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ウェアレルルート1

 周囲から辛く当たられ、それでも挫けず生きて来た主人公が、実はやんごとない血筋の生まれだったと発覚。

 そしてあるべき待遇を得て今までの苦労が報われる。

 そんなことが起きたら、幸運、奇跡、その後なんて何も憂うことはないと祝福されるだろう。


 けど現実はそんなに単純じゃない。

 それをアーシャと呼ばれる僕は、この世界に転生して知ることになってしまった。


「ふぅ、親の因果が子に報うなんて言うけどさ」


 八歳になる僕は窓の外を眺めて溜め息を吐く。

 前世一般人だった僕は、なんと今世では皇帝の息子に生まれた。

 しかも父親が、実は皇帝の息子だったと人生逆転した物語の主人公のような人。

 ただ物語のようなハッピーエンドは、その息子の僕には訪れなかったようだ。


 何せ僕は、父がただの伯爵家三男として結婚して生まれた子供。

 けど母は死に、父は皇帝になる時に後見人になる公爵の娘と再婚した。

 結果、僕は父が実父だと思ってた伯爵の下に置いて行かれてる。

 皇帝の息子だけど皇子じゃない、庶子という立場で、僕は漫然と伯爵家で過ごしてた。


「あれ、なんだろうあの馬車…………?」


 窓の外に馬車が停まった。

 けど伯爵に会いに来る人にしては馬車に飾り気がない。

 降りて来た人は黒髪で、服装は平民ではないけど、高位とも思えない実用的な感じだ。


 僕は黒髪の人を降ろして出て行く馬車を目で追う。


「家出した時、馬車でも拾えてれば違ったかな?」


 このニスタフ伯爵家は、僕をほぼいない者として扱う。

 家庭教師はつけられたけど、授業内容以外を話さない。

 というか、一方的に話してそれを覚えろと言って終わる。

 そんなことで学習できたら、前世に学習塾なんて存在しないんだけどね。


 ただ生かしてるだけといった具合で、衣食住には困らない。

 唯一話し相手だった乳母のハーティが再婚で離れ、それを期に一度家出したことがある。

 けど、ちょうど大きなパレードがあってて、つい目を奪われて見物して回ったら夕暮れ。

 仕方なく家に帰ったんだ。


「失礼」


 突然扉の外から声がかけられ、僕は肩を跳ね上げた。


 ノックの音がしてるけど、驚きすぎて夢を疑う。

 そうして反応できずにいると、ドアノブが回った。


「不在、というわけではなかったみたいだな。勝手ながら入らせてもらった」

「あ、はい」


 突然やって来たのは黒髪の人で、三十は行ってない感じの、二十代後半。

 たぶんさっき馬車で来た人だ。


 相手は僕を紺色の瞳で見つめて黙ったまま。

 いや、僕の顔とか色々見て考えに耽ってる?


「あの、どちらさまでしょう?」

「おっと、これはすまない。私はウェズ。この家の五男。君の父親の二番目の弟と言えば通じるかな、アーシャ」

「あ、初めまして。…………ウェズ、叔父さん?」

「う、うん、そう改めて呼ばれると、照れるな」


 普通に話しかけられて驚いてると、向こうも僕に叔父さん呼びされて照れてる。

 なんていうか、普通だ。


 この屋敷に勤める人は、基本的に僕の生活の世話をするだけ。

 話しかけても答えないし、話しかけても来ない。

 それは伯爵家の人間も同じで、例外はたまに現れるニスタフ伯爵の四男。

 ウェズ叔父さん的に言うと、僕の父の一つ下の弟になる人。

 あの人はどうやら父と仲が良くないようで、僕を相手に父をこき下ろす。

 まぁ、あんまり絡んでると、僕をいないよう振舞えと命令しただろうニスタフ伯爵に怒られるんだけどね。


「えー、アーシャで合ってるんだな? 兄からは自分に似た黒髪の息子が生まれたと聞いてたんだが。銀髪なんだな」

「髪は年と共にこの色に。えっと、ともかくお座りになりませんか?」

「そうだな、すまない。…………ベリスさんの妹さんは、ずいぶん行儀よく躾けたんだな」


 乳母のハーティは、僕の母の妹でもある。

 娘を抱えて夫が死に、実家もあまり裕福じゃなくて生活に困る中、僕の両親が乳母として雇ったんだとか。

 ハーティはそれを恩に着て、自分の再婚も後回しで僕の面倒を見ようとしてくれた。


 家庭教師が使う椅子を勧めて、僕は初対面の叔父が現れた理由を聞く。


「どう切り出したものか。…………まず、私は今までルキウサリアにある学院、学園の上の学生だった。卒業後、これから、タロール王国という国に就職が決まったため、一度挨拶に戻ったんだ」


 子供の僕にわかりやすく話してくれる。

 ただ黙って聞いてると、ウェズ叔父さんは心配そうに僕を見て来た。


「あまり、喋るのは得意じゃないほうか?」

「いいえ、そういうわけでは…………話しかけられるのが久しぶりなせいかもしれません」


 言った途端、ウェズ叔父さんは片手で顔を覆って溜め息を吐く。


「やはり、ケイと同じように育ててるのか」

「ケイ?」

「君の父親、ケーテル、なんてもはや俺が呼んではいけないな。皇帝陛下だ」


 初めて聞く話というか、皇帝である父を愛称呼びする人も初めてだ。

 ましてやこの屋敷で父の名前を聞くこともなかったことに気づく。


 父が僕のような状況で育てられたのは、ニスタフ伯爵自身は皇帝の隠し子だと知ってたからだろう。

 ばれないよう閉じ込めて育てたってことか。


「よし、これ以上この状況に置いていたら駄目なのはわかった。というか、勉強を理由にこの家を避けて知らないふりをしていて悪かった、アーシャ」

「いえ、ウェズ叔父さんが気にすることでは。ですが、それは、父への義理ですか?」

「いや、どちらかと言えばベリスさんへの義理だ。私も皇帝陛下とはあまり親交がなかった」


 今度は母の話が出た。

 ただ兄弟でもないのに、どうして義理があるんだろう?


「俺が学院に進学する背を押してくれたのが、ベリスさんだったんだ。…………ケイは私が連れ出す。あなたたちも家を捨ててでもここを出ていいんだと、言ってくれた」


 ウェズ叔父さんはその言葉に救われたようだ。

 僕も、前世は家を出たくて息苦しかったから、その気持ちは想像がつく。

 前世で背を押してくれる人がいたら、確かにその子供を放っておいたことに罪悪感を抱くかもしれない。


「父は、きっとこのまま君に何もさせない。何かを成せる人間に育てる気がない。今の帝室との軋轢にならないよう、努めるだろう」

「軋轢ですか?」

「君が名を上げるようなことがあれば、皇妃殿下との間の皇子殿下とどうしても比べられる。そうして皇子殿下が下だとでも言われるような状況を作らないよう、最初から君の芽が出ないよう取り計らうんだ」

「あぁ、なるほど。そう言われると家庭教師の下手な教え方の意味がわかりました」


 僕と話してくれる、そして疑問に答えてくれる。

 答えられるだけの情報を持ってる。

 ウェズ叔父さんは十分に、今の僕に必要な助けになってくれてた。


「あの、もし僕がこの屋敷から出て行ったら、ニスタフ伯爵はどうしますか?」

「どうもしない。捜すことすらしないだろう」


 即答だった。


「そもそもいなくてもいいと思っているし、いるならいるでいないように、問題にならないように殺しもしない。露見して問題が起こるようであれば…………、その時に必要な国にとって一番いい方向の問題と絡めて有耶無耶にするかもしれない。そういう使い方は考えるだろうな」

「…………どこかで生きていて、他所の権力者と繋がることがあれば?」

「自らの責任として殺すだろう」

「僕の持つ常識とは全く違うようで安心しました」

「安心?」

「少しでも情があっての行いだとしたら、切り捨てるのは心苦しかったですけど、あの人たちにはそんなものがないのだとわかったから」


 ウェズ叔父さんは少し寂しそうに笑った。

 そして気を取り直して頷く。


「そう、あの人たちは皇帝陛下が個人的にどう思おうと、帝国のためになるかならないかが判断基準だ。辛いかもしれないが、ニスタフ伯爵は君個人に必要性を感じていない」

「それはもしかして、ウェズ叔父さんも?」

「そうだ。皇帝陛下の生母を妻に迎え、周囲に喧伝するため義務的に子は作っただけ。期待するだけ無駄だ。…………だから、今度は俺が君を連れ出そう、アーシャ」


 ウェズ叔父さんは、僕の母にその事実を受け入れるきっかけを貰ったんだろう。


「家の何も継がない俺が連れ出せば、厄介払いとでも思うはずだ。君は自由に生きられる」

「それは、とても心惹かれる提案ですね」

「だが、もし誰か他に頼れる当てがあるのなら、そちらがいいかもしれない。俺は言ったとおり学生からの新人で、あまり裕福な暮らしはさせてやれないからな。ありていに言うと、この伯爵家での生活水準からは下がる。そうなると、学業や将来の職業選択が狭まる」

「だったら、一人、一度話を聞きたい人がいるんです。連絡を取ってはくれませんか」

「そうか、もちろんだ。俺に手伝えることなら」


 ウェズ叔父さんは少しほっとした様子で手を差し伸べてくれる。

 自分が学業したのに、引き取る僕にさせられないかもしれないと言うのは気が引けたようだ。

 僕は迷わずその手を握り返した。

 どうやらこの叔父は普通にいい人のようだった。


次話明日更新


六巻発売記念

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
アーシャのお母さん、端々から愛情深い話がでてくる。
他ルートだと死んでそうだな…… 犯罪ギルドか政争か
番外編の更新! ありがとうございます!! 話を聞きたい相手がウェアレルかな? 感じの良い叔父さんもいたんですね。 父帝に嫌味言う弟しかいないのかと…(笑) というか体面のためでも父を引き取った後に、…
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