逃がそうとする。
「姫! 立って! 走るのです!」
「でも、でも!」
テリーを庇った宮中警護はまだ剣を持って抵抗しているけれど、多勢に無勢でしかない。
ワーネルとフェルを庇った宮中警護二人は、片方は動かなくなっている。
そのまま双子に覆いかぶさった肉盾状態で、もう一人は槍が胴を貫き通していた。
このままでは命がけで助けてくれた者が無駄死にになる。
それどころか弟たちも、僕も助からない。
逃げても追われて追いつかれるなら、抵抗以外に選ぶ道はなかった。
「…………この、やめろ!」
僕はただただ前世で見たことのある最も高火力な情景を思い描く。
画面越しの作り物じゃない、熱を感じるほど近く、耳を傷めるほど強く。
それは夏、お盆の時期に帰省した、今と同じくらいの年齢の時の記憶。
夏祭り、限定体験、花火の特別観覧。
花火の打ち上げを間近に見るという子供向け体験講座だ。
打ち上げられた花火の音と熱、そして真下から見上げた鮮烈な光。
「爆ぜろ!」
僕は魔法とも呼べないめちゃくちゃな方法で火球を放った。
一瞬怯んだ教会騎士団は、外れたと見て行動を続ける。
けれど直後、高い大聖堂の天井で大爆発が起きた。
四方八方に飛び散る色とりどりの火花と轟音。
豪華な装飾も精緻な絵画も軋んで不穏な揺れを生むさまが、まるで悲鳴を上げているようだ。
「はぁ、はぁ、はぁ…………あ、う…………?」
急激に血が下がるような不快感と危機感に、視界が暗くなって混乱する。
気づいた時には床に横たわっていた。
痛みさえないし、さっきまでのうるささが嘘のように何も聞こえない。
そこで僕の意識は途切れた。
そして目覚めると、そこは皇女の間の寝室。
そうとわかって起き上がると、すぐ側でハーティの悲鳴のような声が聞こえた。
「アーシャさま! お目覚めになったのですね?」
「ハーティ? …………ハーティ! テリーたちは!? 騎士や宮中警護の者が!」
周囲では僕の目覚めで慌ただしくなって、医者を呼んだり父に連絡しろと言ったりしている。
「お、落ち着いて、お聞きください。…………殿下方は、大変な怪我で今も目覚めたとは聞きませんが、命はとりとめるだろうと。ただ…………宮中警護三人はすでに息はなく、アーシャさまの騎士は、延命のために利き腕を落としました」
「…………そんな」
さらに案内だった教会関係者の二人の内、一人は死んだという。
無傷なのは僕ともう一人の案内役だけ。
お祈りをする無防備なところを攻撃され、それでも一度は逃げられたのは、その死んでしまった一人が最初に斬られるという事態を理解する間があったから。
ただ結局僕たちは追いつかれて傷を負い、駆けつけた警護たちも命を散らせた。
ハーティは僕が放った魔法の威力と音で、異変が周囲に伝わりすぐさま助けが現われたという。
けれど僕はその慰めに頷けない思いがつかえたように、何も言えなかった。
次回更新:明日十二時