ヘルコフルート1
僕はアスギュロス、通称アーシャ。
今年七歳になる転生者だ。
剣と魔法な世界だけど、不遇スタートな人生が物語のように上向くとは思ってない。
だって、異世界転生したところで結局は人間関係や社会の構図はそのままなんだ。
父親が皇帝の隠し子で、数いた皇子が全員死んだって時点で不穏。
そして僕の母は僕を産んだせいで死んでる。
父親は皇帝になるために公爵令嬢と再婚して宮殿へ行って、僕は現皇帝の育ての親の伯爵の家で軟禁生活だ。
うん、夢も希望もないね。
「ふぁ…………本物のパレードってすごいなぁ」
うん、家出するよね、そんな環境。
僕は外国の王族が来るからって、伯爵家が手薄になる日に家出を決行した。
そして夢の国とは違う本物のパレードに目を奪われてる。
「ほう、あれがルキウサリアの騎士の制服か。暑そうだな」
「向こうは山国だからな。それにしてもさすがに名馬ぞろいだ」
そんな話しをする他人の会話も面白い。
ちらっとお姫さまのような女の子も見れたし幸先いかもしれないね。
なんて楽しんでたのは二時間前。
「…………迷子になった」
ついパレードに夢中で、人波に流されて道を見失ってしまった。
帝都の門に向かってたはずが、元の大通りにも戻れず、気づけば周辺はどうやら商売をするための区画だ。
「これは、お酒の絵かな? ってことはここ、酒屋さん?」
識字率低いから、看板は売ってるものの絵柄や店の名前を表す図象だ。
一応軟禁って言っても伯爵家で育てられたから、読み書きはできる。
前世でも読み書きはできたから、僕からすると逆に看板が珍しいんだよね。
迷ったついでに道を探して看板のある店の裏手のほうへ行ってみる。
ただそちらはどうも本当に裏手で、業者が使うような雰囲気。
実際目の前を重そうな樽をいくつも載せた荷馬車が横切った。
「あ、でも轍があるってことは、追っていけば大きな通りがあるかも」
気づいて荷馬車を追う。
すぐに止まった荷馬車は、店の裏から出て来た人たちと話しを始めた。
そこでも僕は物珍しさに意識を奪われる。
「わ、獣人だ」
つい隠れて様子を窺った。
荷馬車からは猫の獣人たちが飛び降りて、樽の搬入を始める。
さらに店のほうからは赤い熊の獣人がのっそり現れて立ち話をしてた。
「うわぁ、ファンタジー」
ここは帝国、人間の国。
ただ帝国の傘下には獣人や竜人、海人なんて人たちの国があるという。
お決まりのエルフやドワーフもいるけど、人間の国の貴族は基本人間で、伯爵家にいた僕は人間しか見たことがなかった。
無意識だろう動く耳や尻尾、人間にはない牙が喋るたびに見える。
思わずじっと見てると、視界の端に錆色の何かが動いた。
「なぁ、何してんの?」
「うわ!?」
声を裏返らせて飛びのいたのは、いつの間にか猫獣人が隣にいたから。
しかも頭でっかちで子猫って感じの顔してる。
なのに二本足で立って、同じ言葉を喋ってる姿は本当にファンタジーだ。
改めて転生したんだっていう状況を実感しつつ、僕は動揺を抑えて言葉を返す。
「あ、えっと、珍しくて、見てて」
「こら、ラト! 遊ばせるために連れて来たんじゃないぞ!」
「はーい。うちのおやじ口うるさいんだよね」
ラトと呼ばれた子猫の獣人は、猫らしい素っ気なさで離れて行く。
僕は道に一人立ち尽くす。
すると赤い熊の獣人の横にいつの間にか女の人が増えてて、僕と目が合った。
あ、角生えてるし、尻尾もある?
あれって竜人?
けど獣人みたいに、完全に竜の顔してるはずじゃなかったっけ。
お姉さんは白い髪に白い肌をしてるけど、人間に近い顔してる。
「あらぁ、いい靴。もしかして何処かのお坊ちゃんかしら?」
「人混みからこっちに流された迷子か? だが貴族っぽいなぁ」
竜人っぽいお姉さんと熊の獣人がそんなことを言ってる。
もう認識されてるし、ここは子供らしく素直に助けを求めよう。
「すみません、迷子です。道を教えていただけませんか?」
「自分で迷子っていう?」
近づくとラトがけらけら笑う。
それを同じ錆び柄の猫獣人が猫パンチで黙らせた。
「何処に行きたいのかね? 親御さんとは何処ではぐれたかわかるかな?」
「いえ、一人です。あまりの人出に道を見失いました。パレードが行われていた道に戻りたいのですが」
猫獣人に答えたら、なんか大人が揃って目を泳がせた。
それをラトが長い尻尾を振りながら、不思議そうに聞いてくる。
「なぁ、なんでそんな喋り方? お前俺と同じくらいの年だろ? 何歳? 名前なんて言うんだ? 俺ラト、七歳」
「同じ年齢だね。名前はアスギュロス、アーシャと呼ばれるよ。喋り方は、言われたとおり貴族の端くれだからかな」
「アスギュロス?」
熊の獣人が、僕の名前を聞くとじっと見てくる。
「髪、それ、元から銀髪か?」
「いえ、生まれた時は黒かったのが今はこういう色になりました」
熊の獣人に答えると、竜人っぽいお姉さんも僕をじっと見てきた。
「目も不思議な色ね。お坊ちゃん、何処の家の子かしら?」
「目も生まれた時は青かったそうです。金色が差してるのも変化ですね。家名は…………お互いのために」
言わないほうがいいって、濁して伝えた。
だって僕、家出してるんだよ。
いや、もう時間があれだから今日は帰るしかないけど。
それでも姿を眩ませて噂になったら、迷惑かかる可能性もある。
ただ熊の獣人は膝を折って、僕の目線に合わせてくれた。
「おい、一人ってのは本当か? 家の奴がこんな賑わってる中でそりゃあんまりだろ」
「えぇと、実は両親はすでに亡く、親戚の家でお世話になってます。なので人がいなくなった隙にちょっと遊びに出てしまいました」
赤い熊の獣人は何か言おうと口を開くけど、すぐに閉じる。
なんだか険しい顔になってて、猛獣っぽさが怖いんだけど?
「おやおや、それは保護者の方も心配するだろう。子供は祝いの席には早いけれど、君くらいなら家に残さず同行させてもいいものだろうに。はぁ、うちのラトももう少しなぁ」
ラトの親らしい猫獣人がぼやくから、僕は慌てて手を振った。
「大丈夫です。心配はされません」
というか、思ったより簡単に出られたし、いっそ人いても変わらないかもしれない。
それくらい僕は伯爵家で興味を持たれてないし、放置されてる。
「心配されないって、あなた…………」
「なぁ、おい。明日もここ来れるか?」
竜人っぽいお姉さんが眉を顰めたら、熊の獣人がそう声をかけて来た。
思わぬ言葉に僕も尋ね返す。
「来ていいんですか?」
「まぁ、面白いことはないだろうが」
「いえ、お仕事の邪魔はしないので、是非」
つい前のめりで言えば、ラトが気軽に聞いてきた。
「なんでそんな嬉しそうなんだよ、アーシャ?」
「興味と、後は久しぶりに人と話したからだね。うん、思ったよりもコミュニケーションに飢えてたみたいだ」
乳母がいてくれたんだけど、再婚でいなくなって、そしたら誰とも会話がなくなった。
平気だと思ってたのに、思わず口に出るくらいには今の状況に心が浮き立ってるらしい。
ただ、途端に大人たちは顔を顰めてしまった。
あと家出のこともあるけど、そっちはまた機会をうかがってからでいいか。
それよりもこのファンタジーな人たちと話してみたい。
「それでは、また明日お伺いさせていただきます」
前世のビジネスライク的にそんな約束をして今日は帰ることにした。
ラトたちの荷車に乗せてもらって大通りまで送ってもらう。
「…………おい、モリー。俺はちょっと出る」
「どうしたのよ、ヘリー?」
「昔馴染みに連絡入れるだけだ。すぐ戻る」
車輪の音の合間に、熊の獣人とお姉さんのそんな会話が聞こえた。
全七話
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