ルキウサリアルート4
ルキウサリア王国の城で働いてるけど、僕の立場はふわっとしてる。
城で働く見習いとかにはまだ年齢が足りないし、だからってディオラやアデルが僕を呼ぶからお城の中は結構うろついてるし。
将来的な与党になる貴族子弟の学友に似た立ち位置だけど、そんな身分ないから本当に自分でも謎な立場だ。
「いや、そもそも拾った僕に勉強させるのおかしいよね?」
城の裏手で休憩しつつ、僕は課題として出された専門書を手に気づいた。
今日はディオラとおしゃべりをして、その時に話題に上がった薬草についての考察をレポートにして提出するよう、ディオラの家庭教師から課題を出されている。
そもそもディオラと話してて、どうやら頭がいいと思われたのが始まりだった。
ディオラがすでに才媛と呼ばれて、年齢の割に賢かったせいだ。
そんなディオラのお蔭で、見た目の割に精神は成長してることを怪しまれなかったのは助かったけど、ディオラの話について行けるならって、学習を命じられた。
学園を有するせいか、ルキウサリア王室は学問に熱心で、学問の機会を与えることも王族の務めの一環らしい。
「けど最近マナーについてもやるように言われてるし。なんでだろう? 年齢的に? それとも本格的に城で働かせるため?」
正直この国に来たのは成り行きで、恩のある魔法使いのウェアレルが学んだという場所への興味だ。
けど実態は高額な金銭と身分が必要とわかり、もう入学は断念してる。
ルキウサリア王国での就職に不満はないけど、もし城で採用してくれるならそれはそれで今から備えをしないといけないのかもしれない。
そう思ってしまうのは、散々前世で受験対策した名残かな。
「うわ、何読んでんの?」
「あなたは…………」
影が差したと思ったら金髪の青年が覗き込んでいた。
確か侯爵と呼ばれていた人のおつきで、つまりはこの人も相応の身分のある相手。
「あぁ、いいって。礼儀とか気にするな。俺、今でこそ宮廷伯の地位貰ってるけど、元は城で働かせてもらってたガキだから」
「え、それは…………」
「お前さんとおんなじってこと。ロスって言うんだろ? すごい優秀なの拾ったって陛下が自慢してたぞ。俺はレーヴァン。よろしく」
僕が地面に控えようとすることを止めた上で、随分気さくな人だ。
けど、ちょうど悩んでいた答えが目の前に来てくれた。
「よろしくお願いします。レーヴァンさんは、城であまり見ませんでしたが?」
「普段は帝国の宮殿で働いてるから。俺と一緒にいたストラテーグ侯爵の下でね」
聞けば、ストラテーグ侯爵はルキウサリア国王の従兄弟で、ルキウサリア出身の帝国貴族だとか。
その伝手でレーヴァンも帝国で務めてるそうだ。
「なんかアデル殿下に迫られてたけど大丈夫か?」
どうやらこうして声をかけて来たのは心配かららしい。
そう言えば三年会わなかったとなんとか侯爵が言っていた。
つまりは三年前の、癇癪持ちのイメージのままなんだろう。
「殿下からは、ご自身の努力のきっかけが僕であったと勿体ないお言葉をいただきました」
「あ、なるほど。できすぎなわけか」
指を鳴らしてレーヴァンは皮肉な笑みを浮かべてみせる。
「謙遜もいいけど、そこは素直に感謝受け取ってもらわないと、殿下も困ったろ?」
「あぁ、なるほど。あれは困ってたんですね。はい、ご忠告ありがとうございます」
「ロスは硬いなぁ」
「レーヴァンさんは軽いですね」
「お、言うじゃねぇか」
軽口にも笑って流す度量は、前世で言うところの陽キャだ。
ただ心配してくれる気遣いもあるというのがなんだか話しやすい。
「この髪色、珍しいな。黒にも白にもなり切らない感じ」
「そう言えば、銀髪って僕も自分以外見たことないです。ただ、金髪もレーヴァンさんが初めてですけど」
この世界、前世と体毛の色が違いすぎて、なんかいっそ前世ではあったはずの色が珍しい気がする。
「王侯貴族は青とか多いからな。あと、俺小さい時は茶色くて。色薄くなってこうなった」
「あ、僕もです。元は黒髪だったんですけど、気づいたらこういう色に」
「へぇ、もしかしてその目も? そっちは本当に珍しいな」
「はい、元は青で、こっちに来て鏡見たら金色さしててびっくりしました」
こっちで使用人とか侍女と話はするし、その乗りで話せるレーヴァンは貴族として珍しい部類だと思う。
「お姫さまも歳の割にしっかりしてるけど、ロスも相当だな。なんか、ルキウサリア来る途中で犯罪に巻き込まれてるところを拾われたとか? お前ならもう少し安全策できそうなのに。まぁ、初対面のお姫さまに気に入られるのもすごいけど」
「さすがに年相応に世間知らずだったので。あと、姫さまと初めて会ったのは帝都です。馬車の窓越しに目が合ったのを覚えていてくださいました」
懐かしく思っていると、レーヴァンはピタッと動き止める。
「それ、ご一家が帝都訪れた、三年前だよな? で、その頃黒髪で、青い瞳だった?」
「いえ、髪の色はもうだいぶ銀に近くなってました」
「それで、お姫さま相手に跪いて発言の許しえるまで黙ってるくらい弁えてたって?」
レーヴァンの言葉に僕も勘付く。
ルキウサリア国王にも貴族出身なのは察知されてるけど、今日まで何処の家とも言ってないし、家庭事情も何も告げてはいないんだ。
けど、レーヴァンは帝都から来たことで何かを察したらしい。
いや、帝都の宮殿に仕えているというんだったら、もしかして?
「ロス、そうか。ロスか。…………言わないつもりならそこまで反応するのは悪手だぞ」
レーヴァンは険しい表情のまま、真剣に僕に声をかけた。
「もしそうだとしたら、墓まで持っていけ。お前がここにいることは、ルキウサリアにとって迷惑でしかない」
言われて息が詰まる。
けど、誰の子供かなんて今日まで全く問題にならなかった。
そんな不満が顔に出たのか、レーヴァンに頭を撫でられる。
「今の皇帝は暴君だ」
「え?」
「宮殿じゃそう呼ばれ始めた。ルカイオス公爵っていう皇妃の実家が手綱握ろうにも、貴族は信用できんと大暴れなんだよ。しかも近く、そのせいで内乱が起こりそうだ。それを忠告するためにストラテーグ侯爵は今回帰国した」
暴君だとか内乱だとか、そんな話、三年前は聞いたことがなかった。
乳母のハーティも皇帝となった父を薄情だと非難していたけど、そう言うまでには、きっと事情がある、僕を愛していると繰り返したほどの人だったはずだ。
何より本人に皇帝をやる気がなかったともハーティは漏らしたことがある。
その時に段取りをつけた貴族として、ニスタフ伯爵家と並んでルカイオス公爵の名前も聞いたことがあった。
「きっかけは、ニスタフ伯爵家に預けてた庶子が行方不明になったからだ」
「…………まさか」
心底疑う僕に、レーヴァンのほうが驚く。
「新しい妻を娶って、新しい子供を作って、以前よりも良い暮らしをして、一度も顔を見せにも来ない人なのに?」
「あぁ、そうだな。俺もそういうこと思ってた時期あるわ。俺のところは母親が俺を一人で産んでさ。結局母親死んだら交流するようになって、それなりに気にかけられてたって知ったけど」
「それは良かったですね」
「他人ごとぉ」
「はい、他人ごとです。僕は墓場までロスですから」
レーヴァンの言ったことを口にすると、レーヴァンも一つ笑って頷いた。
「ま、今の生活気に入ってるならそれが賢明だな。お前がその気なら、俺もこのことは胸にしまっとく。お前も、ルキウサリアの陛下たちにも漏らすなよ。俺もあの方に恩があるから、困らせることはしたくない」
「はい、そう、ですね」
本心から言うつもりはない。
けど、だからこそ困らせるかも知れない僕の存在に迷いが生じた。
「僕は、何も言わずここを離れたほうがいいかもしれま…………」
言いかけてレーヴァンに頭をもう一度撫でられる。
見ると呆れたように笑っていた。
「アスなんとかじゃないなら、ロスの幸せ求めて生きればいいだろ。だいたい、お前が消えたら王子さまもお姫さまも大慌てて捜すぞ。そっちのほうが目立つって」
「そう、でしょうか」
「そうだって。王子さまの性格改善したのもロスのお蔭で、お姫さまが今回希少薬草の繁殖に寄与したのもロスのお蔭って言ってるんだ。言っただろ。感謝は相手のためにも受け取っておけ」
言いながら、レーヴァンはちょっと乱暴に、からかうように頭を撫で続ける。
触れるレーヴァンの手が温かい。
そのぬくもりに安心する。
思い出しても帝都での暮らしに感じるのは冷たさだった。
ハーティさえ涙に濡れて冷たかったくらいに。
あの頃に戻るなんて考えられないなら、レーヴァンが言うとおり、僕は僕の幸せのためにここにいてもいいだろうか?
前世のように親に煩わされず、自分がいたいと望む場所で、いてほしいと望んでくれる人の側で。
想像してみると、心まで温かくなるような気がした。
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