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ルキウサリアルート5

 十三歳になる年、僕は王城でアデルに呼び出されて廊下を歩く。


「あら、あの銀髪はロスね。また殿下のお声がかりかしら」

「先日伯爵が養子を打診して陛下よりお断りをされたそうよ」


 宮廷雀とはよく言ったもので、ちょっと耳を澄ますと何処でも聞こえる。

 雀よろしくよく囀るしよく連なっているし、気にしてもいられない。


 ただその中で、見知った高級官僚が僕に向かって片手を上げてみせた。


「ロス、この間は助かった。また手伝いを頼みたいのだが」

「両殿下の許可をいただけるなら」


 一度仕事を手伝ったらあからさまに引き込みがあった方だ。

 なので、王子と姫を盾に僕は逃げを打つ。

 そこは許可取ってるし、今日はアデルの呼び出しだしね。


「だが、学園にもいかないのならば今から下積みをするのも悪くないだろう」

「む、また抜け駆けかね、卿。ロスの所属はこちらも申し出ているところなのだよ」


 新たな人物が現われ、こっちも手伝ったことがある高級官僚だ。

 それで気に入られたのはありがたいけど、喧嘩の種にされるのは迷惑でしかない。


 なので牽制し合うお役人さんたちには、適当に暇を告げて抜け出した。


「失礼します、殿下」

「ロスか、入れ」


 執務室に入ると今年十八になるアデルが待っていた。

 すっかり大人びて皇子らしい振る舞いも板についている。

 学園の合間に一部陛下の仕事を任されているのだから、事実大人になっているんだろう。


 学園でも結構優秀だと聞いてる。

 これで六年前には癇癪持ちで、将来を危ぶまれてたとは誰も思うまい。


「お呼びでしょうか?」

「窓から見えたが、また誘われてたのか?」

「見ていたなら一言かけてください」


 それならもっと早く逃げ出せたのに。

 僕の返答にアデルは笑ってみせる。


「人当たりが良すぎるのが問題だ。もっと自らの意志を示せ」

「示していますが、お聞きくださらないのです」

「ロスの謙遜が過ぎるせいだ。押せば行けると思われるのが悪い」


 アデルは書類を確かめつつ裁可を下しながら、手元の仕事を片付けた。

 手伝えとは言われないし、専門的なことへの見解も求められないから、書類整理の手伝いで呼ばれたわけではないようだ。


 前世があるせいで、僕は年齢の割に書類仕事の手が早い。

 だからアデルの手伝いも色々して来たし、そこから話が広まって他でも呼ばれたことがあった。


「では、所属を明確にしてください」


 僕の求めに、アデルは手を止めた。


 僕が誘われるのは今も変わらず立場が微妙だからだ。

 学友のような扱われ方だけど、何処かの見習いでもないし、明確にアデルかディオラの下にいるわけでもない。


「それは、学園を卒業した後、私の部下になるということか?」

「ご命令であれば」

「そして、またむくれるディオラに私が狡いと言われるわけか」


 アデルが心底嫌そうに呟く。


 僕も従僕か何かの見習いで、ディオラの下に置かれるかとかと思ってたんだけど、そういうこともなく今日まで来てる。

 ルキウサリア国王の方針で、何故か勉強三昧とその合間にアデルの手伝いとディオラの話し相手をこなしている状況だ。

 みなしごで地位もないため、学園の費用も賄えないから、後はもう働くしかないと思うんだけど。


「ロス、ラクス城校へ入学しろ」

「はい?」

「どうした? 命令なら受け入れるのだろう?」


 驚く僕に、アデルが愉快そうに聞き返す。


「姫さまをお守りするためですか?」


 ディオラは若くして成果を出し、その上ですでに名声があって、期待がある。

 そんなディオラを不特定多数の異性の中入れるのは危険が多い。

 建前は平等な学び舎だけど、姫君としての振る舞いや風聞を求められる場だ。


 だからフォロー役として、ようやく学友などの立ち位置に据えられるなら問題ない。

 ディオラはその賢さから学友に相応しい者がおらず、僕がふわふわな立場だったのは他に適任がいなかったせいもあるし。

 姫君相手に異性の学友は、さすがに将来見据えての意味でしかないからね。


「ディオラなら上手くやるだろうとは思うが、根が善良すぎるからな。そこは私も懸念している。ただ、今回はそこじゃない」


 いつかのように指を差される。


「お前だ、ロス」


 挑むようにアデルははっきりと告げた。


「陛下に進学を勧められて断ったそうだな?」

「はい。すでに十分な待遇をいただいております。これ以上は批判もありましょう」


 僕の答えにアデルは不満そうだ。

 なんとなく眉間の皺の寄り具合がルキウサリア国王に似てる。


 陛下からは、学園入学を断るのは会ってまずい者がいるかと聞かれた。

 僕が帝都の貴族子弟で家出してることはすでにわかっている。

 その上で考えても答えは、いないだった。

 と言うか学園で会いそうな同年代で、思い浮かぶ相手なんて乳母のハーティの娘くらいなんだけど、会ったこともないし。

 レーヴァンは僕が黒髪と青い瞳だったこと、それと年齢で察したようだけど、そこはすでに変わってるし。


「何が十分だ。過度の謙遜はいっそ嫌みだぞ。お前は学園に入れば必ず名を残す。そうとわかっているのに」

「殿下、それはここで学ばせていただけたからこそ。それこそ過度な期待です」


 否定したら睨まれるけど、本当に前世の下積みがあるだけだし。

 それにレーヴァンと約束したんだ。

 墓場まで持っていくなら、帝国貴族の子弟まで入学する学園なんて行かなくてもいい。


「私はロスのお蔭で目標ができた」


 話題転換の上、僕のお蔭と言われることが何も思い当たらない。


「私はディオラの才能を羨んだ。才能があれば私も全肯定されると思い違った。その私に努力が必要だと教えたのがロスだ。そして努力をしようにも身分が壁になると教えたのも、ロスだ」


 聞けば、当初は僕を身分から下に見ていたそうだ。

 それは肌で感じてはいたけど、大人の記憶があるから子供の傲慢くらいにしか思ってない。

 今そんな恥じ入られてもちょっと対処に困る。


 そうして自身の恥部を晒しながらもアデルは言葉を続けた。


「始めは私のほうが勉学でも勝っていた。当たり前だ。年齢が上で勉強に使った時間も長い。けれどロスはそれを努力と才能で埋めた。けれど結局今も、身分が壁になっている。どんなに才能があっても越えられない。私でなくても他の者がお前を下に見る」


 一度言葉を切って、アデルはもう一度僕を真っ直ぐに見直した。


「馬鹿ばかしいだろう」

「身分制度はこの国に限らず人々の暮らしの根幹です」

「だが、実際に学ぶべき者にとっての弊害となっている。だから、私は目標を決めた」


 何やら決意表明をしつつ、向かっていた机から立つと僕の前に来る。


「身分の壁で学べない者を少しでも多く学び舎へ招く。身分が低いから才能がないなんてそんな盲信を打ち崩す」

「ご立派なお考えかと」

「だからどうしてそう他人ごとなんだ」

「そう言われましても…………」


 困惑する僕に、アデルはさらに詰め寄って来た。


「まずは示す者がなければ後には続かない。私は才能なくとも努力をした。だが身分がある。ディオラは才能も身分もあって努力もする。これは身分ある者を驕らせる。だったら、身分はなくとも、才能があり努力も怠らない。ロス、お前が学園に行ってそのことを知らしめるんだ」


 僕の胸に指を突きつけて、アデルは言い募る。


「お前ならやれる。そしてその後は私の仕事だ。いきなり身分は崩せない。だったら、才能ある者を上に引き上げる制度を作る。すでにその階は陛下が用意してくださっているんだ。だからまずは宮廷伯を目指せ、ロス」


 思わぬ命令に茫然としてしまった。

 そんな僕を見据えていたアデルは、こらえきれずに噴き出す。


「は、っはは。本当に考えたことがなかったんだな。ロス、もっと上を目指せ。お前ならできる。何より、ディオラと共にいるにはそれが近道だ」


 口を開くけど否定も肯定もできない。

 そんな僕の戸惑いに、アデルはまた笑い声をあげたのだった。


次回更新:17時

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― 新着の感想 ―
アデル本人にも問題はあったけど、ちゃんと見て聞いてくれる人がいればああはならなかったんだな…… 本編も良い方向に転がってくれるといいけど、拗れたまま大人になってそうなのがな……
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