イクトルート4
十歳頃に、イクトさんは本気で帝都を出ようかと話してた。
理由はイクトさんがもう辞めたいって本気で考えてたから。
まぁ、理由は上司に政治利用されて面倒くさいってことだったけど。
ただそれは叶わず、というか、皇帝に僕の家出がばれてひと悶着があった。
その間僕を預かる形のイクトさんが安定した職から離れるのも、皇帝の鎮静化が遅れるってことで宮殿で働き続けることに。
「なんというか、本当に申し訳ないです」
「いや、あの時は私の対応も悪かったとは思う」
僕は一階の応接間を掃除しつつ、謝る。
何故か屋敷の主人のイクトさんも一緒に掃除しながら、そんな話をしてた。
掃除担当のマーサさんは、普段着ないイクトさんの礼服の手入れしてるからなんだけど。
本当貴族らしくないな。
「それで、今日やって来る上司の方って、結局イクトさんの離職を受け入れるんですか?」
「独自の派閥を持つ侯爵だ。別段皇帝陛下に阿ることもないだろう」
「つまり、二年経った今、もう政治的な活動にイクトさんは必要ないと?」
二人で窓を磨きながら、今日の予定について話す。
「…………陛下には良くしていただいた。ただ、妃殿下からは不興を買ってな」
「え、それってもしかして僕のせいですか?」
「そうだなろうな。あの人はたぶん、包み隠さず話したのだろう」
つまり、前妻の子が家出してますって?
その上、気にかけるのを隠しもせず?
そんなの後妻の皇妃は不安になるよ。
「こそこそするより、まし、なんですかね?」
「わからん。相手の性格によるんじゃないか?」
「それだと、不興かった時点で皇妃の人の性格的に駄目じゃないですか?」
「まぁ、女性に睨まれたところでとくには。親の公爵も動く様子もないし、実害はないぞ」
そう言っちゃえるイクトさんはすごいと思う。
なんて話してる内に、上司の人が来る時間になり、慌ててみんな着替えていつもよりもいい服でお出迎え。
だって、来るのは侯爵位の人で、本来イクトさんの所に足運ぶなんてありえない。
で、来たのは紫の髪したお髭の侯爵さん。
イクトさんは全く悪びれもせず、僕を保護した成り行きと、二年前に皇帝に所在を告げた経緯を聞かせた。
その上で辞めたいし、僕は伯爵家に戻るつもりがないってことを告げる。
話を聞いた侯爵さんは、片手で顔を覆ってしまった。
「いっそ、勝手にいなくなってくれていたほうが手間もなかったぞ、トトス」
「では、今年の内にそうしましょう」
「やめろ。そこまで聞かせておいて逃げるな」
手をどけるとすごい威圧的に睨むんだけど、イクトさんはどこ吹く風。
まぁ、事情知らないなら知らないって言えるけど、経緯聞いたら、絶対皇帝が騒ぐってわかるしね。
「えー、それで、アーシャくん?」
「はい、お初にお目にかかります、侯爵閣下」
使用人のふりして立ってたけど、まぁ、若いからばれる。
あとこんな話に同席してるしね。
「私としては、保護者である伯爵家に戻ることを勧めるが?」
「今も捜すつもりもないみたいなので、戻るだけ環境が悪くなるでしょう。だからと言って、皇帝陛下にも政情として頼れませんので、イクトさんについて行って姿をくらますのが一番穏便では?」
僕が言うと、侯爵さんはまた片手で顔を覆ってしまう。
「…………トトス、どんな教育を?」
「私はほぼ宿舎にいるので何も」
「おい、待て。まさか貴族としての教育もしていないのか?」
「私にできると思っておいでですか?」
当たり前に返すイクトさんに、侯爵さんは納得してしまった上でまた顔を覆う。
一応イクトさんのフォローはしておこう。
「一応七歳まで、伯爵家で教育を受けました。けれどそこでも貴族らしいことは何も。なので今さら貴族社会に戻るのは難しいでしょう。そうなると、血筋を知られている場に残るほうが後々に問題の種となるのでは?」
「…………本当に教育はしてないのか?」
なんでか侯爵さんが同じことを確認してる。
イクトさんも真面目に頷いた。
「皇帝陛下曰く、前妻が聡明な方だったそうで、乳母として養育したのも前妻の妹に当たる方だとか」
「聡明さか…………。その年齢なら、ルキウサリアの学園の上は目指せなくとも役人になれる学舎を目指せるが」
何やら帝都に残らないなら、僕を他国の学校に入れたいらしい。
けど行く先が役人とか、やっぱり血筋の面倒さがついて回るよね。
「その入学金や学費は誰が? 僕を見捨ててる伯爵家が出すとは思えません。もちろんイクトさんにこれ以上の負担はかけられない。だからと言って皇帝陛下に頼るようなことをすれば問題になります。すでに僕の存在に関して妃殿下が神経をとがらせているとか」
イクトさんもさすがに驚いた顔をする。
まぁ、特に気にしなかったから、自分の状況の難しさは口にしてなかったし。
けど前世もある分、同じ年齢の子供よりも周りと自分の置かれた状況はわかってる。
「一番面倒なのは、皇帝陛下を支える公爵閣下に排除対象とみなされることです。今こうして所在も割れている中放置されているのは、今の境遇であれば何をしても敵にならないと思われているからでしょう? そこで知識や地位という力を得るために動いては余計に睨まれるだけです」
イクトさんは政治的には何もできないし、その分情報も入らないし出ない。
また政治的に動くような強さはなく、何もないからこそ自由に自分の意志を貫ける。
けど、目の前の侯爵さんは違うからこそ、地位に見合った判断を口にする。
「…………そこまで理解しているなら話は早い」
どうしようか迷っていた様子だったのに、いっそ冷徹に僕を品定めする目になった。
あ、これ役人勧めたのって明確に誰かの下につけて、監視にもってくつもりだったな?
この人、油断ならない大人だ。
「折を見て、自らの意志で帝都を発つのならばなんの問題もないだろう」
「その折というのは?」
イクトさんが上司相手とは思えないぞんざいさで聞く。
「皇帝陛下を説得してからだな」
つまりこの侯爵さんはそこまでしないから、お前がやれとイクトさんに言ってる。
侯爵さんの持ってるという派閥、多分皇帝の味方じゃないんだろうな。
けど確かイクトさんの宮中警護って、宮殿と皇帝一家を守るお仕事だ。
職務上は無視できないし、部下が皇帝の血筋の僕を擁して蓄電とかは責任問題になる。
「つまり、何処からも文句が出るようなことがなければ、侯爵閣下は関わらないと」
僕がはっきり聞くと眉間に皺が寄った。
その皺を揉んで伸ばしつつ、侯爵さんはイクトさんを見る。
「トトス、お前はもっと貴族間のやり取りを見て覚えろ。子供に悪影響だ」
「使う場面もありませんので」
しれっと答えてるけど、これって僕まずいこと言っちゃったのかな?
確かにイクトさんは貴族らしいことしてないし、屋敷でもそれらしい扱いする人もいないけど。
侯爵さんは結局眉間の皺が取れず、僕とイクトさんを交互に見る。
これは、本当に扱いにくい部下で、辞めさせるかどうか迷う感じだったんだな。
そこに大聖堂の事件で使えると思ったけど、イクトさんは態度も変えずにいたんだ。
うん、出世ちらつかせても靡かない様子は想像できる。
「改めて聞きますが、こちらで整えればようやく辞職願を受理すると?」
「あぁ。だが、皇帝陛下からの移動に関する要請はそう長く無視もできない」
「移動ですか?」
僕は知らないから聞くと、イクトさんが言葉を選ぶように黙った。
珍しいものを見るようにして、侯爵さんは教えてくれる。
「皇子殿下をお助けしたことによりその腕を買われて、皇帝陛下についているが、次の再配置で皇子殿下のお側に侍るよう打診が来ている」
「あー…………、イクトさんが嫌いな面倒ごとの気配ですね」
たぶん僕を気遣って言わずにいたんだろう。
だからこそ、僕もとぼけて応じる。
実際、僕を抱えてることは外戚の公爵にはばれてると思うべきだ。
そんな人の孫にあたる皇子の側にイクトさんが行っても、睨まれることが増えるだけ。
ただ皇帝や助けられた皇子からすれば心強いっていう裏のない好意なんだろう。
だからこそ、面倒な状況も想像できる。
「これはもう、適当な理由つけて押し通したほうが早そうですね。子供の我儘を通しましょう」
「「は?」」
僕が面倒ごとを回避しようと呟くと、イクトさんと侯爵さんが声を揃えた。
正攻法でやってもたぶん面倒ごとが増えるばかりだ。
そもそも僕がイクトさんについて行く道義的な理由はない、ただの感情だしね。
だったらその感情で押し通したほうが、子供の今とおりはいいはず。
「イクトさんに拾われて強さに憧れたので狩人になりたいとかその辺りでどうですか?」
適当に言ったけど、実際悪くないというか、転生したからにはやってみたいことのけっこう上位だった。
全七話




