幽閉ルート7
僕は日本という国のある異世界で、一度死んだ。
そして生まれ変わって帝国の皇子になったんだけど、今は死んだことになって幽閉生活をしてる。
そんな中で冤罪事件を解決し、今は顔も名前も知らせない、副監獄長直々に世話をする謎の囚人、監獄の探偵として生きてた。
「我ながら劇的な人生だよね」
手にはまた新聞と呼ぶにはおこがましいタブロイド。
摂政女帝をあしざまに貶す内容で、皇妃の首飾り事件の真相は発表されたけど、そんなの嘘だと根拠もなく否定してる内容だ。
その上で、適当な推測で誰が悪いと非難したり、こんな人物も関与してたんじゃないかと自説を披露したり。
結局は面白おかしく書き立てたいだけで、真実なんてどうでもいいんだろう。
というか、絶対僕が生きてるとわかったら、こういうののネタにされると思う。
「こんなど三流ではなく、いっぱしの読み物になりそうですな。終わり方に劇的な落ちがあってほしいところですが」
「それマルさんが言っていいの?」
「シャルさまは聡明であられるので、軽口程度は許されるかと思いましたが、失礼いたしました」
甲斐がいしく世話をする執事風のマルさんの腰には、変わらず剣が下がってる。
それは僕が第一皇子だとばれる、もしくはばらすことがあれば即座に亡き者にするため。
今はマルさんと二人きりで外してるけど、普段は黒子のような布を被ってるし、僕の正体がばれるようなことは決して許さない。
だからこそ冗談なんだろうけど、物騒には変わらない。
「いっそ、僕の死後にマルさんが回顧録にでもする?」
例えば、前世にあった探偵小説の金字塔、ホームズみたいに。
あれ、書き手は助手のワトソンという設定だから、ホームズがライヘンバッハの滝に消えた後も続くんだ。
返事がないから見ると、マルさんは珍しく眉間に皺を寄せていた。
僕が見ていることに気づくと、眉間を揉んで皺を消す。
ただ普段よりぎこちない顔で笑いかけて来た。
「回顧録などで暴露してしまえば、結局シャルさまの後を追うことになるのですが。それよりも…………この私よりも、早くお亡くなりになるご予定が?」
「あー、うん。どうなるかな?」
前世三十で死んだから、ないとは言えない。
「言っておきますが、今回のことにシャルさまが関わっているとは漏らしておりませんよ」
「カテーテリオス伯爵の事件? いいのそれで? 報告義務とかは?」
「変に敵愾心を持たれても困りますので。こちらのやり方に口を出されるほうが面倒です」
摂政女帝からすれば、僕は自分の息子たちの障害でしかない敵だ。
何より父の歓心を奪った仇で、僕自身に興味はないだろうけど、それはそれとして勝手に動かれるのも歓迎はしないだろう。
特に今回巻き込まれた摂政女帝は、こうして世間からいわれのない非難を浴びてる。
マルさんが言うとおり、変に借りを作ったとでも思われて口出しされるのも嫌だ。
「僕はマルさん一人で十分だよ。結局僕に皇子なんて似合わなかったんだ」
「よくよくご自身のことはご自身でなさいますからな」
「本読んでる時とか、一人で集中したいし」
「別段社交性がない訳ではないですが、お一人が好きですなぁ」
そこは前世からの習慣かな。
友達はいたけど他人と関わることが億劫だった。
何より一番面倒な人間が、ほぼ毎日顔を合わせる両親だったんだからしょうがない。
たぶんのその反動は今生の父に向かったんだ。
手放しで僕を愛してると示してくれたから、喜ばせたくて手を尽した。
それがこうなるとは、大人の記憶があるから想像できたはずなんだけど。
皇子に生まれたからには、皇子らしい振る舞いに気をつけるべきだったんだろう。
「それと、下手に人が増えたとばれると、またシャルさまの家庭教師どもがうるさそうですので」
「え、何があったの?」
家庭教師どもって、剣投げられたり、魔法向けられただけじゃなくて?
「もしかして僕との手紙のやりとりの度に何か言われてる?」
「田舎からここまではるばるやって来て元気なことですな」
まるで若者を笑う老人。
けど絶対これ、僕の知らない所でバチバチにやり合ってるな。
「もう、ちゃんと危険がないことアピールして、少しでも父上の所に近づけるようにしてるのに」
「それはあちらに妙な気を起こさせないためにお伝えしておりませんので」
結局はマルさんが、攻撃して来た僕の家庭教師たちを信じてないんだろうな。
僕が拒否して誘拐は辞めてくれた。
それでも僕に監獄を出る気があるとわかったらまた、なんて疑ってるんだ。
「はぁ、手紙にこっちの暮らしぶり書くなって言っておいて、不安にさせることしないでよ。たぶん父上にも僕が監獄暮らししてることは伝わってるんだから」
「えぇ、それはすでに先帝から摂政女帝に物言いがあったそうでございます」
そういうことも僕には伝えず、言われるまで言わないのはマルさんの抜け目なさだ。
甲斐がいしくしてるふりして、いつでも僕を見張る職責は忘れない。
「もう。それで? 今手に持ってる封筒と紙は何?」
マルさんは片手に二つ、これ見よがしに持ってるのに口を割らないから、こっちから言う。
「ふむ、それではまずは感謝のお手紙を、どうぞ」
渡されたのはすでに開封してあるもので、あて名は監獄の探偵さまとなってた。
中には、ノーマと、ノーマの妹からの感謝の言葉がつづられてる。
「珍しいね、こういうことするの。だいたい事件が終わったら丸無視するのに」
「この手紙はノーマ嬢ご本人がお持ちになりました。その上で、この場でのことは全て一生口を閉じると誓った上で、せめて手紙だけでもと縋られましてな」
どうやらわかっていて探らず、こちらからの要求も守って、その上でさらに自ら黙秘を誓いもした。
言われずとも察して口を閉じる賢明さに、マルさんも応じる気になったらしい。
書かれた内容は本当に感謝の言葉。
病弱な妹が心配だったらしく、ノーマからは惜しみない賛辞とお礼。
ノーマの妹からも、無理して自分の手で文字を書いた頼りない字でお礼が書かれてた。
「細いし震えた字だね…………。大丈夫かな? 相当悪そうだけど」
「まともに食事もできないようですので、数年待たずに召されることでしょう」
「そこまで調べて、なんで今言うの?」
無駄なことは言わないというか、隠して情報は統制するのに。
ここでいうなら狙いがある。
「死後、ノーマ嬢をこちらに引き込みます。女性が相手であれば、家庭教師どもも少しは自重していただけるのではないかと期待しておりますよ」
「つまり、口の堅い優秀なノーマを利用? それなら妹を助けて、恩を売ればいい。大事なものを失くすのを待つなんて趣味が悪すぎる」
妹の死で、ノーマが世俗を捨てるくらいの性格と見てのことだけど、マルさんにもそういう判断を下す理由はあるようだ。
「病の元がわかりかねますので、売れない恩で夢を見せるのも酷でしょう」
「…………その手に持ってるの、病状の報告なら見せて」
正直医療なんて門外漢だ。
それでも医療ドラマなんかでたぶん、この世界の平均よりは知ってると思う。
「喘息か。咳込んで吐き戻すから、食事も摂れない。だったら、咳を抑えられれば?」
前世の母が喘息だったし、緩和を探ってメンソールとか色々使ってた。
しかも自然派だったりもしたから、科学のないこの世界でもできることあるかも。
「目途を立てられるのですかな?」
「ともかくやれることをやってみるしかない。物や本が必要だし、病状の詳しいことも知りたいから、またノーマに来てもらえないかな」
「ほう、それはつまり目途が立ちそうだと? であれば、どうぞこちらを」
マルさんはもう一つ報告書を出して来た。
どうやらこれ見よがしに持っていたのとは別に隠してたようだ。
「…………ガラジオラ伯爵の、殺人?」
「妻の愛人と揉めた末に勢い余った、珍しくもない揉み消しですな。相手が新興貴族でしたので、行方不明となっており、その後の捜索もされずにおります。しかしさすがシャルさま。一読だけで犯人を上げるとは」
「つまり、この見つかってない証拠の在処を推理しろって? 伯爵を罪に問えたら、顧みられない娘二人確保しても文句は来ないし、あとくされもないから?」
殺された側が不貞を働いてたなら、ガラジオラ伯爵の罪は軽減されるだろう。
そこまで読んだ僕に、マルさんは笑う。
「これだけの情報を提示して来たのはノーマ嬢でございます」
「え!? 待って、つまり…………自分を使えって、言って来てるの?」
「いやぁ、やる気と口の堅さ、何より家内のこととは言えこれだけ調べられる実力もあるのであれば、歓迎しないわけにもいきません」
「いやいやいやいや、これを提示したノーマの側の要求は?」
「この監獄内の医師や治癒師による妹君の診察ですな。妹君ともども放置されるだけの屋敷より、ずっと良い環境だとのことで」
伯爵令嬢が自分から監獄に行きたいとか、色々問題があるだろうに。
「えぇ? 自分のやったことに善悪の頓着が薄いとか、やるなら強い信念を持っているから悪いことでもやるみたいなこと妹も手紙に書いてたけどさぁ…………」
考え込んだ末に、僕はノーマの妹の震える頼りない文字を見る。
これは、もう同情しちゃったんだし、しょうがない。
僕はまだ父と会える目もあるけど、死んでしまってはそれこそ先はないんだ。
そうすることでノーマとその妹に悲しい別れを経験させないで済むなら、僕もできる限りのことはやってやろうじゃないか。
そうして後年、監獄の探偵には、貴族や富裕層の屋敷に即採用されて情報を抜きだせる、とても優秀な助手が生まれることになったのだった。