不遇皇女は……? 1
*TS注意
銀色の髪、青に金色のさす瞳。
僕は鏡を見て溜め息を吐く。
すると鏡の向こうの幼いお姫さまも同じように溜め息を吐いた。
「アーシャさま、如何なさいました? 今日のドレスにご不満がおありですか?」
「いいえ、大丈夫よ、ハーティ」
乳母のハーティに笑顔で誤魔化し、僕は女の子に生まれ変わってしまった現状に、心の中でもう一度溜め息を吐いた。
前世日本人で三十年男として生きて来たのに。
それがまさか皇女さまに生まれ変わるなんて思わないじゃないかー。
「さぁ、皇女殿下。今日は七歳の誕生月のお祝いの席ですから。笑顔をお忘れないように」
「ですが、決して気を抜かれませんよう。皆あなたさまの一挙手一投足をご覧になっておられます」
侍女たちが親切めかして圧をかけて来る。
心配するハーティに笑いかけて、僕は皇女の間と名付けられた宮殿の部屋から出た。
今日は七歳の祝いで広間に人を呼んでのパーティーだ。
その前に主催者である父に挨拶へと向かう。
「おぉ、アーシャ。今日は一段と美しいな」
「ありがとうございます、陛下」
皇帝である父は、僕の姿を見た時から顔が緩みっぱなしだ。
前世の僕と同じくらいの歳だけど、初めての子で可愛いのはわからなくもない。
けど、その横で後妻である妃殿下が難しい顔をしているから、控えてほしいんだよね。
「妃殿下におかれましても、今日のためにこのような素晴らしいドレスをお贈りいただき感謝いたします」
「当たり前のことをしたまでです。ですが、贈った中で一番レースの少ないドレスを選んだ理由はなにかしら?」
「今日はアーシャの祝いだ。好きなものを着ても…………」
「いいえ、人が集まるからこそ見せるためのドレスを選ぶことを覚えなければ」
取り成す父に妃殿下は厳しく指摘する。
この人は父の後妻で僕の継母。
出会った頃はまだ前世を思い出していなかったけど、大人の視点を持って見ると思うところのある人だ。
父が先帝の隠し子で、棚ぼた的に帝位に就いた時、大急ぎで結婚させられた公爵令嬢が妃殿下。
初婚でいきなり僕という継子を抱えることになった上に、自分も世継ぎを産んで、けっこうハードな人生だと、女に生まれてしまった今なら同情する。
「陛下、妃殿下も私を思ってのこと。至らないことを指摘くださるのですから」
「そうか?」
「はい」
笑顔でフォローをしたんだけど、妃殿下さらに難しい顔になってしまった。
気持ちは男のままだから、そう見すえられると正直困る。
内面とのギャップがばれないためにも、けっこういい子してると思うんだけどな。
やっぱり継子相手だと、向こうも思うところがあるって感じなのかもしれない。
「アーシャ姫、おめでとうございます」
「これは閣下、ありがとうございます」
パーティが始まってあいさつに訪れたのは、妃殿下の父親であり、皇帝である父の後見役でもあるルカイオス公爵。
年齢は六十代くらいで、笑顔を浮かべていると偉そうな雰囲気はあっても、普通におじいちゃんという感じの方。
こうした祝いにも必ず来てくれて、贈り物も欠かさない。
僕に不自由があると聞くとすぐに対応してくれるし、皇帝の後見として頼りになる。
ただこの人、気を抜けない人物だということは感じてた。
「帝室図書館に通っていらっしゃるとか。何に興味をお持ちかな? 家庭教師の紹介も検討しましょう」
「いえ、学ぶほどではないですが、目についたものを気ままに。庭園の散歩と同じです。少し目的意識を持って通うだけですから」
「興味関心の幅が広いのは良いことですな」
七歳だけど大人の記憶があるから、このルカイオス公爵の息のかかった人で周りを固められているのはわかってる。
唯一違うのは、僕が生まれた時から世話をしてくれているハーティくらい。
後は全部ルカイオス公爵に家ぐるみで関わる人たちだ。
そして侍女だけ考えてもけっこう癖がある。
全員高位貴族の令嬢か夫人たちであり、身分もあって、教養深く、礼儀も弁えている上で、全員が腹に一物を持っているんだ。
「家庭教師はもちろん、側の者の入れ替えでも、お困りごとがあれば」
「いいえ、今のままで十分です。皆よくしてくれますもの」
第一皇女である僕を利用しようとするにしても、侍女たちはやり方に個性がある。
その上、お互いに牽制をしあったり、僕にばれないよう喧嘩したりしてるんだ。
前世庶民の僕には、もうそういう関係性の時点で重い。
有能だけれど癖のある人物を選んで揃えて、僕の前に並べてみせるこのルカイオス公爵の思惑が、もう重い。
七歳なんて小学校一年生でしかないのに、すでに他人を使うための審美眼を養う教育が始まってるんだ。
その上で自ら他人の仕事を奪う一言を促される。
皇帝の娘に生まれたけど、そういうの柄じゃないんだよ。
「これは、ルカイオス公爵。そして銀の百合の姫君、ご機嫌麗しゅう」
「ユーラシオン公爵、今日は随分と機嫌が良いようだ」
笑顔でやって来たのはまた偉い貴族で、ルカイオス公爵よりも父に近い年齢の人。
そしてルカイオス公爵はさりげなく、僕を庇うように相対した。
性別に受け入れがたい気持ちはあるけど、しっかり姫君教育は受けてるから、ユーラシオン公爵が父の政敵だってことは知ってる。
その上で有力貴族だから、こういう場に呼ばないなんて選択肢はない相手でもあった。
「銀の百合の姫君は、ずいぶんと控えめな装いだ。本日の主役だというのに」
「妃殿下と相談の下、もっと豪奢なものも用意はしたとも。しかしあれはまだ幼い姫君には重かったのだろう」
ユーラシオン公爵が婉曲に貶しに来たのを、ルカイオス公爵がフォローしてくれる。
周囲は大物二人のやりとりに耳を傾け、間接的に僕を値踏みしていた。
妃殿下の懸念が当たったことは申し訳ない。
けどそれよりも、大勢の前で大層なあだ名を口にしないでほしいんですよ、ユーラシオン公爵。
「あら、あちらに銀の百合の姫君が? ご挨拶はまだあとが良さそうね」
「銀の? あぁ、あの髪色か。妃殿下が熱心に教育されて、呑み込みも早いとか?」
「そして百合のように嫋やかで清廉なお心の姫君だと聞いていましてよ」
「なるほど、それで銀の百合の姫君か。麗しい花によく似合う。将来が楽しみだ」
鏡見てもけっこう顔の作りは整ってるのは認めるよ。
けど、造花なんですよー。
僕としては女性として見ないでほしいなー!
転生してまでままならないなんて、前世みたいに親の思惑で人生決まるのかな?
いや、諦めるにはまだ早いよね。
だって僕は第一皇女だ。
別に皇帝を継ぐ皇子じゃないんだし、そこはちゃんと弟が生まれてるから大丈夫。
だったらまだ、僕が自由に生きられる可能性も捨てたものではないはずだ。
「アーシャ、次のパーティーにはこちらを着るようになさい」
誕生祝いが終わって妃殿下が部屋に現れた。
そうして指定するドレスは赤く凝ったデザインのもの。
正直趣味じゃないというか、派手すぎて僕が選ぶと除外するだろうデザイン。
あと女の子らしいレースいっぱいの服装にやっぱり元男としての抵抗がある。
「その…………何処で着るのでしょう?」
即答しかねて問えば、妃殿下は厳しい顔を崩さずにいる。
乳母のハーティは心配そうに見つめ、癖のある侍女の中には僕と妃殿下が揉めるのを喜ぶ変な人もいた。
宮殿に来てすぐはまだもう少し柔らかい表情だった気もするんだけど、年々表情が険しくなってるんだよね。
今では僕の前で笑うのは、社交の場とか表面を取り繕う必要がある時だけだ。
「ルキウサリア王国の国王ご一家が訪問されます。歓迎のためにガーデンパーティーをしますので、その時のために」
「そうなのですか。わかりました」
これは公務で、そうなると嫌とも言えない。
「あわせて、ルキウサリア王国について重点的に勉強をするため、教育内容の見直しを行います。また、マナーレッスンも今より増やすため時間を調整します」
「はい」
そう言いきるならもう調整は始まっているだろうし、僕がとやかく言うこともない。
そう思ったんだけど、何故か妃殿下は大人しく返事をした僕にもの言いたげだ。
窺ってみても返答はなし。
「妃殿下? まだ他に?」
「…………いいえ、なんでもありません」
そう思えないけれど、妃殿下は部屋を出て行ってしまった。
「アーシャさま…………」
「ハーティ、悪いけれど図書の本の返却をお願いしていい? 時間に変更があるなら当分行けそうにないから。大丈夫」
衣食住不自由はないけれど、自分の思うままに振る舞えない暮らしでも大丈夫。
性別まで変わって感じる暮らしにくさはあるけれど、それでも悪くないと思えるのは、ハーティや父に確かに愛されていると感じられるからだった。