ウェアレルルート6
十歳になってもニスタフ伯爵からの干渉はなく、今もカウリオ先生の下で暮らしてる。
家事して、塾へ行って、夜はカウリオ先生から魔法を習って…………。
「くそ! 今度、次こそは! 一か月後だ!」
「うーん、年一にしておけば良かった」
「なんだと!? アーシャ、勝ち越してるからって逃げるのは許さないからな!」
エフィとの対戦を定期的にするようになって、今のところ勝ち続けてる。
だって、一発でも当たったら僕再起不能だし、負けたら次はない。
十歳のエフィ相手だからこそ、才能の差を無視して虚を突けてるだけ。
今日は岩の魔法で転ばせた。
摘まめる程度の石の粒作って、エフィに踏ませ、転んだところに杖を向けて終わりだ。
「く、今度こそ、今度こそ魔法を当ててやる!」
「だから、それだけじゃ無理だって」
エフィは怒り心頭で、魔法さえ当たればって思ってる。
確かに威力しか勝ってないから当たれば勝ちだけど、させないよう僕も立ち回ってるし。
だから当てられさえすれば、なんて狙うだけ僕の術中なんだけどね。
「エフィはもっと柔軟に考えて…………」
「ははは、まーた負けてる」
「いつまで負け続けるんだよ」
「そういうことは僕に挑む勇気を持ってから言おうね」
囃してた生徒たちに言ったら、負けるのが嫌で黙る。
言い返そうとしてたエフィは、口を開けた状態で止まった。
勝負を挑んでこない囃す生徒は居心地悪そう。
エフィはそんな相手に興味を失くすと、僕のほうに寄って来る。
「あいつら、俺には魔法で勝てないから言ってるだけだ」
「そうだろうね。僕に挑んでも負けるから、勝負も仕かけてこないんだ」
エフィに限らず、魔法使いの素養として、危機に竦むリミッターを外すために個々の生徒たちは自信過剰ぎみだ。
だから生徒の中には、エフィに上から物を言われることに屈辱を覚える者もいる。
けど同年代で確かにエフィは強いから反抗できないって鬱憤が溜まってるんだろう。
「随分いじけた考えだなぁ」
「あいつらは、あんまり頑張ってないからな」
思わずつぶやくと、エフィが練習態度を指摘した。
一年前僕に負けた時には、走って逃げたけど、ちゃんと覚えてたらしい。
そう言えば、頑張って塾で練習する生徒にはあまり上から行かなくなった気もする。
「エフィ、濡れタオル持ってきたよ」
「着替えも用意したけどどうする?」
あまり振るわない塾の生徒二人は、エフィと同郷らしく、言ってしまえば取り巻きだ。
けど、エフィの対応が変わったことにいち早く気づいてたのかもしれない。
僕に負けたエフィを囃すことも軽んじることもなく、こうして気遣ってる。
「いい、このまま練習する」
「でも砂は落としたほうがいいよ」
「背中ちょっと叩くね」
「なんだか兄弟みたいだ。エフィがやんちゃな弟」
仲良くしてる姿に和んだら、途端にエフィから不満の声が上がった。
「なんでだ! 俺が一番大きいのに!」
「兄弟でも弟のほうが身長あるってこともあるでしょ?」
僕が言うと、エフィの友達二人が頷く。
「うん、うちは兄の下の姉のほうが大きい」
「うちは父より叔父のほうが大きかった」
「へー、叔父さんはよく会うの?」
そのまま雑談で親戚関係について聞くと、エフィも入って来る。
エフィたちは故郷離れて帝都へ来てて、兄弟とはあまり会ってないとか。
実家を離れて帝都近くに住んでる親戚のほうが会うとか。
そうして夕方になって塾が終わると、僕はカウリオ先生の家へ帰る。
晩御飯の準備してたら帰って来る、はずなんだけど?
「もう日も暮れたのに、遅いな」
この世界、街灯がないから日が暮れると真っ暗になる。
店なんかは光が灯されてるけど、道は暗いし治安も悪くなるのに。
だいたいは日暮れ前に仕事が終わって帰路につくはずなんだけどな。
「遅れました。すみませんね、先に食べておくよう使いでも出しておけば良かった」
帰って来たカウリオ先生は疲れぎみだ。
僕はすぐに温めて食事の準備を始める。
「お疲れさまです。何かあったんですか?」
「えぇ、仕事のほうで少々」
これは聞かないほうがいいのかな?
迷った末に、僕はいつもどおりその日にあったことを話した。
「それでカウリオ先生も、双子の兄弟がいるってエルビア先輩から聞きました。離れてると会わないものですか?」
「そうですね、手紙はやり取りしますが…………」
答えたカウリオ先生は考えて、言葉を一度途切れさせた。
そしてまた口を開くと、今日遅くなった理由を突然話し出す。
「実は、今日宮殿で事件が起きまして」
「それで遅かったんですか。何があったか聞いても?」
「あまり面白い話ではないでしょうが。アーシャくんが最近家族の話をするので気になるのかと。今日たまたま、宮殿の大聖堂に帝室の方が礼拝すると聞きまして、様子を見に行ってみたんです」
僕が家族を気にしてると思って、わざわざそんなことしてくれたのか。
「いらっしゃったのは三人の皇子殿下。警備がいたらしいですが、私が通った所は誰もおらずおかしいとは思っていたのです。すると、皇子殿下を狙う不埒者が入り込んでおり」
「え、狙うってまさか」
思い浮かぶのは暗殺という、前世にもある言葉。
けど全く実感もなくて、僕は他人ごとで聞く。
そういうのって権力者とかの話、ってそうか。
皇子って、父親が皇帝だから権力者の子供だ。
それで狙われたなんて、ずいぶん可哀想な話じゃないか。
「幸い、怪我は軽傷ですみました。助けが間に合って良かった」
「それって、カウリオ先生も現場にいたんですよね? 先生は大丈夫でしたか?」
「私は離れた位置から魔法を放っただけでして。それに相手は騎士に扮していました。金属を装備している相手でしたので、宮殿の中の割にはやりやすいくらいでしたよ」
カウリオ先生は居合わせて助けに入ったらしい。
ただ宮殿内部は安全のため、魔法の威力を抑制する術が施されてるとか。
だからカウリオ先生は、普段より遠くに魔法を放つようなことはできない状況だったという。
けど雷が当たれば、確実に相手を失神させられたとか、笑って話す。
「どうもお側に控える警護も少数で、守り切れないかもしれない状況だったようです」
「でもカウリオ先生の手助けで無事だったんですよね?」
「えぇ、そうなりました。陛下と妃殿下にも直接お言葉を賜りました」
言われてドキッとした。
そんな僕の動揺に、カウリオ先生も気づいて目元を和らげる。
「陛下は、お聞きになりたいようでしたが、妃殿下もおられたので。また、皇子殿下方も怪我をしている中ではあまり私にかまっている暇もなく」
「そう、ですか。そうですよね。きっと皇子殿下方も怖い思いをしたでしょうし心配して」
「ひと言、弟子は宮殿に上がれるほどの才覚はあるかと聞かれました」
カウリオ先生にそんな人いない。
けど該当するなら、たぶん僕だ。
気にかけてる。
そう思っていいのかな?
けど、そんな風に言われると、僕が気になるじゃないか。
「あの、宮殿に上がれるなら、皇帝陛下を、見ることはできるでしょうか?」
「えぇ、機会はあるでしょう。そして、結果を残せれば、陛下直々にお声かけで、お褒めいただくこともあるかもしれません」
その言葉にとても惹かれる。
自分でも驚くほどだ。
「宮殿に上がるには、どうすればいいでしょう?」
「私の助手として仕事を任せることで宮殿に上がることはできます」
カウリオ先生の助手として、まずは見習いから始める。
「これは師事する相手の許可があれば可能です。ただし、その見習い期間は二年だけ。二年の間に実績。そして二回の試験参加資格と、通過が必要になります。学園のラクス城校の魔法学科を卒業すれば、一度の試験と面接で合否が決まりますが」
「いえ、今の僕ならそれが合ってると思います」
学園は上位の学校ほど高額な学費が必要になるらしい。
カウリオ先生にはすでにお世話になってるし、ニスタフ伯爵家も出してはくれない。
皇帝の息子として目立たせたくないなら、よくて分校の学費くらいじゃないかな。
だったら費用が足りない学舎を目指すよりも、自分の努力で行ける範囲を目指す。
「では、十三歳を目途に見習いとして上がれるよう今から準備をしましょう」
簡単に言うカウリオ先生だけど、翌日から受験対策のような日々が始まる。
そして僕は、十三歳で宮仕えするカウリオ先生の助手見習いになったのだった。
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