ウェアレルルート7
十三歳になって、冬を前にエフィがエルビア先輩の塾で騒ぐ。
「アーシャは学園に入るべきだ!」
「だから、そんなお金ないし」
「実家に言って貸す! 入試についてこい!」
「それ、首輪付きって言われるんでしょ。嫌だよ」
エフィに誘われるけど、エルビア先輩曰く、貴族からお金を借りての入学は、卒業後にその貴族に仕えないといけない前契約みたいなものらしい。
それを世俗的に、学園でもあの学生はどこそこの首輪付きって言うそうだ。
「勝ち逃げなんて許さないって言っただろ!」
「もう威力で勝てないのわかってるでしょ」
九歳からやり合って、今も勝ちは拾ってる。
けど初手の引っかけにかからなくなったエフィの攻撃を、僕は避ける以外できないから、ここのところ泥仕合ばかりだった。
最後の読み合いだと、僕が経験値の差で読み勝ち、それでなんとか勝ててる。
「ぼ、僕たちみたいなのでも入試受けるんだし」
「うん、アーシャには勉強も教えてもらったし」
エフィの友人二人まで、エフィと一緒に誘ってきた。
この二人は家の関係もあって、エフィの実家にお金出してもらう。
魔法の才能はあるけど、性格が魔法使いに向かないタイプだそうだ。
だけどエフィが引っ張る限りは問題なく、それどころか触発されて強い魔法放ったりもするから、本当に才能はあるんだよね。
「誘ってくれるのは嬉しいよ。けど、僕もここに残ってやりたいこと、目指したいものがあるんだ。だから、そうだね。次に会う時には成果を語れるようになっておくよ」
そういって、僕は心から誘ってくれた三人を帝都から送り出した。
ルキウサリアは往復二カ月かかるし、入学するともう帝都には帰ってこない。
そもそも別の国の出身だったしね。
「でも、約束したからには、卒業の時までには…………なんて思って、一年は何もなかったのに。なんでカウリオ先生が左遷なんて」
宮殿で助手見習いを始めて、十五を前におかしな人事が行われた。
多分きっかけは、僕が試験資格を得たこと、そして通過したことだ。
「左遷と一概に言うには、地方での権限がありますから。あなたはこの部屋を管理するために残せます。アーシャくん、一年です。一年何があってもここにいなさい」
カウリオ先生はそう言って宮仕えなのに、宮殿から外に出された。
たぶん僕が皇帝の息子だから、宮殿で力をつけるようなことがあると困るからなのに。
けど言いたい、僕は確かに宮殿の敷地にはいるけど、皇帝家族が住む本館に近づけもしないんだ。
それに十五で成人ってことで、庶子としてアレキオン伯爵の地位を貰うことになってる。
これは皇帝の臣下として、決して帝室に並ぶことはないって扱いなのに。
「それでもまだ不安になるなんて。帝位なんていらないよ」
僕は一人カウリオ先生が使ってた研究室で、愚痴を吐く。
実績作りで一人宮殿に通う僕には、妨害が始まった。
嫌がらせで振られる雑用、無意味な叱責、それらが効かないとなると無視し始めたことには笑ったな。
逆に静かで過ごしやすかったくらいだ。
窃盗の冤罪や、研究室の強奪未遂とか、付け入る隙を見せたら面倒なことも多々。
ともかくカウリオ先生が言ったとおり、離れないように、離れさせられないように、そうして十五歳の間は現状維持に汲々とした。
試験を受ける資格も取れず、それでも一度通過したらもう一年猶予ができるのが救いだ。
「ただ今戻りました」
「お帰りなさい、カウリオ先生」
十六を前に、カウリオ先生は宣言どおり戻って来た。
地方で新たに、雷の魔法を込められる魔石を発見してその性質を論文にしたそうだ。
古巣の学園経由で発表して、宮殿も無視できない成果をもぎ取って来た。
そんな人物を地方に置いておくと、学会から対応への不満が出るとかで、カウリオ先生は大手を振って戻っている。
「さて、それでは試験のために急ぎましょう。試験通過もまだアーシャくんには経過ですからね」
カウリオ先生は苦労もしたし、無駄な左遷でキャリアに傷がついたはずなのに、まだ僕の面倒を見てくれるらしい。
感謝を深く刻みつけつつ、言われた、宮仕えが通過点って言葉も刻む。
僕が目指してるのは、魔法使いとして宮殿で成果が認められることなんだ。
そうすれば褒賞が出るし、その際に皇帝から褒賞を渡す式典が行われる。
そこで、僕は父に会えることを期待して頑張っていた。
「…………正直、会いたくないと思ってるかもしれないですけど」
「アーシャくん、それはないでしょう。あの人はそんな人ではないですよ」
十六歳の間は、順調な反面不安が膨らんでた。
試験のための実績作りが認められて、試験参加の許可が出た。
試験通過の通知が来て、本格的に成果を発表するための準備と、少しずつ近づく実感の中に、不安が混じって来たんだ。
だって前世ではどんなに頑張っても、努力が足りない、結果は当たり前って叱られた。
会ってみたい、声をかけてもらいたい。
そう思ったけれど、僕が望むとおりにならないことは、前世で何度もあったんだ。
「大丈夫ですよ」
その度に、父を知るカウリオ先生はそう言ってくれた。
僕は今、父ではなくカウリオ先生を信じて頑張ってる気がする。
そして十七歳になる年に、僕は成果として上位属性魔法の学習方法を確立した。
前世の科学の発展に邁進してくれた先人たちには、感謝しかない。
「本当にやるとはな。…………面倒なこともあるだろうが、たまの息抜きに顔を見せにこい」
僕の論文の実証に協力してくれたエルビア先輩がそう言ってくれる。
つまり心配されるほど、僕は思い詰めてるように見えるらしい。
「アーシャくん、上位属性魔法の学習に関する論文が、今朝の会議で取り上げられましたよ」
カウリオ先生は、宮廷魔法使いたちも注目してると教えてくれた。
実際にやって、試して、実現すれば大変な魔法の発展につながる。
けど、前世の知識での話だから、今はちゃんと術式に落とし込んで、術式を起動させればできるってことを証明するための実証実験を続けるばかりだ。
そうして気づけば十八歳になった。
学園を卒業したエフィから、帝都に行く仕事ができたから会おうって手紙が来てる。
これはまずい、約束を破ってしまう。
なんて思っていた時に、僕の成果が認められて褒賞が送られることが決まったのだ。
「皇帝陛下より、その功を労い、より一層の献身と研鑽を期待する」
夏の社交期に行われた式典は、外国の大使なんかもいる中、魔法に限らず他の分野でも実績のあった人が集められた。
つまり僕は大勢いる中の一人でしかない。
これでは父に気づいてもらえないかもしれない。
そのことに残念がってるのと、安心してしまってるのと内心複雑だ。
「次に、アレキオン伯爵アスギュロス」
名前を呼ばれて、僕は皇帝の前ではすぐに頭を下げて跪く。
一瞬見えた皇帝は、噂に聞くとおり黒い髪で、ウェズ叔父さんをほうふつとさせた。
「…………よく、頑張ったな」
ごく小さな声。
それでも確かに、皇帝としてではなく父親としての言葉。
皇帝として式典しなきゃいけないのに、僕だから、そう声をかけてくれた?
その事実に昂った感情が鼻の奥を刺激する。
そう思ったら、見つめる絨毯に雫が一滴落ちた。
「はい…………」
そう答えるのでやっとだ。
色々考えてたのに、何も言えない。
けど、それで十分だった、カウリオ先生が言ったことは正しかったんだ。
そうとわかっただけでいいと思える。
「アーシャくん、おめでとう」
「カウリオ先生…………」
式典が終わって人混みの中、長身のカウリオ先生が僕を庇うように肩を抱いてそう声をかけてくれた。
けどその安心感で涙腺が決壊してしまう。
泣いてしまった僕に困りつつ、カウリオ先生はハンカチを渡して囁いた。
「少しだけでいいので、笑うことはできますか? 君の様子が心配すぎるようですから」
そう言われた顔を上げると、カウリオ先生は何処かを指差してる。
指の先を追って目を向けると、そこには後見の公爵と喋りながら、僕を横目に窺ってる皇帝の姿があった。
「ほら、笑って」
カウリオ先生に言われて無理やり笑みを浮かべると、皇帝は安心した様子で笑みを返す。
そんななんでもないやり取りに、また目の奥が熱くなった。
「頑張って、良かったですね。アーシャくん」
「はい…………」
期待していい、裏切られることはない。
頑張っただけ、認めてくれる人たちがいる。
そんな前世では得られなかった満足感が、何処か二の足を踏んでた僕の背中を押す気がした。
新しいことがしたい、いやできる、なんて自信が湧く。
まずはこの成果を、帝都に来る友人たちに誇ってみよう。
子供のようで気恥ずかしいけど、あの自信家な友人なら一緒に笑ってくれると期待して、今度は自然と笑みが浮かんでいた。
お読みいただきありがとうございました。