ウェアレルルート3
カウリオ先生と暮らして一年、僕は九歳になった。
カウリオ先生は日中宮殿にお勤めして、僕は家事をしつつ留守番。
自習もするけど、時々下階の管理をしてる未亡人のおばさんが差し入れをくれる。
「まさか、転生してから料理スキルが身につくなんて」
僕はスープを味見しつつ、前世よりもちゃんと料理してることを実感した。
夕方に仕事を終えて帰って来るカウリオ先生のためにやってること。
平民の食事はパンとチーズで終わりってこともざららしく、せめてもう一皿ってことで、野菜と塩で作れるスープを、おばさんに習って作るようになった。
「前世と違って便利なパウチなんてないしな」
火もコンロじゃなくて薪だから不便は不便だ。
ただこの一年、気持ちの上で充実はしてる。
何もしなくても生きてはいけた伯爵家と違って、掃除、洗濯、買い物とやることは多い。
それでも誰の目を気にする必要もないし、やったらカウリオ先生もおばさんも褒めてくれるんだ。
そんな当たり前のことが嬉しい。
料理は特に二人に褒められるから、なんか前世よりもずっと真面目に身につけちゃった。
「ただ今戻りました」
「おかえりなさい、カウリオ先生。すぐご飯食べますか?」
「えぇ、いただきます。正直、帰れば美味しい食事があると期待して帰ってますから」
カウリオ先生が冗談めかして褒めてくれるので、僕はすぐに用意を始めた。
カウリオ先生は外出着から着替えてテーブルにつく。
「また見慣れない野菜ですね」
「僕も初めて見たのでまず煮てみたんですが、けっこう苦くて。スープは無理そうだったので油焼きにしてみました」
「あ、このほろ苦さ、私は好きですね」
うん、子供なせいか苦い野菜苦手だけど、お酒のあてに出てきそうだなと思ったよ。
そしてスープは鶏肉と豆のスープ。
白濁してて、前世の透明なスープって手間がかかってたんだと知った。
そんな食事をしつつ、僕はカウリオ先生とお互いに今日のできごとを話す。
「それで、魔法の術式として雷を表せないかと思ってやったんですけど、発動が上手く行かなくて」
「アーシャくんの場合は魔力不足もありますから、食後に私がやってみましょうか」
カウリオ先生は、学園のエリート校の魔法学科ってところを卒業したそうだ。
そして平民ながら貴族に抱えられ、宮殿に出仕できるようになった天才。
僕の世話を引き受けて、さらに魔法を教えてくれるいい人。
僕が皇帝の庶子ってことで将来どうなるかわからないけど、魔法身につけておけば職に困らないだろうって。
「あ、少しだけ雷生じましたね」
食後の片付けも終えたら、魔法の授業だ。
今日はその前にカウリオ先生に術式を試してもらった。
発動してもらったら、静電気くらいのものがパチッと発生する。
どうやら僕の魔力が足りなかったらしい。
この世界、誰でも魔法使えるわけじゃない。
人間以外の種族は使えるのが当たり前だけど、人間だと生まれつき使えるかどうかは二極化してるんだよね。
僕は使える部類だけど、あまり得意とも言えない魔力量っぽい。
一度カウリオ先生が、もう少し早く訓練始めてたらって言ってたから、こういうの鍛えるのは早いほうがいいんだろう。
「もっと簡略化して魔力を流す量を少なく調整して…………あれ? カウリオ先生?」
気づけばカウリオ先生は、じっと術式見て動かない。
何か変だったかな?
と思ったら、カウリオ先生が弾かれたように僕のほうを見た。
「アーシャくん、塾に通いましょう。雷属性まで扱えるとなると、これ以上私では教えることができません」
真面目にそんなことを言うカウリオ先生は、人間以外の種族のハーフだ。
魔法において、種族で使える属性は限られるんだとか。
カウリオ先生はエルフの血の特性で風の魔法と、風を極めて扱えるようになるという雷を魔法で使える。
ただ人間は極めることはできなくても、全ての属性の魔法が使えると言われる種族。
属性が縛られたカウリオ先生だと、これ以上ほかの属性は使えないからってことらしい。
僕は後日、帝都にある高名な魔法塾に連れて行かれた。
わざわざカウリオ先生が休みまで取っての紹介だ。
「お久しぶりですね、エルビア先輩」
「今さら先輩などと白々しい」
塾の先生はどうやらカウリオ先生の学校の先輩。
けどなんかすごく剣呑に答えてない?
と思ってたらカウリオ先生は笑顔で返した。
「おや、学園時代はしつこく先輩と呼べと言っていたのに。もう私たちを越えると夢を語ることはないのでしょうか」
「こいつ…………表面取り繕っただけで学園時代よりも性格ひねてるんじゃないか?」
「そこは先輩が可愛く思えるくらい、自我肥大した魔法使いが多くてですね」
「政治する気もなく宮廷に入り込むからそうなるんだ。兄弟と一緒に教師続けてれば良かっただろ」
これは、思ったよりも仲良し、かな?
と思ってたら、エルビア先輩という人が僕を横目に見た。
そしてカウリオ先生の腕を引いて声を落とす。
「例の厄介な庶子か。手に余るなら最初から引き取るな」
カウリオ先生は途端にエルビア先輩振り払って睨む。
「私に日々の癒しを提供してくれると言うのに、何を早とちりしているんですか」
「なんだ、違うのか?」
「もっと面倒でうるさい、宮廷魔法使いの甥でもねじ込んでやりますよ?」
「やめろ。だったらお前のほうが教えるにはいいだろ。ラクス城校で教鞭取ってたのは伊達じゃないはずだ」
「いえ、私ではもう属性が追い付きません。なので、人間の魔法使いに師事すべきです」
「あぁ、そういうことか。…………だが、あれは使い物にならない程度の魔力だろ」
エルビア先輩はそう言ってこっちを見る。
僕と目が合うと、さすがにばつが悪そうな顔をした。
そういう罪悪感を覚える程度には、いい人っぽいかな?
ニスタフ伯爵家を思うと、本当に気にしない人は他人をこき下ろそうが、罵倒しようが正当な評価だと思って全く悪いと思わないからね。
あ、塾に通うことウェズ叔父さんに手紙に書こう。
「相変わらず、見れば相手の魔力がわかるその感知能力は健在ですか」
「ふん、これがあるからこの塾もやってる。だからこそ言うが、こいつはもう伸びないぞ」
「えぇ、あなたに指導してほしいのはそんなことじゃない。今の魔法の威力を主に評価する体制では重く見られないその才能を使うからこそ、手本を見せてあげたほしいんです」
そんな才能があるのか。
僕も魔法使うけど、見ただけで誰に魔力あるとかわからない。
どれだけの魔力を扱えるかもわかってるみたいだし、塾は天職なんじゃない?
なんて他人ごとだったら、カウリオ先生が思わぬことを言い出した。
「アーシャくんにも同じような才能があるんです」
「ほう?」
「属性を把握する能力が高く、扱うだけなら上位も扱えます」
「はぁ!?」
エルビア先輩が驚きの声を上げるけど、僕も驚きを隠せない。
だってそれ、前世知識だ。
能力なんて特殊なものじゃない。
けど前世とか説明しにくいから困る。
その間に大人の間で話が進み、僕は上位の魔法を使って見せることになってしまった。
「一番わかりやすいのは光属性ですね」
「そんなの本来、火属性を極めてようやく扱えるやつじゃないか。どう考えても、この魔力量じゃ出力できないぞ」
カウリオ先生が言うと、エルビア先輩が首を横に振る。
けど僕としてはそこがおかしいんだよね。
そもそも火と光というのは、同じじゃない。
そしてこの世界の魔法を説明された限り、光属性の魔法ってビームなんだよ。
それは確かに火力を高めまくらなきゃ無理だろうけど、前世で学んだ光ってそういうものじゃないだ。
「出力はおっしゃるとおり期待しないでください。僕が使える光の魔法はこれです」
スイッチを押す感覚で指を振り、光を灯す。
頭上に出るのは前世の照明をイメージしたせいだ。
そんな白い光の玉を見上げて、エルビア先輩は呆然と呟いた。
「熱く、ないだと…………?」
「こうしてやってもらって、私も初めて気づきました。確かに光は光であって、熱ではない。太陽は熱があっても、月も星もそんなものはなくとも輝いているんです」
カウリオ先生の理解に、エルビア先輩は小さく頷くだけ。
それだけ何やら感動というか、アハ体験のような状態らしい。
ただの灯りなんだけど、どうやらこの灯りを魔法で出すってこと自体が、そうとうこの世界の魔法の常識からは外れてたらしい。
上位の魔法って言われてたから、それができたのが珍しいのかと思ってたよ。
次話明日更新