ウェアレルルート2
ウェズ叔父さんと出会って三ヶ月。
僕はニスタフ伯爵家を出ることになった。
「カ、カウリオ先生。どうかアーシャをよろしくお願いします」
「いえ、私はもう教職を離れているので。しかし、できる限りの手を尽くさせていただきます」
大人同士が挨拶する。
ウェズ叔父さんが緊張ぎみだ。
相手は緑の被毛に覆われた三角の獣耳や、尻尾が生えた獣人の特徴がある人。
ただ顔は人間に近く、詳しく聞いたらエルフと獣人のハーフだとか。
そしてウェズ叔父さんが通ってたルキウサリアの学園っていう学術機関の、けっこう上位な学舎で教鞭取ってたそうだ。
そのせいで、ウェズ叔父さんは元ニスタフ伯爵家の雇われだった相手に下手になる。
「カウリオ先生、どうぞよろしくお願いします」
「アーシャくん、君の適性次第ですから、まだ魔法の道一つに限定する必要はありませんよ」
「正直、魔法ってすごく興味あるんです。お仕事の邪魔はしませんから、どうか教えてください」
僕がやる気を見せると、カウリオ先生は困ったような嬉しそうな顔をする。
カウリオ先生はまだ乳母といた頃、こっそり会話してくれる数少ない人だった。
僕の扱いが悪いことにも眉を顰める感性の持ち主で、頼れる相手と聞いて思いついた人。
僕に勉強するための本をくれたりしたから、将来について相談できればと思ってウェズ叔父さんに連絡とってもらったんだけど。
「九尾の才人に教えを請えるなんて。アーシャは学園の学生から羨まれるかもな」
「それは卒業生として少々目立っただけで。今はしがない宮廷魔法使いですから」
なんか有名人相手に意気を上げるウェズ叔父さん。
カウリオ先生としては昔のことって感じらしい。
「アーシャ、俺も落ち着いたら手紙を送るから」
「ウェズ叔父さん、まずは自分の生活を優先してくださいね。タロール王国は遠いと聞きますし」
「あぁ、そういう気を回してくれるところは本当にベリスさんに似てるな」
ウェズ叔父さんは結局申し訳なさそうな顔になる。
けど僕からすれば十分手を尽くしてくれた。
だってこの三ヶ月、伝手もないのに頑張って宮仕えのカウリオ先生に連絡とってくれて、さらにカウリオ先生と一緒になって、僕の現状をどうにかしようと真剣に考えてくれた。
ウェズ叔父さん自身、苦手らしい父親のニスタフ伯爵相手に話し合いもしてくれてる。
お蔭で僕はカウリオ先生のところに学びに行くって形で、あのいない者として扱う屋敷から逃げられることになったんだ。
「面倒かもしれないが、父には定期的に生活費を求める手紙は出すように。内容なんて短くていい。いっそ事務的なくらいがあの人も受け入れる」
「ニスタフ伯爵さまは合理的と言いますか、必要ならする、不必要なら目も向けないというはっきりと区別する方ですからね」
ウェズ叔父さんとカウリオ先生は、ある程度割り切ってる。
でも子供相手に大人の都合を押しつけるのはおかしいと思ってるからこそ、僕のために手を尽くしてくれた。
前世で社会人生活をしていた記憶があると、定型句だけのビジネスメールで済むならそのほうが気も楽なんだけどね。
「それではそろそろ行きましょう、アーシャくん」
「はい。ウェズ叔父さん、ありがとうございます」
「まだ俺もひと月帝都にいるから、困ったことがあれば言ってくれ」
僕たちは別れて、カウリオ先生と一緒に新居に向かった。
と言っても、カウリオ先生の家に居候する形だ。
帝都の街を歩くこともこれで二回目で、物珍しく僕は辺りを見る。
そして辿り着いたのは四角い一軒家。
「一階には家主であり、世話をしてくれる方が。二階を住まいとして借りる形です」
どうやらワンフロア貸し切りらしい。
そう言えば、前世で読んだ世界的名探偵の小説でも、そういう形で探偵と相棒が暮らしてたな。
「ちょっと雑然としてますが」
そう言って二階への階段を上って、廊下にある扉を開く。
カウリオ先生の家は、前世のワンルームよりも全然広い。
そして居間っぽいレイアウトの部屋の中には、目につくところに本や巻物が、走り書きの紙も至る所に見える。
本棚もあるんだけど、だいたいいっぱいになってるな。
「…………紙類の分類なんかは?」
「あー、えーと…………もう、捨てていいものもあるんですが、整理に手が回らず」
これは、僕への対処と仕事で、私生活に影響出てた?
だとしたら申し訳ないな。
そんなこと考えてたら、カウリオ先生が言い訳っぽく続ける。
「大丈夫です、アーシャくんの寝る部屋は片づけてあるので。ここはちょっと私の私物が溢れてしまってるだけで」
そう言って、僕が使う用の寝室に案内してくれた。
寝室はベッドとクローゼット、サイドテーブルという簡素な部屋。
ただ洗って準備してくれたらしいリネン類はしっかり揃ってた。
「必要な物があれば買いに行きましょう」
「いえ、十分です。まずは一度、生活スタイルのすり合わせをしたいです」
「アーシャくんは、やはり賢いですね。そこもお母さんに似たとウェズさんは言ってましたが」
「正直、両親についてはほとんど記憶がなく。似ているところがあるとしても実感は」
「あ、すみません」
「いえ、なので他の人から聞く以外に知る方法もないので、両親について思い出すことがあれば教えてください」
カウリオ先生は、母が死んで父が僕を抱えて実家に帰った時に会ったから、母のことは知らない。
それでもあの屋敷で父と話すこともあったらしく、母のことも聞いたことがあるとか。
正直もう皇帝となってしまって、軽々しく話に出せない父。
けど母のことなら少しは聞けるかもしれない。
楽しみと同時に、前世で両親との折り合いが悪かったことが引っかかってる。
いっそ現世の両親は知らない人だと思えるからこそ、他人ごとで聞ける話題だ。
「本は好きに読んでかまいませんが、一人で魔法を使わないこと。制御が甘いと大抵は失敗して大したことはできませんが、逆に制御しきれないほど強力な火や水が生じることもありますから」
「はい」
二人暮らし開始、初日の注意だった。
本当に年相応の子供だったらやらかしそうなことだし、順当だろう。
それに前世がある僕は、火事や水漏れの危険を知ってる。
風の魔法だって台風を思えば軽視できないし、土を発生させる魔法なんて、掃除機もないこの世界を思うと後片づけが心配になってしまう。
「まさか、生まれ変わって教科書読めるなんて」
一人ソファで、僕向けにカウリオ先生が選んでくれた本を開いてた。
前々職が教員だったカウリオ先生は教科書として使った書籍も持ってたんだ。
絵が多くて文字が読めなくても平気なくらいなのは、貴族の学校だったからかな。
「ふんふん、基本の帝国語が変化した感じなのか、ルキウサリアの言葉は。で、文法はほぼ一緒だから」
僕はカウリオ先生が出しておいてくれた辞書を片手に、教科書を読む。
自分で好きにやっていいと言う環境が今世では初めてで、こんなことも楽しい。
「っと、読書ばかりじゃ駄目だよね。お世話になるんだから働かないと」
食事は基本買ってきたものを食べて、洗濯は階下の夫人にお金を払ってお願いする。
そんな生活だから、僕にできることは掃除くらいだ。
「食器は洗っていかれたから、明日からは僕がやるって言おう」
そして夕方にカウリオ先生が帰宅した。
「お待たせしました。それでは外に食べに行きましょうか」
「それが普通ですか?」
「そうですね、家ではスープを煮るくらいで。貴族の暮らしとは違います」
「お気遣いありがとうございます。なんだか興味深いです」
異世界っていうか、飽食の時代だった前世と違ってこっちは粗食が普通。
肉は毎日食べないし、パンがない時もあれば、だからって野菜を多く食べるなんてこともない。
「なんでも初めてのことばかりで、これからも教えてください」
「アーシャくんは好奇心が旺盛ですね。それは魔法を使う素質でもあります」
カウリオ先生は教師だったからか、僕がやる気を見せると嬉しそうに笑ってくれる。
「食事から戻ったら、魔法の基礎を教えましょう」
「はい!」
期待で声が大きくなってしまった。
耳をピンと立てたカウリオ先生が驚いてる。
魔法だやったーなんて子供っぽい自分に恥ずかしくなってると、カウリオ先生は笑って、優しく僕の頭を撫でてくれた。
そんなことされるのも、子供っぽい。
けどなんだか、そうして子供扱いされることが、決して嫌ではなかったのだった。
次話明日更新