不遇皇女は……? 2
皇帝は朝起きてからすでに公務が始まっている。
そのため娘に生まれた僕でも、会える時間は決まっていた。
今日はそんな父が時間を取ってくれる日で、合わせて僕の淑女教育もなし。
礼儀作法とかは全然いいんだけど、やっぱり意識が男なせいでやらなくていいとなるとホッとする。
「おいでいただきありがとうございます、父上。先日は素晴らしい祝賀を催していただき嬉しゅうございました」
「硬いかたい。だがアーシャもそういうことが言える年齢か。私の娘は将来有望だな」
父は相好を崩して僕に両手を広げてみせる。
ハーティを窺うと頷いてくれるし、室内にはおかっぱの父の側近と海人の父の警護だけ。
口うるさい家庭教師夫人も、口さがない侍女もいない。
僕は父に飛びつくように駆け寄った。
受け止めた父は軽々と僕を持ち上げ、そのまま回り始める。
「うん、やっぱり少し身長が伸びたか?」
「そうでしょうか? 自分ではわかりません。でも、重いなら」
「いやいや、アーシャは羽のように軽いとも!」
父のあやし方はたぶん皇帝と皇女としては規格外だ。
けどあまり親との関係が良くなかった前世がある僕としては、こうして遊んでもらえることが素直に嬉しい。
それに父は僕に女の子らしさを求めては来ないから気楽だった。
「陛下、そろそろ。アーシャさまが最近お気に入りのお茶もご用意いたしました」
ハーティが頃合いを見て声をかけ、僕の好きなヘリオガバールという南の国の紅茶を用意してくれる。
蜂蜜とミルクをたっぷり入れて、子供でも飲みやすいよう甘くしてくれた。
「そうか、アーシャが好きなのか。ヘリオガバール…………?」
ちょっと父の言葉尻が怪しい。
これはどんな国だったっけっていう気配だ。
この帝都は大陸の中央にあり、内陸部で広大な平地だ。
同時に東西南北が山脈で分断されているので、南の山脈の向こうの国なんて大陸中央部に生まれ育てば馴染みはない。
一貴族ならそれでもいいけど、帝国所属の国を知らないなんて、皇帝では通用しないだろう。
「父上、ヘリオガバールは竜人という種族の住む国と聞いています。この茶葉も献上品だとか」
僕は勉強内容を披露するふりで、父の疑問に答える。
とは言え、下位から皇帝になり上がった父が、皇帝として教育が足りていないことは周知。
側近も警護も僕のやり方を見て、なんだか父に同情的な目を向けていた。
これは僕が教えてることばれてるな。
けど止めないなら必要だと思ってるんだろう。
だったら前世と違って僕を愛してくれる父のためになることをしよう。
「アーシャは物知りだな。だが、ここのところ図書館にも行けてないと聞いているぞ」
「それは、ルキウサリアの方々をお迎えするために必要なお勉強ですから」
「その…………妃に、私から言おうか? 厳しすぎるような気もしているのだ」
「いいえ、ご配慮いただきありがとうございます。ですが、必要なことですから。先日の祝賀でも、妃殿下がおっしゃったとおりドレスの質について言われてしまいました。ルカイオス公爵閣下がいてくださりフォローしていただいてしまって」
「そうか。そうだな、私も至らないことが多い。ラミニアにはいつも助けられている」
父と娘で揃って溜め息を吐いてしまい、お互い顔を見合わせる。
「妃殿下に褒められるように頑張ります」
「そうだな、頑張らないとな」
僕の言葉に父は安心した様子で頷いた。
たぶん妃殿下と仲悪いんじゃないかと不安だったんだろう。
僕の前世の母は要求だけで、結果を出しても気に食わないことがあると全否定した。
それに比べれば不機嫌そうなだけで怒鳴っても来ないし否定もしないし、悪いところは何処がどうして駄目なのか理由を言ってくれる。
そんな妃殿下の厳しさは受け入れやすかった。
そこにノックの音がするけど、今日は誰が来る予定もないはずだ。
「イクト、見てくれ」
緊急性を懸念して父が言うと、海人の警護が扉を開けた。
すると足元を走り抜ける影。
海人の警護は反応したけれど、手を伸ばそうとして止める。
「父さま、姉さま!」
「テリー! いらっしゃい、どうしたの?」
僕はすぐに椅子を立って、走り寄って来る幼い弟の下へ。
今年で四つだけど、まだ誕生月を迎えていないから三つの小さな弟。
抱きつき返してくる手が小さくて可愛らしい。
僕がテリーを堪能している間に、父がテリーを追いかけて来た侍女たちを控えの部屋で待っているよう指示を出す。
海人の警護はテリー以外を室内に入れず扉を閉じた。
「姉さまが父さまと会うって聞いて。おさんぽやめたの」
「やめてしまったの?」
それはちょっと侍女たちの慌てようが憐れだね。
僕が父と会っていると聞いて、テリーが突撃したことを知り、父の側近が対応するために室外へと出た。
きっと予定を消化できずに困っている侍女たちに、新たな指示を出すためだろう。
「父さま!」
「テリーは元気だな」
僕に抱きついていたテリーは、パッと興味を変えて父のほうへ向かう。
するとハーティが僕に次の予定について相談して来た。
「どういたしますか? 先日妃殿下より送られたドレスの試着は」
父に見てもらって安心材料にしようと思ってたけど。
テリーは父の膝の上でご満悦で、このままいるんだろう。
「ハーティはテリーの分の飲み物を用意してあげて。私は予定どおり着替えに」
「よろしいのですか? 陛下にお会いできる時間は…………」
「それはテリーも同じだもの。一緒に過ごせるならそのほうがいいわ」
正直家族の団欒っぽくて、テリーがいても僕は嬉しい。
それに着替える間テリーはいっそ父の話し相手をしてもらうことにする。
僕は一言断ってから部屋を移動し、ルキウサリア国王一家と会うための赤いドレスを着て部屋に戻った。
「いかがでしょう? 大変華やかで、けれど重さも考慮していただいています」
ドレスってワンピースっぽく見えるけど上下別なんだよね。
その上内側と外側にめちゃくちゃ布地を重ねるからけっこうな重さがある。
それらをできるだけ減らして、けど前立てにはボリュームのあるリボンを三つ縦に並べたデザイン。
内側のスカートは柔らかくて軽いシフォンを重ねて、袖周りにもボリュームがつけられている。
赤い上着と上に重ねるスカートはシンプルに、裾や袖に揃いの刺繍があるだけで飾りもなく重さも軽減されていた。
妃殿下ってこういう気遣いをしてくれるんだ。
正直女の子の服装なんてどれが正解かわからないからいっそありがたい。
「どうでしょう? ガーデンパーティーということで揃いの帽子と手袋も」
「姉さま可愛い!」
テリーが丸い頬を紅潮させて褒めてくれると、父も頷いてるからたぶん可愛い。
僕としても、銀髪のお姫さまに赤いドレスはけっこう合うとは思う、思う、けど、僕としては…………。
「…………かっこいいがいいな」
思わず呟いてしまい、父が驚く。
その膝の上でテリーが首を傾げた。
「姉さまかっこいいの? どうしたらかっこいい?」
「え、どうしたらいいのかしら?」
そう聞かれると具体案なんてないので父を見ると、父も考え込む。
「テリーなら剣術、いや、早すぎるしアーシャではな。だったら乗馬くらいか?」
「乗馬? 乗馬をさせていただけるのですか?」
それはかっこいいになれるかも知れない。
ただ前向きな僕の反応に、父は目を逸らす。
「妃が、許すなら、だが…………」
「そう、ですか」
それはちょっと、可能性は低そうだ。
僕を立派な淑女にすべく教育熱心な妃殿下なんだし。
「僕ね、もっと大きくなったらお馬さん乗るんだよ。姉さまも一緒にしよう!」
「そうか、それならもしかしたら、妃も許してくれるかもしれないな」
テリーのついで、テリーのお願い、いや、テリーの前の予行演習でもいい。
そういう言い訳があれば、皇女である僕がお願いするよりも受け入れてもらえる。
何せテリーは次期皇帝である第一皇子だ。
僕は思わぬ弟の機転に笑顔を向ける。
テリーは屈託なく、僕を姉と慕って笑い返してくれていた。
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