ヘルコフルート7
配属早々、左遷の如き辺境への派兵があったけど、断るのも面倒で乗ることにした。
ただし、辺境の村へは行かない。
ホーバートという大きな街で、できる限りごねて駐留してる。
領主には、あの手この手で言い訳を作って予算として金を渡した。
もちろんこっちは表向き正当な理由づけがある。
けど勝手に裏を読んで、領主はそれを自分の懐へ入れてた。
「いやぁ、やるねぇ。ウォルドさん」
「本当、あの手この手で予算捻り出して」
「ちょ、ちょっとやめてくれ。エンリフくん、アーシャくん」
伝令としてあちこち移動するエンリフさんに近況報告をしつつ、エンリフさんの軽口に合わせて言えば、スクウォーズさん呼びから慣れてウォルドさんと呼ぶようになった武官は狼狽える。
なので真面目な顔を作って本気で評価してることを伝えた。
「いや、本気で。ウォルドさんめちゃくちゃ有能。なんでワゲリス将軍の下についてるのかわからないくらい」
「あ、それはサルビルどのに聞いたよ。元は宮仕えだったけど、人が良すぎて地位争いで蹴落とされたんでしょ?」
エンリフさんの言葉に、ウォルドさんは縮こまる。
有能だけど善良で駄目だったらしい。
これ以上は弄ったらいけなさそうだから、僕は話を変えた。
派兵からもう一年が過ぎている。
ホーバート領主はもちろん、帝都のほうもワゲリス将軍への警戒を緩んでいた。
「そろそろ動けそうだと思うんだけど、どうです? エンリフさん」
「いやぁ、我が父ながら困ったものだよね。左遷されて荒れて、やる気なくして、もうこのホーバートから動かないなんて酒飲んでさ。僕の愚痴聞いてくれる人いないんだよ。みんな聞き飽きちゃって」
真面目くさって嘆くけど、それは演技だ。
そうして困ってますなんて言って、帝都の軍部にもワゲリス将軍が腑抜けになったと言い回り、すでに周知の事実で、これ以上下準備はいらないらしい。
つまりこっちでどう動こうと、帝都のほうは警戒してないから反応が後手に回るわけだ。
僕が笑って頷くと、ウォルドさんが溜め息を吐いた。
「本当にすごいのはアーシャくんだろう? ワゲリス将軍もヘリーどのも裏で動かして、ここぞというところであえて喧嘩させたり、舐められすぎないように兵の気を引き締めさせたり」
「ほんと、ほんとー。自分だけでも帝都に戻りたいとか言って、ホーバート領主周辺に縁故繋ぐような動きしつつ、実は裏金の動き探り出しててさ」
エンリフさんが言うとおり、僕は若く、昼行燈の将軍の下で不満を抱える士官を装った。
「若いってだけで扱いやすいと思い込んでくれるので、僕は楽ですよ」
「すごいな。若さを武器にできるなんて」
「それだけ才能から来る余裕だよね」
ウォルドさんとエンリフさんは、お互い首を横に振り合ってそんなことを言う。
学生時代もこういう反応されたから、今さら拾うことはしない。
「さて、こっちで動くからには、できるだけ帝都には漏れないようにしたい。できればホーバート領主にも気を抜くか、全く違う方向に集中してる時期を見る必要がある」
ホーバート領主の不正の証拠は見つけて、さらに新たに軍への横領の罪も作った。
ただ後ろにはサイポール組という犯罪者集団がいる。
そこと連携されるのが一番困るから、確実に領主を押さえて連携を阻むつもりでいた。
「だったらいい話がある。帝都では近く立太子が行われるんだ」
「ようやくですか? あれ、でも今はルキウサリアの学園じゃ?」
エンリフさんは僕の疑問に指を立てて見せた。
「それがさ、ユーラシオン公爵家の長男が、ルキウサリアの姫君との婚約に向けて家を出たんだ」
「あ、そっちもようやく?」
「え、アーシャくん? そう言えば、同じ年齢だったか。でも学舎は別のはずじゃ?」
ウォルドさんが驚くから、ダンジョンで出会って、見るからに矢印向いてたことを話す。
「なので、本当に一緒になりたいなら婚約者を誠心誠意説得して、身ぎれいにしてから、両方の家を納得させるだけの対処をしろとアドバイスしたことがあります」
うん、実は悪友になったユーラシオン公爵家のソーとは、ラトと一緒に恋愛相談されてた。
ただ僕もラトも貴族や王族の結婚に詳しくないから、ともかくあと腐れのない婚約解消と、それまで待っててほしいとお姫さまを口説くように勧めたんだ。
どうやら卒業して二年目の今、ようやく実を結んでるらしい。
これはたぶん、ルキウサリアの王子が国に帰らないっていう謎の状況も合わさっての政略が絡んでるんだろう。
けど結果的に、政敵で帝位を狙う公爵家の跡継ぎ問題の隙をついて、どうやら立場の弱い皇帝の皇子を立太子にまでこぎつけたらしい。
そうなれば帝都はお祭りだろうし、貴族や領主も次代への挨拶に向かう。
「使えますね。ちょっと帝都から知り合いの商人呼んで、その話を広めてもらいましょう。ついでに稼ぎになるとホーバート領主やサイポール組に思わせるように調整して…………」
僕が言うとエンリフさんが応じる。
「ふふん、欲をかいてこっちへの警戒がより緩くなるように? じゃあ、優先順位は?」
「そこはやはりホーバート領主では? それとも実務を取り仕切る者のほうかな?」
ウォルドさんも冷静につけいる隙を考える。
僕をどうこう言うけど、サルビルさんなんかは、二人が僕に乗って色々画策するのを、こんな一面あったんだなってすごく親戚目線で呟いてるんだよね。
ともかく、僕たちは表向きの目くらましで、昼行燈のワゲリス将軍とそれに反感を公に口にするヘリーさんという役割で、ホーバートに居座り続けた。
帝都からは友人のラトを呼んで、猫獣人の商人一族に手伝ってもらって情報操作。
酒屋のモリーさんも別口の商人のふりして情報の拡散に協力してくれた。
僕は僕で、この機に帝都に戻るためにってそれらしい動きをしつつ、ホーバート領主とサイポール組の目を帝都に向けさせることを手伝う。
その結果、僕たちが襲ったのはサイポール組だった。
「おうおうおう、ここまで上手くいくほど舐められてたとは、笑うしかねぇなぁ?」
ワゲリス将軍が剣を突きつけて、カピバラの顔を険しくして威圧する。
ヘリーさんはいっそ笑って、ワゲリス将軍に抑えられたサイポール組の頭目に言った。
「うちの参謀ども曰く、思いのほか隙だらけだから、お前さん押さえることにしたそうだ」
僕は知らぬ顔で制圧された人たちが回収、もしくは破棄しようとした資料を集めて回る。
うん、最初はホーバート領主でいいと思ってたけど、思いのほかずぶずぶで、ホーバート領主と一緒に隙ができたんだよ。
だったら、すでに証拠押さえて逃げ場のない領主よりも、物理的に逃げられるほうが面倒なサイポール組の頭目押さえるよね。
結果、犯罪者集団にカチコミをかけて、一年以上に亘る演技で鬱憤の溜まってたワゲリス将軍とヘリーさんが大暴れ。
自分たちでサイポール組の頭目拘束しちゃったよ。
戦場からの叩き上げらしいけど、その勢いで不満もあった兵たちもぐいぐい引っ張って、荒ごとやってる犯罪者相手に一丸となって襲い掛かってた。
「アーシャ、隠し金庫を発見した。どうする? 頭目を押さえたならすぐに吐かせるか?」
別の部屋を制圧してたサルビルさんがやってきて聞く。
年甲斐もないなんてワゲリス将軍とヘリーさんに言ってたけど、サルビルさんもサイポール組潰すためにこの場の制圧率先してた。
「ここにある分でも大丈夫なので、帝都への見せ金として資金を押収したいですね。あ、ワゲリス将軍。頭目はそのまま。殺してしまうと新しい頭が生えてきますから、生きて裁きを受けさせることで、サイポール組の権威を失墜させます」
頭目の抵抗に容赦なく反撃してるワゲリス将軍に待ったをかける。
剣で腕斬られて唸る頭目は僕を睨みつけた。
そういう反応なら、やっぱりやられて嫌な対処なようだ。
うん、潰すならきちんと見せしめが必要だし、そのために帝都の軍部にも協力してもらわなきゃいけないから、絞れば蜜が出ると思わせられる見せ金はサイポール組から徴収するよ。
そうしてホーバート領主とサイポール組の頭目の悪事を白日にさらし、口封じやすげ替えをされる前に帝都へと護送。
道中、補給の手伝いをしてくれたラトが夜に一人の客を連れて来た。
「…………ソー。今の時期にこんな所で何をしてるの?」
「それはこちらの台詞だ。全く、地方で一年も何を遊んでいるのかと思えば」
「アーシャ心配して様子見に来たんだけどねぇ」
ソーが強がると、ラトが暴露する。
けっこう世話焼きなことを知ってる僕が笑うと、照れ隠しで睨まれた。
「ちょうどいい。僕も聞きたいことあったんだ。…………口説き落とせそう?」
「…………前向きに、検討してもらってる。だから、その…………お前たちには世話になったから、礼を、言いたかったんだ」
ソーがすごく真っ赤になると、ラトは肩を竦めてみせる。
「そう言うのはちゃんと上手くいってからじゃないと。ねぇ、アーシャ」
「そうそう、詰めを誤るとせっかくの頑張りも無駄になる。実家のほうもこれから荒れるだろうし、気を抜くのは早いよ」
「だから…………その、話も、聞いてほしくて…………」
なんか弟と初めて喧嘩したとかもごもご言うけど、珍しくこっちを頼る素直なソーに、僕とラトは大笑い。
さすがに怒って小突いて来るのをあえて受けつつ、僕はラトの土産を掲げた。
「良しよし飲もう。お姫さまとののろけはいらないけど」
「いやぁ、この大恋愛が成就したら、講談師にでもネタ売ろうかな?」
「おい、やめろ。ラト、お前は友人を金にするつもりか」
ソーに怒られつつ、ラトは上機嫌に尻尾を立ててる。
僕は様子見に来てくれたヘリーさんに手を振り、取り繕う必要もなく笑顔を返した。
お読みいただきありがとうございました。