ヘルコフルート3
九歳になったころには、状況が変わった。
ウェズ叔父さんの働きかけで、僕にもまともな教育がされるようになったんだ。
と言っても、今までの庶子と同じ道をたどるためにリーウス校に行きたいって話に伯爵が納得しただけ。
僕にその点で利用価値を始めて見出したらしい。
「皇帝の後見人の公爵には、軍に伝手が少ないらしいんだ」
僕は十歳になって、ラトにそう言った。
実は九歳の頃は突然増えた学習で、ほぼモリーさんの店には行けず。
十歳になって僕が勉強できるとわかって、カリキュラムの見直しが行われる隙に抜け出してきた。
帝都を出ることもある猫獣人の友人ラトとは、ほぼ一年ぶりの再会だ。
「つまり、その軍に入るのが、アーシャの親父さんの役に立つ?」
「そんな感じ」
ラトは商人で僕より物知りだけど、貴族なんかはほぼ関わりないから、政治とかパワーバランスとかはわからないらしい。
皇帝は僕を使う気はないって言うのが、ヘリーさんやウェズ叔父さんの意見。
けど、伯爵は使う気になった。
だって、伯爵の派閥の長である公爵が軍に伝手がないから。
だから帝国軍に入る道のあるリーウス校に入学することには賛成。
そこでやっていけるために、ちゃんと教える気のある教師も用意された。
「ウェズ叔父さんが言ってたけど、納得すればお金と手間はかけるって本当だったな」
「アーシャの叔父さん、見たかったな。似てた? 人間ってあんまり似ないよな」
獣人的にはそう感じるらしい。
「僕より、僕の父親に似てるそうだよ」
叔父さんは自分の勤め先の別の国に行ってしまった。
それでも手紙のやり取りはしてる。
そこも学園のことを聞くって名目で、伯爵から許可貰ったら邪魔されずにできた。
うん、わかって見るとけっこうやりやすい人だったよね、伯爵。
こっちがメリットを示せばそれに乗る。
デメリットしかないと思っていれば、冷淡なくらい何もしない。
怒りもしないし、無駄に命令してくることもない。
行動原理も一貫して国のため。
だから皇帝として教育もまともにされてない父じゃなく、その後見人である公爵のためなら動く。
そこを間違うと噛み合わないんだろう。
きっと公爵と敵対するような立場に僕がなれば、排除に動く。
「ちなみに、俺の叔父さんどれかわかる?」
ラトが帰り支度をしてる猫獣人たちを指して聞いてきた。
柄はそれぞれ、似てる人もいるけど、家族でも全く違う毛並みもいる。
というかそもそも、猫獣人にしても血縁でよく似た顔つきしてるんだよね。
「わっかんないよ」
「だよなー。見慣れてないと他の種族もわかんないらしいよ」
そんな他愛ない話をいっぱいラトとして、僕たちは笑い合った。
久しぶりだから許してもらえたし、僕があまり来れないって立場も理解してくれて、ラトが手伝わなくても怒らないでくれる。
手を振って別れる猫獣人たちは出会った頃からいい人たちだ。
ある日、手伝いがてら軽く裏手を掃除してると、モリーさんの店から話し声が聞こえた。
覗いて見ると従業員じゃない人が、ヘリーさんと話してる。
いつの間に入ってたんだろう?
「はぁ? 襲撃? 宮殿でそんなことあっていいのかよ?」
ヘリーさんの高くなる声に、従業員ではない誰かは、目深にフードを被ったまま声を押さえるよう身振りで示す。
あまりの内容に、僕は気になって掃除のふりして聞き耳を立てた。
どうやら宮殿で事件が起きてて、帝室の人間を暗殺するという大それた企みだったそうだ。
ただ事件は未遂で終わったという。
「はぁ、皇帝がねぇ」
「あなたのご助言があったとのことですが…………」
「いやいやいや、ないない。イクトの奴側に置いたのも皇帝の判断だしな」
話を聞いて驚くヘリーさんに、フードの人は真意を探るように無言。
けどヘリーさんは分厚い手を激しく振って改めて否定すると、言葉を返す。
「ご安心ください。共謀などは疑っておりません。ただ、あなたより今目の前にいる子の心配をしろと助言されたために、今回の事件は未遂で終わったとのお言葉です」
「いや、それも別に。皇帝が自力で剣握って戦えって話じゃないだろ」
ヘリーさんはすっかり困って赤い被毛を掻きまわす。
どうやら事件で、子供である皇子が狙われたらしい。
けどそこに子供を気にかけろとヘリーさんに言われ、助言に従った皇帝は、ちょっと時間できたからって皇子たちを見に行ったという。
すると襲撃に遭遇。
大した数の護衛は連れていなかったけど、皇帝は自ら剣を抜いて皇子たちを助けに走ったそうだ。
結果、無傷とはいかなかった。
でも大きな傷はなく、皇子たちと共に暗殺から逃れて無事。
「そんなこと言うためにお偉いさんが来たってことは、よほどその一件で陛下も名を上げたってことでいいのか?」
「私は大した者ではありません」
「皇帝のお側付きなんだろ?」
「トトス警護官から何か?」
「まぁ、見た目と年齢でそうかとな」
どうやら皇帝の側近らしい。
そしてヘリーさん、皇帝の側近のこと知れるような伝手あったんだ。
皇帝になる前の上司ってことは聞いてたけど、軍でけっこう上だったのかな?
「陛下の名は確かに上がりました。これから、不届き者の巣窟である犯罪者ギルドへの手入れにも陣頭指揮をとられます」
「そりゃすごい。そのまま、しっかり努めてくれといいように伝えてくれ」
言いながら、なんかヘリーさんの声に棘を感じた。
相手も気づいてるのか沈黙する。
「…………ご長子の様子をお聞かせ願えますか?」
言われてドキッとした。
皇帝の庶子で長子は、僕のことだとわかる。
まぁ、連絡とってるなら、僕が出入りしてることも知ってるだろう。
家抜け出してたとかは言わないでもらえるとありがたいな。
今は真面目にリーウス校目指してるし、不真面目な子だとは思われたくない。
「んなことは自分で聞け。親子だろうが。少しでも親の自覚があるなら子供を放っておくな」
ヘリーさんの言葉にまた心臓が跳ねた。
もちろん皇帝の側近らしい人は、それはできない立場だってことを訴える。
再婚相手の家が強いとか、他の皇子を不安にさせるとか、政治利用されるとか。
「だったら最初から、あいつが気にしてるなんてことを言うな。アーシャだって子供だ。期待を持たせるだけ残酷だろうが」
「それは…………」
側近の人は言葉に詰まるし、僕も息が詰まった。
どうやら僕は、もう顔も覚えてない父親に期待していたらしい。
前世、親子仲は良くなかった。
だから期待とかないと思ってたんだ。
けど、顔もわからないからこそ、期待は残っていたようだ。
もしかしたら、僕を家族として思ってくれてるんじゃないかって。
「…………失礼します」
僕はあえて声をかけて中へ入る。
側近の人は子供ってことで警戒するから、これは名乗らなくても良さそうだ。
「このとおり、不自由なくありますので、どうか僕のことで煩わせることのないようお伝えください」
「アーシャ、さま、でしょうか?」
「さて、伯爵家にいるべき者がここにいるわけがないのでお答えはできません。僕にとって親とは最初からいない者なので、家族とも名乗り合えないような方にお心を砕いていただく謂れはありません。ヘリーさんが言うように、目の前にいる子にこそお心を注いでほしいものです」
そうすれば、きっと前世の僕のように、目の前にいるのに見てもらえないような子供はいなくなる。
剣持って自分で助けに行くみたいだから、皇帝である人にその心配はないかもしれない。
けど子供のほうからすれば不安の種になるだろうから、そんなものに僕はなりたくなかった。
だったら、その子たちのことだけを思ってくれてるほうが僕も気分は楽だ。
側近の人は何か言いあぐねた末に、フードを取る。
おかっぱの人間の男性で、小綺麗な貴族然としてた様子だ。
「臣として、感謝を。ご壮健であることを、お祈り申し上げます」
おかっぱの人は、ずいぶんと丁寧に子供の僕に対して礼を執った。
そこには確かな気遣いを感じる。
「民として、国と世界の末永い繁栄を願っています」
僕があくまで他人として返すと、改めて礼を執った側近の人はフードを被り直して帰って行った。
残った僕の頭に、ヘリーさんが手を置く。
ちょっと強い力で撫でられるけど、僕は何も言わずにされるままになってた。
全七話
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