イクトルート1
王さまの子供は王子で、皇帝の子供は皇子で。
生まれたら、誰でもそう呼ばれるものだと思ってた。
けど今の僕はそうじゃないと知ってる。
前世で廃れた王政が、現代にも続く珍しい国に生まれたのに知らなかった。
いや現代の日本だと婚外子の扱いってどうなってるんだ?
そもそも僕は婚外子ではないのかな? 皇帝が皇帝なる前の、前妻の子だし。
皇帝の庶子に生まれ変わって初めて知ることは多い。
そんな七歳の日のこと。
「家出したはいいけど、帝都ってこんなに人がいたんだ…………」
僕はアーシャという子供に転生した、前世日本人。
大人の記憶があるから、父の再婚で置き捨てられたとか、その実家の伯爵家が僕を冷遇するだとか、唯一の味方だった乳母と引き離されたとか、そんなことで今さら悲しむつもりはない。
ただ目の前で、ファンタジーって感じの西洋の古い街並みに似た帝都には、子供らしく好奇心がうずく。
それに花びら振りまいてるお祭りムードとか、目の前を通過する騎馬や馬車とか、そういうものには素直に心躍っていた。
「ほーらー!お姫さまの乗った馬車行っちゃったよ!」
「早く、走って! 馬車に追いつこう! それー!」
帝都の子供たちが、右も左もわからない僕の横を楽しそうに走り抜けていく。
腰には剣のつもりらしい棒、腰にはドレスのつもりらしいシーツ。
僕と同じ年頃の子供たちの無邪気な様子に、つい足が動いた。
「ねぇ、あの馬車にはお姫さまがいたの?」
「うん、そうだよ!」
子供の気さくさで、突然声をかけた僕にも笑顔で答えて友達のほうへと走っていく。
そう言われたら、せっかくの異世界転生だ。
顔も覚えてない父親とか、その父親の養父伯爵の冷めた目とか、置いていけないなんて泣く乳母とか、暗い思い出を今は忘れて、楽しみたい気分になった。
僕は単純な仮装をした子供たちと一緒に走り出す。
祝い菓子の振る舞いがあったり、走り回る子供を怒鳴る誰かがいたり。
酔って踊り騒ぐ人もいれば、お姫さまがいるようなパレードの日にも仏頂面で働く子供がいた。
「ルキウサリア国王とご家族か。新帝になってから、こうしてくることも珍しくなったなぁ」
「先帝の頃は病に倒れるまでは毎年どころか、どの季節でも出入りが激しかったもんだ」
家先に椅子を出して老人たちが昔話をしてるのに、僕は足を止める。
「けど、やって来たルキウサリアのご一家も、長くは滞在しないんだろ?」
「まぁ、新帝は血が悪いからなぁ。お偉いさんも顔見て終わりなんだろうさ」
特別な悪意も、関心もないけれど、侮辱以外の何物でもない言葉。
その血が悪いとかいう謎の罵倒されてるの、僕の父親なんだけどね。
ちなみに僕は、母親の血筋が低いと言われるんだけど。
僕は足を止めたことを後悔して、子供たちの後を追う。
賑やかな中に子供たちの声は紛れて見失ったけど、馬車を追うなら道沿いに行けばいいはず。
「って、人が多いなぁ」
まだ七歳だと危ないから人混みには入らずに、僕は道沿いから建物の角を覗くように馬車を見ながら進んだ。
そうして進んでいった先で、僕はまた足を止めることになる。
「ここ、何処だろう?」
気づけば周囲に見物する人はいなくなり、そもそもお祝いムードに騒ぐ人もいない。
なんて言うか、繁華街から閑静な住宅街に紛れ込んだくらいに場所が違う。
「これはもしかして、伯爵家のほうに戻ってきちゃった?」
せっかく家出したのに。
けど考えてみれば、馬車は聞いたことのない国の王さまたちが皇帝に会いに行くためのもので、行先は宮殿だ。
そして宮殿の手前には貴族屋敷の並ぶ界隈があって、僕が住んでたのはそこ。
だから街のほうに行ったのに、結局馬車を追って戻ってきてしまっていた。
「ともかく、また街に戻らないと」
念のため人目を避ける道を選んで、僕はともかく伯爵家から離れることにする。
けど僕はこの帝都の広さを舐めてたようだ。
もちろん意識は大人だから、乳母に聞いてだいたいの地理は把握してるつもりだった。
ところが実際に歩いてみれば、七歳の感覚と大人の乳母の感覚は違うし、何より体力が続かないことに気づかされる。
何も考えず走るんじゃなかったなぁ。
大人の意識はあるし、ちゃんと前世で学んだことも覚えてる。
けどこの世界で生まれ育った僕は今、七歳なんだ。
意識よりもずっと体も心も子供で、困り果てて座り込んでしまった。
「どうしよう? 日が傾いて来た。伯爵家に戻るにも、ここが何処だか」
貴族屋敷の端を目指して歩いたつもりではある。
その分、家の造りは伯爵家よりも質素になってるのは見てわかった。
それでも庶民の邸宅じゃない街並みの中から抜け出せない。
何より足が疲れて手近な家の階段に座り込んだまま、体力が回復してくれなかった。
そうやって休んでる間にも、帝都の街には灯が点りだす。
火種を持った人が、暗くならない内に急いで街灯に火を入れていくんだ。
そんな様子も僕からすれば非現実的だった。
「街灯、電気もないんだから、当たり前だけど火なんだ。全部手作業ってすごいな」
長い棒を操って、高い位置にぶら下げられたランプを手元におろし、油を入れて火を点けると、また器用に長い棒を操って街灯の高い位置にかける。
僕はそんな珍しい作業をつい見続けてしまった。
そうして気づけば辺りは影が濃い。
帰るのも難しいけど、春の今なら外で寝起きできるかな?
なんて思って立ち上がったら、いつの間にか階段のすぐ側に人がいた。
「わ、え? …………海人?」
「私の家の前で何をしている?」
無表情に人間ではない種族の男性がそう聞いてくる。
サンゴ色の髪と青白い肌で、この世界特有の種族に僕は好奇心を刺激された。
服装は何処かの制服っぽいし、どうやらこの階段の家主らしい。
「すみません、道に迷ってしまって。すぐに移動します。お邪魔しました」
僕はすぐに立ち上がって頭を下げる。
その上で思いつき、道を聞いた。
「あの、今日パレードをやっていた道、ここからどちらの方面か教えていただけませんか?」
相手はじっと見つめてきて、首を傾げる。
「迷子か? 家出ではなく?」
「よくわかりましたね」
思わず家出を肯定すると、相手が笑う。
海人って種族がいるのは聞いてたけど、けっこうアジア顔だ。
前世日本人の僕にはちょっと懐かしいから、つい笑い返してしまう。
「母も亡く、父にも再婚で置いて行かれて、唯一気にかけてくれた叔母とも引き離されたので、出てきたんです。今ならルキウサリア方面の道は安全だと聞いたので、そちらのほうへ行こうと思っていたんですが、ついパレードを追ってしまいました」
「話し口から貴族の子供なのはわかりやすいな。捜されるだけだろう。そんな失敗の仕方をするくらいなら大人しく帰れ。今日だけは泊めてやる」
言うと、海人は僕の手を引いて階段を上がると玄関を開いた。
「え、あの、あなたは?」
「私はイクト・トトス。そういうお前は?」
聞かれてちょっと困る。
だって僕の父親は皇帝だ。
庶子として皇子じゃなくても、僕の存在を知ってる人は知ってる。
そしてイクトさんが入ったのは貴族屋敷の一つ。
小さいほうだけど、確かに街のお屋敷だった。
「…………アーシャと呼ばれています」
「おや、旦那さま。また人を拾ってきたんですか? というか、今夜お戻りの予定なかったじゃないですか。お食事の用意はないので、私らと同じもんしかありませんよ。まぁ、いつものことですが」
僕が名乗ると出迎えの使用人が、気さくとも無礼とも取れる言葉を投げかける。
というか、またって何?
僕がイクトさんを見上げると、全く気にした様子もなく答える。
「先日の突風でがたついてた宿舎の窓が落ちた。数日滞在する。家の前に座り込んでいたから拾った。アーシャだ。二人分あるか?」
使用人もそうだけど主人のイクトさんも自分の家に滞在って言っちゃってた。
色々突っ込みどころが多い。
けど家出少年を招き入れて寝食の世話をしてくれた上で、帰れって言ってくれる。
だいぶ常識的な対応で、突っ込んでいいのか迷う。
「旦那さま、貴族の子でしょ。大丈夫ですか? 高尚な食べ物も寝床もないですよ、ここ」
「文句を言うなら、いっそ懲りて大人しく家に帰るだろう」
ここは子供らしく甘えつつ、明日どうするかを考えるとしてだ。
僕ってそんな見ただけでわかる貴族なのかな?
ただの庶民のつもりだったけど、これはもう少しこの世界の常識を知ったほうが良さそうだった。
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全七話




