ヘルコフルート6
僕はしっかり三年でリーウス校を卒業。
お金は出しても口出ししない伯爵は、本当に何も干渉してこなかった。
そもそも期待してないから、軍に入って足がかりになれば程度の存在だからかな。
あと派閥として大きな公爵との繋ぎになる自分が、選ぶ側だと思ってるのもあるだろう。
もちろん、僕は今後の人生を邪魔されないためにも卒業後は帝国の軍に入ってる。
学園卒は一応キャリアコースで採用される。
つまるところは一兵卒じゃなく、指揮官候補だ。
「おい、ヘリー。こんなひ弱そうな奴かよ。大丈夫か?」
「どう考えてもお前に必要なのは、腕力じゃなくて頭だろうが」
上官のワゲリスさんに挨拶へ向かったら、カピバラの獣人だった。
だけど前世ののんびりイメージとはかけ離れた分厚い体の軍人で、いちゃもんつけられたのも気にならない衝撃的な見た目だ。
そしてその隣で突っ込みを入れてるのは、体格で負けてない赤い熊の獣人ヘリーさん。
七歳の頃からお世話になっていた人と、久しぶりの再会だった。
「アーシャ、好きに話していいぞ。こいつ逆に遠回しに言われると理解しきれないで切れるからな」
「はぁ? お前、皇帝の息子相手に随分だな。これで伯爵さまなはずだろ」
ヘリーさんが笑う様子は、三年前と変わらない。
けど一度退役したから、そこまで高い地位じゃないはずなのに、同じ上官の下にいるはずが、ヘリーさんとワゲリスさんの距離は近いようだ。
獣人の年齢はあまりわからないけど、印象的にかつての同期と言ったところかな?
そして僕は卒業と同時に、アレキオン伯爵になってる。
まぁ、爵位は高いけど血統も実績も財産もない、名前だけの貴族だ。
貴族としては木っ端だね。
「一応聞きますが、配属は僕一人で合っていますか?」
聞いた途端、ヘリーさんは苦笑いして、ワゲリスさんは苦い顔になる。
うん、これ絶対何か上と揉めたな?
そうでなきゃ、キャリアの僕がいきなり指導もなしに、すでに隊を組んでる上官の下に放り込まれない。
皇帝の庶子っていう生まれが何かあったのかと思ったけど、この反応は僕が原因じゃないな?
ワゲリスさんが、扱いが面倒なキャリア押しつけられた側だ。
「今から手を打てる問題であれば検討しますので、お聞かせください」
「なんだこいつ?」
ワゲリスさんがヘリーさんに端的に聞く。
「だから言っただろ。学園での好成績は伊達じゃねぇって。アーシャはもっと小さい時から肝座って、頭の回転も良かったからな」
「お前、親戚のガキでも自慢してるみたいだぞ?」
「…………お前はたまにでいいから息子を自慢してみろ。距離わからんからと放置してるなよ」
「う、うるさい! 関係ないだろうが!」
ワゲリスさんが叫ぶ途中に、ノックの音が入り込む。
部屋の主のワゲリスさん本人が雑に返事すると、三人の軍人が入って来た。
制服と徽章から、エルフの女性が士官、肌の浅黒いエルフの男性が武官だ。
獣人とのハーフらしい小さな耳が頭の上についてる、見た目人間に近い人は伝令系統の兵卒らしい。
「おや、そちらが例のヘリーさんの秘蔵っ子ですか?」
「そんなんじゃない。が、やる気はあるんだろ、アーシャ?」
エルフの女性士官に言われてヘリーさんが僕に片目を瞑って見せる。
「生まれの上で面倒ごとはついて回るのはわかってるからね。こうして僕が回されて人間以外が多い隊なんて、対処しないと悪いほうにしか行かなさそうだ」
皇帝に対して思うところのある派閥が、幅を利かせてるのが帝国軍。
そんなところに皇帝の庶子が入ればどうなるかという話だ。
「さて、本来なら指導や懲罰を言いつけるところだが、今は時間が惜しい。新人、口だけでないことを示してもらおう」
エルフの女性士官は凛々しくそう言って、簡単に自己紹介をした。
サルビルさんは、エルフだと思ってた浅黒い肌の武官、スクウォーズさんと親類だそうだ。
スクウォーズさんは人間とのハーフで、能力は人間よりなんだそう。
そして獣人のハーフは、ワゲリスさんの息子でエンリフさんと言って、気安く笑ってみせる。
「君もそんなに悲観しなくてもいいよ。うちは母方が皇帝陛下に近い派閥だから配属になったんじゃないかな」
どうやら父親には似ずに好青年…………いや、これは風だな。
人当たりはいいけど腹の内は見せないタイプだ。
どっちにしても、思ったことを口にする父親には似なかったらしい。
そして事情を聞くと、どうやらワゲリスさんは上と仲が悪いそうだ。
勝手に動いて勝手に戦果持ってくる、扱いにくいタイプの軍人だと言ったのは、当の息子のエンリフさんだった。
「いやぁ、家で仕事については何も言わないけれど、まさか左遷したくてもできない人だとは思わずいたよね」
「そうなると、軍部との折衝役を担ってるのはエンリフさんですか?」
「いやいや、僕も若輩者でね。連絡ごとは持ってきてるけど、他にやりたがる人がいないから担っているだけなんだ」
「それはいい位置ですね。血縁関係を知られた上で別と思われているなら、一度距離を置いて耳を澄ますことは?」
「もちろんできるさ。何せ人間よりも高い位置に耳はついてる。けっこう色んな声が聞こえるものだよ?」
僕はエンリフさんと笑い合って、軍内の情勢を探ってもらうようお願いした。
「うむ、若い者たちのやる気は良し。ウォルドも過去ばかりでなく、少しは前向きになれ」
「いえ、私はこんな好戦的には、ちょっと…………」
サルビルさんに背を叩かれ、スクウォーズさんは困っている。
僕たちのコミュニケーションに問題がないと見て、ヘリーさんが話を進めた。
「で、今回は北の辺境に行ってこいとのお達しだ。何年か前にもそこで兵出しての小競り合いがあった。村の中で帝国側とロムルーシ側に分かれてる妙な場所でな。そこを治めて来いって言うんだが、まぁ、行ったっきりになるだろう場所だ」
地図で確認すれば辺境も辺境。
しかも北の大国ロムルーシとの国境である山脈のただなかの小さな村だ。
「あからさまに送り込んで帰って来させる気がないですね。我々の上官は、こんな捨てるようなことされるほどの悪事を?」
「こいつ口悪すぎるだろ」
不機嫌に言うワゲリスさんに、カピバラの顔ってこんなに凶悪になるんだと知った。
けど何かやらかしたことは否定しないね。
僕が察したと見て、サルビルさんが苦笑しながら教えてくれる。
「実は酒の席で男女問わず尻を触る悪癖の者がいてな。ウォルドの尻を触ったから私が腕を折ろうとしたのを、我々の上官が先に殴ってしまわれた」
「ふん、そんなんじゃねぇ。あいつは前から隙あらば他人の功績横取りしていく阿呆だったから、酒の勢いで積年の恨みが出ちまったんだよ」
どうやら身内をかばうサルビルさんが殴るには、上の身分の相手だったようだ。
それをワゲリスさんが代わって手を出したらしい上に、何やら前から因縁の相手だったと。
けど相手は阿呆というには小狡いようだ。
功績にもならない、手間暇しかかからない、その上で断るにも手回しというワゲリスさんが不得意そうなことを強要する形でこの派兵を回してきた。
つまるところ嫌がらせの類だ。
「断るのも面倒な相手なんですね? そうなると、派兵自体を断るのも足元を見られる。…………行きがけの駄賃をもらいましょう」
僕は笑って地図に指を落とす。
目的地である帝国の村カルウは、小領主が治める地域にある。
僕はその周辺を牛耳る大領主が住む街に指を置いた。
ホーバート。
その街の名に誰もが気づいた様子で眉を顰める。
「つまり、ホーバートを根城にするサイポール組でも挙げようってのか? ずいぶん世間知らずだな」
「まさか、そんな夢物語は言いませんよ」
ワゲリスさんは、僕の言葉にムッと眉を顰めた。
ヘリーさんは笑って面白がるように聞く。
「じゃあ、どうするつもりだ? 何年か前に陛下が帝都の犯罪者ギルドは追い払ったが、そこに所属してた奴らは今も暗躍してる。帝都ほど大人しいわけがない」
「血の気が多ければ、いっそ帝国軍相手に襲ってきてもらってもいいけど」
冗談半分で言うと、エンリフさんとサルビルさんは僕の強気に笑う。
スクウォーズさんはそもそもの発端なせいか、肩を縮めて不安げだ。
それでも耳を澄ましてるのは、このままいいように困らせられるのは嫌なんだろう。
「面倒な辺境の任務、嫌がる将兵、途上にできる場所に大きな街、しかも領主は犯罪者と通じるほど、袖の下にも通じてる。…………だったら、叩いたら埃が出る。ただ、叩き方は考えないといけない」
辺境の小競り合いは放置しても、被害範囲なんてたかが知れてる場所。
それよりも領主の悪事を挙げて凱旋するほうが、派兵を翻す理由にできる。
そうすれば追い出した相手の鼻も明かせて、功績で軍内部の足場作りにも使えるだろう。
「なのでまずは、相手を油断させる作戦を練りましょうか」
僕が挙げるのは、昼行燈を装っての大石内蔵助作戦。
演技力と忍耐力が必要だけど、この顔ぶれならいけそうな気がする。
人もつけられずに送り込まれた時にはどうしようかと思ったけど、思いのほか所属する人たちの雰囲気は悪くない。
出戻りのヘリーさんも肩身が狭いようにも見えないし、学んだ分やってみようか。
全七話
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