イクトルート5
十三歳になる年、僕は帝都を発つことになった。
ほとんど家具は置いて屋敷ごと売り払う算段を立て、掃除だけはしっかりやる。
そうしてあまり変わらない屋敷を見た従僕のレントさんは腰に手を当てて頷いた。
「いやぁ、いつか辞めるとは思ってたけど、ようやくか」
「お嫁さんもらってたら落ち着くこともあっただろうにねぇ」
今日は人の良さそうなおばさんメイクをしてる侍女のマーサさんが頬に手を当てる。
それに警護のミロイさんが、どんなに鍛えても僕では追いつけない太い腕を組んだ。
「もうご令嬢の相手は嫌だと言うのが当人の弁ですからね」
「狩人に戻るのなら、結局誰かを引っかけるでしょうなぁ」
執事のイースさんから不穏な言葉が、いや、下手したらハーレム作りそうなイクトさんの惚れられっぽさはここ数年何度も聞いたけどね。
そんな話を交えつつこの使用人たちは、僕が狩人目指すってなってから、色々指導してくれた。
さすがに前職聞いたら、元狩人から傭兵、盗賊、貴族の愛人って言われたけど。
もう屋敷を出てるイクトさんに拾われた人の中には、お家騒動で逃げて来たどこかの国の王子さまもいたとか。
狩人現役時代の知り合いだったとか言う人が、お世話になってる間に来たこともあった。
まぁ、本人宿舎住まいでほとんど屋敷いなかったけど。
大聖堂の事件後は、宿舎だとうるさいって屋敷に帰るようになったほうらしい。
そしてイクトさんの教え方って、けっこうスパルタだ。
体で覚えろ系で、ひたすら転がされ…………うん、今も転がされる。
体作って技術つけば、僕でもなり上がれるってみんな言ってくれるけど、正直自信がない。
「…………あの、本当に全員ついて来るんですか?」
一番弱くて足手まといなのは僕だけど、僕のせいでイクトさん旅出る感じだけど。
そんな状況で、屋敷の使用人四人も帝都を去る形になったのは、なんで?
執事のイースさんは妻子持ちで、侍女のマーサさんも子供が帝都にいるというし。
それなのに出稼ぎくらいで騒ぐ家族じゃないとか言ってついて来るんだ。
ミロイさんとレントさんは、今さらな僕の問いに笑った。
「わかっていると思うが、私たちはここ以外に貴族屋敷に仕えるなんてできない」
「俺は怪我を理由に一線引いたけど、もともと旅暮らしが好きだったからちょうどいい」
年かさのマーサさんとイースさんもまるで旅行に行くように頷き合う。
「馬車と馬があるのはいいわねぇ。この歳でまた帝都を出られるなんて思わなかったよ」
「しかもトライアンから船を目指すと言うのは、これまでも体験していないですから」
どうやら本音は一緒に行きたいってことに尽きるようだ。
しかもイクトさんの持ち出しの上、幌馬車での旅という、主人と使用人の関係性そのまま。
さらにこの大陸中央部の帝都から海のある西北へ向かって船にまで乗るのは、誰も体験したことがない、初めてのことだそうだ。
実態としては皇帝の庶子を抱えての政治的逃亡なんだけど。
なんか、皇帝が引き留めに引き留めてイクトさんは貴族の位そのままになったり、僕の様子を手紙で知らせる約束したり、その仲介に元上司になるはずの侯爵が入ることになったり。
なんの後ろ盾もない出奔というより、修行の旅に出るような状況になってる気はする。
「本当にようやくだ。数年準備することになるとは思わなかった」
「イクトさん。宮殿でのあいさつは?」
屋敷に一人戻って来たイクトさんに対して、僕たちはすでに準備を終えてる。
「まだ皇帝陛下がうるさく…………ごほん。侯爵も定期連絡を面倒がるなとうるさくてな」
本当なら朝一に出発だったんだけど、出発の日には挨拶をしろと言われて宮殿に出かけたイクトさん。
もう少し、皇帝にも侯爵さんにも無礼にならないようにしたほうがいいとは思う。
ただ皇帝は僕を呼ぶように言ってたのを、侯爵と一緒にイクトさんが宥めたんだとか。
「アーシャに、会いたがっていた」
「そんなこと、初めて言われました」
何げないイクトさんの言葉に、僕はちょっと言葉に詰まる。
前世も合わせて返した言葉を口にして、どうやら僕は皇帝を父親だとは思えていなかったことを自覚した。
今まで特に会いたいとは思ったことなんてないし、前世の父親にも言われたこともないから、会いたいと思われてることすら、想像してなかった。
なのに口にしてから気づいたけど、親に会ってみたい気持ちが僕にもあったようだ。
少し、もったいないことをしたかもしれない。
「会えないのは自らの力不足だと納得した上で、手紙だけでもと言っていた」
「そうですか。考えてみます」
多分イクトさんたちが引き出した譲歩なんだろう。
けどハガキも廃れ始めてた前世がある僕にとっては、まだハードルが高いよ。
なんて思ってたら、すでに皇帝が書いた手紙をイクトさんから渡された。
うん、なんか思ったより皇帝本気らしい。
侯爵さん巻き込んだの、こうやって手紙やり取りするために、別派閥経由してばれないようにしたんだろうな。
「面倒なら旅の忙しさを理由に引き延ばせばいい」
皇帝の気持ちを伝えたのに、イクトさんがしれっとそんな逃げ口上も教える。
うん、悪い大人だ。
そして実はイクトさん自身が手紙書くの嫌がってる?
書類仕事嫌いそうではあるけど、保護者として報告は必要なんじゃないかな。
そんな話しながら僕たちは屋敷を後にして帝都を歩く。
帝都を守る門から出れば、賑やかさは背後に遠ざかった。
「これからトライアンという国へ向かうんですよね?」
僕の確認に、護衛としてのかっちりした服から、革と金属を合わせた鎧を着たミロイさんが、今まで以上に太い腕を見せびらかすような姿で応じる。
「間にいくらでも国はあるがな。そちらのほうが今時分では安全なはずだ」
僕のわからない顔を見て、執事服から年季の入ったコート姿になったイースさんが言う。
「あぁ、アーシャはハドリアーヌ王国のお家騒動も知りませんか」
「あそこ今近づきたくねぇっすよ。暴君死んだら内紛起こるでしょ」
従僕の服も着崩してたレントさんは、同じような格好だけど武器だけはしっかり装備して、何やら不穏なことを言い出した。
マーサさんは、まるでただついていってる町人みたいな服装だけど、その下でちゃんと武装しながら無害そうに笑う。
「ハドリアーヌはファーキン組が狙ってるものねぇ、今は近づけないよ」
突っ込みどころ満載で色々聞いた結果、どうも船に乗るには北西の国へ行く必要がある。
そしてその中で大きな国がハドリアーヌとトライアンの二つの王国。
帝都から行くとハドリアーヌが近いけど、あえてトライアンに回り込む予定だという。
その理由は、ハドリアーヌ王国という所にいたワンマン暴君が病に倒れたせい。
そして王太子は若く病弱で未婚なため、近く次の次の後継者が必要になるから、継承権のある王女たちで争いの気配があるんだとか。
「しかも他国の後ろ盾がある王女たちもいるからな。アーシャは近づくべきじゃない」
イクトさんが言うには、庶子だろうが皇帝と繋がる身の上だと利用される可能性があるそうだ。
あともう一つ、ファーキン組。
僕は知らなかったけど帝都には犯罪者ギルドなんて物騒な組織があって、その創始メンバーの犯罪者一家の一つがファーキン組なんだとか。
ハドリアーヌに本拠地置いてて、暴君に散々やられた仕返しを画策してるかもって。
「世の中物騒なんですね。旅はゆっくり景色楽しみながら進みたいです」
「それは無理だな」
イクトさんに否定されたと思ったら、剣抜いてて収めるところだった。
物音に見たら、音もなく滑空してたらしい鳥の魔物が片羽根切り裂かれて墜落してる。
すぐにレントさんが息の根止めて回収すると、マーサさんへ受け渡し羽根を抜き始めた。
肉付きを確かめてるから食料にされるようだ。
初めて見た実物の魔物。
魔法使う動物のはずだけど、今すごく簡単に倒されてなかった?
音がしなかったのが魔法? それとも接近に気づかない速度が魔法?
「言っておくけど、飛んでる魔物をひと太刀でなんて、無理だぞ。気をつけろ」
「あれは旦那さまの腕があってこそで、本来は見つけたら情報共有で防御ですよ」
ミロイさんとイースさんが真似するなって教えてくれる。
うん、けど安心してほしい、できる気がしないから。
そして思いのほか異世界の旅怖いな。
僕も一応剣振れるくらいには鍛えてもらったのに、全く反応できなかったよ。
「数をこなせば嫌でも身につく」
訓練が活かせなかったことでちょっと俯いてたら、イクトさんがとんでもないことを言い始めた。
せめて慣れるまでの指導がほしいのに、たぶんこれ、何度でも襲われて学べって言われてるよね?
思わず非難の目を向けると、他からも同じ目を向けられ、イクトさんは言い直した。
「アーシャでも倒せそうなのがいたら声をかけるくらいはする」
これがイクトさんなりの気遣いなのか譲歩なのか。
ただ頭を撫でられたから、子供扱いは確定だ。
恥ずかしいようなそうでもないような、力量が足りないから子供扱いでしょうがない気もする。
けど初めての魔物に遭遇した驚きと悔しさ、恐怖って言うものは気にならなくなった。
どうやら僕は思いのほか単純だったようだ。
それでも改めて、危機感は持とう。
後ろ盾があっても、大人がいる旅でも、これからの日常はこれなんだと。
全七話




