ウェアレルルート5
僕は帝都の魔法塾に出入りし始めた。
入塾じゃないのは、それすると僕も魔力量の多い生徒たちと同じ評価にしなきゃいけないからだそうだ。
塾は同じ年齢の生徒が多いけど、上は十四を境にいなくなる。
これはルキウサリアの学園に入学していくからで、今のところ合格率が九割だとか。
その高い合格率で人気の魔法塾なんだという。
「アーシャ、こっち来て記録係やってくれ」
「はい、エルビア先輩」
なんか大変そうで手伝ったら、そのまま助手的な立ち位置になってた。
カウリオ先生の言ってたエルビア先輩呼びも定着してる。
他の生徒との違いってことでわかりやすくもあり、もうエルビア先輩も止めない。
実際カウリオ先生も見学って言ってたから、見てるだけってことで指導時間は過ぎる。
僕は終わってからか、始まる前にエルビア先輩から口頭で説明や指導を受けていた。
だから他の生徒と関わりはほぼなかったんだけど。
「おい、お前」
「アーシャだよ。もう順番終わったでしょう、エフィ」
僕は記録内容を確認しつつ応じる。
声をかけてきたのは初日にも会ったエフィだ。
「今日こそ手合わせしてもらうからな」
「駄目だって。僕は生徒じゃないんだ。塾外の人へ魔法を向けると一発退塾でしょ」
「上位の魔法使えるのに! いつまで逃げ続ける気だ!」
地団駄を踏んで不満もあらわにするエフィは、どうも目立ちたがりらしい。
褒めてほしいのは年ごろの子供としては当たり前だけど、それに他人を巻き込むのはいただけない。
「エフィ自身が上位使えるように今は修練すべきだよ」
「そのためにも学び取るとかなんとか!」
少しは考えてるらしいけど、誰かの受け売りっぽいのが口調に表れてる。
「僕から学ぶのはやめたほうがいい。塾に入れないほど本来の手順とは違う習得だ。やるだけエフィの魔法が弱まる可能性もあるんだよ」
「上位使ってそんなことあるか」
あるんだなぁ、これが。
僕は上位の魔法を、魔力消費が今までの理論ではありえないほど少なく済ませてる。
けどそこには制限があるからこそだった。
第一に攻撃性がほぼない。
何せすごく安全な日本でのことを根底にしてるからね。
光は照明、氷は製氷機、岩はコンクリート、雷にいたってはテレビ映像。
それを振りかぶってとかでダメージはありえそうだけど、僕がそれをしようとするとイメージとの乖離から魔法が消えるんだ。
「はいはい、エフィ。エルビア先輩戻って来るから、所定の位置に帰ろうねー」
「子供扱いするな! 同じ歳だろ!」
文句を言いつつ、エルビア先輩に怒られると練習もさせてもらえなくなるから引き下がるエフィ。
エルビア先輩、よほどエフィに指示に従うよう教え込んだんだろうな。
「またか。アーシャはできないと言ってるのに」
「そうですね。これは気持ちの問題なので、この先よほど価値観を変えるようなことがなければ僕とやっても意味はないんですけど」
そもそも前世が基準で、それを捨てるだけの気持ちの変化がないと、今の僕の攻撃性のなさは改善されない。
もしくはよほど追い詰められるような状況に陥るかだけど、ごめんこうむりたいね。
常に大人がいる、大人でなくても頼ったり力を借りることのできる相手がいるような状況だときっと無理なんだろう。
「記録しました」
「助かる。…………回転を入れるだけでずいぶん動きの制御ができるな」
「呪文って作れるんですねぇ」
「その呪文を改良する案を出しておいて、何を言ってるんだ」
今日はエルビア先輩が改良した火を飛ばす呪文を生徒たちにやってもらった。
エルビア先輩が生徒に対して呪文の改良をしてるって聞いて、飛ばす時に回転かけてって言ったのは僕だ。
なんか火の玉飛ばしても当たらない生徒も多かったから、前世の野球のイメージで回転で安定をって話してみたんだよね。
エルビア先輩が呪文でもそういうことできるっていうんで、じゃあ、もしかして火の玉フォークとかできるかなって。
本当にできたからすごいなっていうのが僕の感想だ。
「…………一度、エフィとやってみるか?」
「え?」
僕が戦えないって知ってるエルビア先輩がそんなこと言ってきた。
「お前は本当に属性の理解度が高い。その上状況判断能力も備わってる。これならよくある決闘形式なら、攻撃しなくても勝てそうだぞ?」
「僕、そんなに動けませんよ?」
「自分が動かないままで、相手を動けないようにする手、思いつかないか?」
「…………つきますね」
「よし、それじゃやるぞ。エフィがうろうろするのも他の生徒の集中の邪魔なんだ」
どうやらそれが本音らしい。
確かにエフィは能力があって注目を浴びてる。
それに同じ国から学びに来てる同年代も多くて、そこで一団になってることも目立つ要因だろう。
「ようやくか! 上位撃って来いよ! 俺の全力で吹き飛ばしてやる!」
「ルールはちゃんと聞こうね。杖を放棄させたら勝ちだから。魔法放ったり当てたりが勝敗じゃないよ」
見るからに興奮してるエフィのやる気を前に、僕は正反対の心持ちだ。
こんな無邪気にわくわくする九歳相手になんて思うと、ちょっと申し訳ない。
けどエフィの魔法の威力も知ってる。
当たったらひとたまりもないんだ。
だからエルビア先輩が言うとおり動けなくしてしまう方針。
「それでは、あくまでこれは立ち合いではなく、魔法を披露する場だ。始め!」
立ち合いは禁止だから、そういう言い訳でエルビア先輩が合図をした。
僕は合図と同時に、防災ライトの電源を入れるイメージで魔法を放つ。
「うわぁ!? 目がぁ…………!」
車のレーザービーム並みの光を受け、エフィは悲鳴を上げた。
すぐさま走り出した僕は、顔を覆って呻くエフィと距離を詰める。
そして無防備な胸に杖を突きつけた。
「あ、こ、この!」
「もう遅いよ。爆ぜろ」
「うわぁ!」
呪文を発動させるキーワードに、エフィのみならず周囲からも悲鳴が上がる。
けど魔法は起きない。
だって僕、魔力も練ってなければ呪文も想起してないからね。
「そこまでだ。エフィは杖を放したな」
エルビア先輩が手を挙げて勝敗を告げる。
それでエフィも、攻撃と勘違いした時に杖を手放してたことに気づいた。
「俺はまだ何もしてない! こんなのおかしい!」
「何もおかしくないよ。ルールに従って、君の負けだ」
エフィ悔しがる上に、負けてないと駄々をこね始めた。
これは受け入れてくれたエルビア先輩の仕事のためにも、少し言い聞かせてみようか。
「そうして嫌がるのは負けたら自分が、僕の下だと思うからでしょう。そしてそう思うのは、君が周囲を見下しながら接しているからだ。僕は勝ち負けで他人の努力を見下すつもりはない。そうじゃないと、エフィ。君は魔法なんて真面目にやったこともない僕に負けた、無駄な努力を続けていたことになる」
「この! 馬鹿にして!」
殴りかかられるのを、また光をぴかっとして止める。
うん、直視すると痛みじゃないけど反射的に動けなくなるよね。
「だから、無駄な努力だと笑ってたのは君だ。僕がこの塾に来てからも、そういう姿は見てた。それが自分になってどう思う? 本当に無駄だった? 努力するのなんて才能の前では馬鹿にしていいこと?」
「うるさい! うるさい!」
「相手の努力を認めた上で、自分が今回は上だった。そんな風に他人を下げる以外の見方を覚えたほうがいいよ」
「うるさいって言ってるだろ!」
エフィは拒否するように叫ぶと、そのまま走り去っていく。
その姿を笑う生徒もいるのは、やっぱりエフィの日頃の行いのせいだ。
ただ数人、エフィを追って離れる生徒もいる。
ガキ大将よろしく、乱暴で見下す癖はあるけど、面倒見の良さもあるにはあるんだよね。
エルビア先輩が僕に寄って来て、呆れたように言った。
「間違っちゃいないが、才能がないと頭打ちなのも事実だ。自信過剰なくらいじゃないと、本来恐怖を覚える威力を無視して魔法は放てないしな」
「僕がそうですしね。でもこれ、殺し合いじゃないじゃないですか。ただの競技です。それで他人をリスペクトできないままじゃ、成長はないでしょう」
「逆に殺し合いなら、成長こそいらないだろうな。並んで命令された時に魔法放てばいいだけだ。だがリスペクトなんてお行儀のいいこと言って闘争心なくなるのも、成長止める要因にもなるぞ」
「そこは人それぞれで、合わせた学習方法はエルビア先輩のお考えになることなので」
エルビア先輩は僕の考えの甘さに釘を刺しつつ、今後の方針考えるようだ。
なんだか改めて、異世界に転生したんだと思えるできごとだった。
訂正分




