イクトルート6
魔物専門の狩人見習いとして帝都を出た僕は、幌馬車に荷物を乗せて歩きで国々を渡りあることになった。
その間に魔物に襲われたり、野宿をしたり、人に襲われたりしながら。
旅慣れない僕と、勘を取り戻す必要があるイクトさんたち。
僕たちはゆっくりと進んで半年以上かけて、トライアン王国へと入る。
途中冬があって足止めもされたけど、屋敷でやってた訓練よりも確かに実戦のほうが慣れと言うか、やれることは着実に増えるようだった。
「それで、今日はこのままトライアン王国の港町に入って滞在ですか?」
予定を聞いた僕に、イクトさんは先を考えながら応じる。
「あぁ、船の予定もある。それに乗れるものも探さないといけない。どれくらいかかるか」
「ひと月で船が見つかるといいですなぁ。廻船もありますから、荷船でも乗り替えますか」
執事のイースさんは、今もイクトさんの補助的な役回りで、歳がどうと言って戦闘には一歩引いてる。
けど旅の間の買い出しや宿の手配、裏方になってまとめてくれてた。
侍女だったマーサさんは手伝いをしたり、武装者ばかりだと警戒されるから、交渉担当も担ってる。
ただどちらもちゃんと実力があるから、つまるところ半年たった今も最弱は僕だ。
「…………なんだか騒がしいね」
マーサさんの言葉にすぐ、警護だったミロイさんが異変を見つける。
「鳥が逃げている。魔物がいるようだ」
「いや、あっち! あれ、町っすよ!?」
従僕だったレントさんが声を上げるのは、道の向こうに見える町並みがあるから。
そこから砂煙が上がるのがちょうど見えた。
僕も旅の中で色々経験してきたと思ったけど、その経験の中でもなかった異常事態だ。
魔物に町が襲われてるなんて今までになかった。
というか、上がる拗ね埃と一緒に屋根が陥没して崩れていくってことは、町を破壊できる魔物が襲ってるってことだ。
「もしかして、町自体が襲われてるんですか!?」
「わざわざ町を襲うほどの何かがあるのか。なんにしても、狩人に登録されている場合、人命の救護が求められる。後から居合わせたのに何もしてなかったとばれると、それなりの罰則がつく」
イクトさんはけっこう余裕で説明してくれる。
それにレントさんとイースさんは装備を確かめながら、こっちも説明をしてくれた。
「船が出せないなんてことになっても困るしな。長く滞在するならいい顔しないと」
「しかし、あぁ、あの尾はドラグーンですな。なかなかの大物のようですよ」
聞いてミロイさんは、幌馬車から重量級の戦斧を取り出す。
「そうなると、生中な攻撃は通らないだろう。町なら地面に潜らないだけましか」
「あら、町中の宝石を食料として見ているなら、追い払うのも一苦労だよ」
幌馬車を進めつつ、戦う準備をしながら僕たちは進路をそのままに進んだ。
けど近づくごとに振動と倒壊音が体にまで伝わる。
そしてイースさんも言ってた尻尾が僕にも見えた。
「いや、大きすぎません!? え、何あれ!?」
近づいて見えるのは、象並みの魔物で、前世的に鰐似てるけど、地中に潜るそうだ。
その上主食は宝石や鉱物のため、身に着けてると人間ごといっちゃうらしい。
近づくほどに生々しい悲鳴が聞こえ、町の外へと逃げだす人の波があった。
「ひぃ! 僕を助けろ! 金なら払う! このウィーギント伯爵家の僕を助けるんだ!」
なんか喚くお貴族さまもいる。
おつきっぽい人いるけど、その人たちが引き摺ってでも逃げようとするのを邪魔してるのは、腰抜かしてる当人だった。
叫ぶより多分足動かしたほうがいいよ。
うん、今ドラグーンがかぶりついてるゴテゴテ金属装飾された馬車って、もしかしてこのお貴族さまのものだったのかな?
「アーシャ、よそ見をするな。私の補助につけ。離れるなよ」
「はい」
僕はイクトさんに言われて気を引き締め直す。
成長しきってない僕に合わせた軽めのショートソードと盾を装備してるから、僕ではあの巨体に歯は立たない。
教えられたのはまず防ぐこと、そして反撃の連携を体で覚え込むこと。
補助につくってことは、イクトさんに向く攻撃を僕が防ぐんだ。
確かによそ見してる暇はない。
「避難のための足止めだ。倒す必要などない。そんなことは町の兵に任せろ」
イクトさんの指示で、元使用人たちも離れすぎないよう固まる。
僕はそれぞれから注意事項を言われつつ、戦闘へと突入した。
正直今までの中で一番の大物だ。
目前に迫る巨体にビビってないなんて嘘は言えない。
何よりこっちの間合いなんて無視する攻撃が怖いし、常に重量を見せつけるような圧と揺れは地面から否が応にも伝わった。
「アーシャ! 受けるな、逸らせ!」
「はい!」
「二歩引け!」
「二、歩!」
イクトさんの指示に従って動きながら、ドラグーンの攻撃が当たらないよう立ち回る。
正直うるさいくらいにドキドキして、命の危機をはっきり感じた。
けど怯えて動けなくなるようじゃ死ぬということも学んでる。
周りを見る余裕なんてなくて、正直僕を補助につけるのはイクトさんにとっては足手まといだ。
だからだろう、イクトさんは僕の世話が主になってしまっていた。
その間にイースさんとマーサさんが避難誘導の傍ら、適当なものを投擲してドラグーンの意識を逸らしてもいる。
戦斧を持ち出したミロイさんが足を潰しにかかるのを、レントさんが弓と風の魔法で援護してる状況だ。
「ようやく兵が来たか。…………アーシャ、右回りに移動だ」
「はい!」
言われて気づいたけど、その動き、ドラグーンの頭を兵に向けるためじゃない?
え、大丈夫?
なんて考える余裕があったのは数秒もないくらい。
金属塊な武装を持った兵の一団に、ドラグーンは突っ込んでいった。
「わぁ…………。イクトさんひどい」
「あれ、坊のお連れのお方は、イクトさま言うんやねぇ」
突然の声にびっくりして見ると、そこにはアジアンビューティーっていう感じのすらりとした美人がいる。
「待ってください!」
その後ろから追い駆けて来た人が、慌てて美人さんを庇う位置に立って柄を握った。
どちらも十代っぽいし、言葉になまりがある。
身なりはいいし、なんかいい布地の揃いのマント着てる。
ただ僕が一番気になったのは庇う青年の腰の得物だった。
「刀!?」
僕の声にイクトさんが弾かれたように振り返る。
それもそのはず、ニノホトについて聞いて刀があることもイクトさんから語られてた。
けど持ってないという。
理由を聞いたらすごく高いそうだ。
何せニノホトとは離れてるから、持ち込むには相応の輸送費が必要になる。
そうなると舶来品っていう高級品扱いで、しかも実用の武器じゃなく工芸品扱い。
イクトさんじゃ手が出なかったそうだ。
「…………こちらは危険です、どうか、お下がりを」
イクトさんが美人さんとその従者の身分が高いことを察して丁寧に言う。
僕でもわかる貴族っぽさが確かにあった。
けど従者らしい刀の人を横にやって、美人さんがもう一度前に出る。
「お強い方、どうか力をお貸しいただけまへんか? うちは水は使えない氷の魔法使いですの。あぁ、申し遅れましてぇ。氷ノ姫呼ばれとります。これはうちのお守りのチトセ。お力添えをどうぞ、よろしゅうお頼み申します」
氷の魔法は水魔法の上位だそうで、イクトさんも使えないって言う。
けどヒノヒメを名乗る美人さんは、軽く手を振るだけで海の近い港町の湿気った空気を白く凍りつかせた。
「失礼ながら、礼法もおぼつかぬ身。見込んでくださること、誉ではありますが…………」
「気になさらんでえぇですよ。うちも今は国を離れたしがない学生ですぅ」
どうやらヒノヒメさんは退く気がないらしいし、お守りのチトセさんも止めない。
「そうそう、学生の中に、帝国の公爵家子息もいらはるから、早くにしましょうか?」
駄目押しのように言われて、イクトさんは謎のお姫さまと協力することを了承した。
かと思ったら、ヒノヒメさんは僕を見る。
「それでな、坊。えぇ知恵、貸してほしいんよ?」
「僕ですか? 知恵って言われても、僕はあのドラグーンに詳しくもないし」
「うちらの力使うて、あの大きな魔物はんを動けんようしてほしいんよ」
言われて思い浮かぶのは氷漬けだけど、この世界魔法はあってもそんな常識はずれなことできる威力はない。
けど土を掻くだろう爪の生えた手と、這いずるような動きと地中に住む生態。
そして港町という場所と、水の魔法、氷の魔法。
僕は考え併せて、一つの可能性を口にすることになった。
全七話




