ヘルコフルート4
結局父親である皇帝と会ったのは、入学する十四歳になる年だった。
伯爵と一緒にお言葉いただけるとかで宮殿に呼ばれたんだ。
けど僕はまだ未成年で学生にもなってないから、答えるにしても許された応答のみしか口にできない。
そして周りにはなんか公爵とかの高位貴族がいて圧が強かった。
うん、これはあれだ。
皇帝と臣下の家の子っていう立場を明示するための場だ。
その上で、父親したい皇帝を牽制する目的っぽいな。
牽制されるくらいには、どうやらこの皇帝は十年会ってない庶子を気にかけてたらしい。
「それでアーシャは父親の顔見れたの?」
僕はラトと一緒に馬車の中で、皇帝との謁見の様子を話してた。
馬車は伯爵家が用意して、ラトとは学舎が違うけどルキウサリアの学園に入学するから相乗りしてる。
なんか僕に触発されて勉強したら、けっこう頭良かったらしく、一族からお金を出して学をつけろって入学の運びになった。
学園にはいろんな学校がある上で、学科も多岐にわたり、僕はリーウス校で軍人になるために学ぶ。
ラトは平民も通う下の学舎で商業を学ぶそうだ。
「顔見たけど、うーん。僕には似てなかったかな。ウェズ叔父さんともあんまり」
「ま、そんなもんだよな。親子だからって必ず似てるわけでもないし」
伯爵家の馬車に最初は怯えてたけど、ひと月に渡るルキウサリアへの旅でラトも慣れた。
馬車と御者はあるけど、世話する人なんかは一人だけ。
御者の手伝いも兼ねてるから、あんまり僕らと会話もしない。
ラトは話し相手ってことで同乗をしてる。
もちろん伯爵には言ってないから、御者たちも見て見ぬふりで関わりは最低限。
いっそそれくらいわかりやすいスタンスのほうがこっちもやりやすい。
「それにしても、ヘリーさんにはびっくりだよ」
ラトに言われて僕は大いに頷く。
「もう歳だなんて言ってたのに、軍に復帰するっていうもんね」
父の知り合いで、モリーさんの手伝いをしてた熊獣人のヘリーさん。
元軍人で早めに退役したんだとか。
皇帝もそうだけど、モリーさんも軍時代の部下なんだそうだ。
「実際、獣人から見てヘリーさんってそんな歳行ってる? 赤い毛の中に白いもの混じってるなくらいはわかるんだけど」
「熊の獣人だからなぁ。猫だったら完全に老人に片足突っ込んでるけど。甥の人たち見てると、余計に年齢のピークわかんないよね」
同じ獣人でもわからないらしい。
獣人は人間に比べて早熟な上に、若い時期が長いそうだ。
ただしピークをすぎると一気に老けるんだとか。
ヘリーさんは出会った時からあんまり変わってない気もするけどどうかわからない。
「軍に戻るって言って本当に戻れる伝手掴んできたみたいだし、まだいけるんじゃない?」
ラトは僕を見て笑って見せた。
「アーシャが心配なんだよ」
「やっぱり僕のためかなぁ? できれば無茶しないでほしいんだけど。今までお世話になってるし」
「ははは、その大人ぶってる感じが逆に不安なんじゃない?」
そういうラトのほうがなんだか達観してる。
僕と違って色んなところを旅して、人間関係の幅の広さは言うに及ばず、経験も豊富だ。
「アーシャは頭いいけど、なんか心配になるのわかるんだよね」
「えー?」
「度を知らないって言うか、当たり前のことだけすっぽり抜けてる感じ。ま、俺も同じ国で街にいるし、困ったら言えよ」
「なんでお兄ちゃん風? 僕のほうが生まれは早いのに」
「そりゃ、俺のほうが獣人だから」
早熟だかららしい。
うん、まぁ、悪い気はしない。
僕は前世一人っ子で、兄弟がいないし、今世もいない。
だから兄って存在は僕にとって夢物語のような存在だ。
「…………僕のほうが身長は大きくなるけどね」
「はぁ!? そんなことないし? 親父は小さいけど、従兄弟は人間と同じくらいの身長あるし!」
「皇帝陛下、けっこう身長あったよ」
「に、似てないんだろ?」
「身長はどうなるかまだわからないなぁ」
僕の揶揄いに焦るラトとは、今は同じくらいの身長だ。
別に身長はどうでもいいけど、変わらずこうして近くいられたらいいと思う。
そうしてルキウサリアに到着すると、当たり前だけど別れがある。
「僕はこの寮か」
「俺は知り合いの商家で奉公しながら通いだから、たぶん区画が違うな」
僕に相乗りのラトも、貴族の寮に降ろされ、荷物は御者と世話係が運んでいた。
「仕事しながらなんだよね? 僕が行っても大丈夫?」
「そこは買い物ついでにしてくれよ」
「僕があんまりお金持ってないの知ってるでしょ」
「確か学生はダンジョンで稼ぐとかもできるはず。アーシャ魔法使えるし行けるだろ?」
「ラトだって身体強化使えるんだから、その時には手を貸してよ」
軽口を言いつつ別れて、その後は入学式まで顔を合わせる余裕がなかった。
ラトもお世話になるから覚えることが多い。
そして入学式も、門で待ち合わせたけど学舎が違うから、ちょっと話して別れる。
結局一緒に来たけど、僕たちの学生生活はたまに会うくらいだった。
「あ、アーシャ。またなんか飾り増えてない?」
「やぁ、ラト。学生なのに勲章染みたもの増えても邪魔なんだけどね」
学内で、お互い同じ学舎の級友を連れてすれ違い、立ち話。
学園二年目の今、僕たちがこういう交友ってことは周囲も知ってる。
最初の内はお互いの級友が息を飲んでびっくりしてたなぁ。
「今度は何やらかしたの?」
「隊を組んでの模擬戦で、負けたふりして引き込んで包囲した」
「まぁ、略章とか言う飾りが増えてる時点で言うほど簡単じゃないことはわかるよ」
「ラトがいたらきっと、八艘飛びとか首狩り戦法できると思うんだけどなぁ」
「またわけのわからない作戦? 獣人の生徒いないの?」
「いや、ラトほど身軽な人がいないんだ。みんな筋肉重いみたい」
「逆にアーシャくらい細いのもいないでしょ」
「まぁね。僕は力技得意じゃないし」
「いやぁ、アーシャ頭のほうでも力押しするからどうだろ?」
ラトの軽口に僕の級友たちが頷いてる。
まぁ、そっちへの文句は後でいいや。
移動教室の合間、もう行かないといけない。
「あ、そうだ。アーシャ、三日後の放課後時間ある? ダンジョン行きたいんだけど」
「いいよ。停留所で待ち合わせよう」
これも前から時々やってること。
ダンジョンは学園が管理してるものがあり、学生でも安全に攻略できる。
下に行くほど難易度が高くなるような場所で、ラトと共にお小遣い狙いで潜ってた。
お互い魔法が使えるし、ヘリーさんやモリーさんからリーウス校目指すってことで鍛えられもしてる。
ラトも一緒に、何度かヘリーさんの知り合いっていう海人の元狩人の人にも教えられてるから、二人でダンジョンに潜っていた。
約束した三日後には、ダンジョンの二十階に到達。
このダンジョンは階段しかないからお互い身軽に移動して、そこから休憩中に雑談し、本格的に動く予定だった。
「俺最初、伯爵家の人間に無礼働く礼儀知らずって、変な怖がられ方してたよ」
「僕も最初は痩せた山羊って言われたなぁ」
「いや、それは違うから。軟弱者って言われてるよ。悲しいかな、今も痩せた山羊みたいなもんだけど」
「ひどいな、これでも筋肉ついてるのに。あと、礼儀なんてとりつくろわれても迷惑だから」
僕たちが軽口を言い合ってると、笑い声が降って来る。
見ると、今階段を下りて来たって感じの学生たちに聞こえていたらしい。
ダンジョンでは制服でもないしマントも着てない人も多いから、所属はわからない。
けど何人か見たことのある顔だ。
つまりそれだけ有名人。
「さて、ラト。困った。礼儀なんてくそくらえだなんて言ったところで礼を執ったら、僕は笑い者かな?」
「俺だったら指差して笑うね。あと、それだけ不遜だとどれだけ取り繕っても無駄だと思うな」
言った途端、王女と公爵令息は肩を震わせて笑う。
うん、思ったより冗談通じる人たちみたいで良かった。
ただわかってないラトは何の気もなしに聞く。
「で、誰なの?」
「この国お姫さまと帝国の公爵家の跡取り。この国の公爵家、帝都の侯爵家の人たち」
僕が知ってるくらいだから、相当高位な有名人たちだ。
というか、四人だけで来るとか偉いわりに冒険するなぁ。
なんて現実逃避するけど、さてどうしようかな?
ここで挨拶するのは違うけど、階段脇の休憩スペースは共用の場所だ。
早めに去ってもいいけど、軽口を笑う度量があるなら、話してみたい気にもなった。
全七話
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